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第34話 「兄として」
焼肉屋に着いて、少し待って、中に案内された。
土曜日のちょうどお昼時。
「混んでるね」
「美味しいから、ここ」
「へー」
楽しそうに、メニューを見始める仁。
「彰、どれが美味しい?」
「全部美味しい」
言うと、仁は、それじゃわかんねえ、と言って笑う。
「んー。……カレーうまい?」
焼肉のセットにミニカレーがついてるのを指さしながら仁が聞くので、おいしいよ、と答えると、じゃこれにすると、即決。
「彰は?」
「オレは、ビビンバが良いな。 ドリンクバーつける?」
「うん」
呼び出しボタンを押すと、店員がやってくる。
「あ。こんにちわ、いらっしゃいませ」
オレを見て、店員の女の子が笑う。
「こんにちわ」
笑い返して。すぐ注文を終える。
「ドリンク取りにいこ?」
「ん」
一緒に歩いて、ドリンクバーのコーナーに行って、グラスを仁に渡す。
「店員の子、知り合いなの?」
「うんまあ……顔だけ」
「こんな店で、店員と知り合いになったりする?」
「あー…… あの子はちょっと特別で」
少し笑いながら、氷を入れて、アイスティーを注ぐ。
仁もウーロン茶を入れながら、ストローをオレに差し出してくる。
席に戻って、二人で、向かい合う。
「特別って?」
「あの子がバイト初日にさ、緊張しすぎたみたいで、持ってきたお水をね、オレの上に全部こぼしたの。 オレの連れは大笑いしてたし、夏だったから寒くもないし、全然いいよって言ってたんだけど、泣いちゃって。そん時から。あんな感じで挨拶してくれる」
ふふ、と笑ってしまう。
「もう一年位たつのかなあ。立派になったなーと思いながら見守ってるの、オレ」
「ふーん……そうなんだ」
仁が、ふ、と笑う。
「水ぶっかけたのが彰でラッキーだね、あの子」
「ラッキーかな」
「ラッキーだよ。 普通の客なら怒られるでしょ」
「んー…… 仁なら、怒る?」
「オレ?――――……オレは……」
「うん」
「――――……オレも怒んないと思うけど」
「そーだよね?」
「……怒る奴も多いと思うよ?」
「んー、でも、怒ってもしかたないしね」
「……彰っぽい言い方」
「ん?」
「普通は、怒っても仕方ないことでも、怒るんだけどね」
「……そう、なのかな」
「そうだと思うけど」
クスクス笑われて、何と返して良いか分からなくなってるところに、食事が運ばれてきた。
「うまそう。 いただきます」
仁が美味しそうに食べ始める。
「彰のもうまそう。 今度それ食べる」
「うん。ランチもいいけどさ、夜来ると普通に焼肉屋さんだから、肉うまいよ。ここわりと安いし」
「じゃあ今度夜にも来よ」
「ん。いいよ」
「――――……お茶入れてくるけど、彰もなんか飲む?」
「んーと…… また、アイスティーがいい」
「OK」
「ありがと、仁」
「ん」
グラスを二つ持って、仁が歩いてく。
……気が利くなー。
なんか後ろ姿見てると、ほんと、知らない人みたいだ。
二年て、人をこんなに大人にするのか。
……生徒会長やってたって言ってたっけ。
オレも、副会長はやってたけど、寛人にひっぱられて手助けしてただけで、寛人はやっぱりなんだかんだと仕事多くて、大変そうだったっけ。
そういう経験かなー……。
……ていうか、むしろ、オレの方が、大人になってなくない?
はた、と気づく。
いや。そんな事は無いはず。
……ない。よな? 大丈夫かな……。
なんとなく、ドリンクバーの所に立ってる仁の後ろ姿に視線を向けた。
その周りに居る女の子二人組が、仁を見て、後ろでひそひそと話してるのをぼんやり眺める。
やっぱり、あれだけカッコいいと、見るよなー……。
なんとなく目をそらして、窓の外に目を向ける。
女の子にはモテるだろうな。
――――……高校ん時も、すごいモテてたって、和己情報もあるし。
……違うか。中学ん時もモテてたな。
うん。 ……変な思春期、脱却してくれてて。良かった。
大学入ったら、誰かと付き合うだろうし。
そしたらオレとこんな風に出かけることも、また無くなるんだろうけど。
――――……まあ、それが普通の、兄弟だと思うし。
その時。何かが落ちる音がして、咄嗟にその方向を見ると。
仁のすぐ近くで、小学生低学年くらいの女の子が転んで、氷をいっぱいにしたグラスを落としていた。
仁は、あれ、という顔をしてふ、と笑うと。
持ってこようとしてたグラス二つを、すぐわきに置いて。
その女の子を、よいしょ、と立たせて、グラスを拾ってあげると、通りかかった店員に声をかけた。笑顔で頷いた店員が落ちたグラスと氷を片付けてくれている間に、仁が、新しいグラスに氷を入れて、その女の子に渡してあげてる。
何かその子に話して笑いかけて、一緒にジュースを入れると、またその子に何か話しかけてる。ゆっくり歩いていく女の子を見送りつつ、仁は脇に置いてたグラスを手に取って、こちらに戻ってきた。
「お待たせ」
とん、とグラスを置かれる。
「ありがと。……仁、優しいな」
「ああ……見てた?」
「ん、見てた」
「転んで涙目なのに、起こしてあげたらすぐ笑って。可愛かったよ」
「仁、偉いなーと思った」
「偉いって…… オレ、がきんちょか……」
クスクス笑いながら、仁が言う。
「……ああいうのは、彰に習った」
「え?」
「なにやってんだよ、じゃなくて、大丈夫?て言ってあげるって。彰が、オレとか和己にやってた」
「――――……」
「子供の頃さ、何かこぼしたり、壊したり、邪魔したり、オレ、彰に色々してたと思うけど…… 彰に怒られた記憶ないんだよね。オレの中の、怒る怒らないの基準て、彰な気がするからさ。……普段はあんまり腹立たないかも」
「――――……」
「だからオレ、和己にも怒った記憶、あんまないよ」
「そう、なんだ。そっか……」
「彰が怒る兄貴だったら、きっとオレも和己に怒ってたんじゃないかなと、思うけど」
ふ、と仁が微笑む。
「――――……」
そんな話は、初めて聞いた。
一人っ子で寂しかった所に現れた、仁と。
更に生まれた和己が、可愛くて。
……あんまり怒った記憶がない。可愛がってた記憶しかない……な。
まあ、穏やかに育ったのは良かったけど。
――――……思っていたよりもちゃんと、
兄として見てくれてたんだなあ、なんて思って。
目の前の仁を、ぼんやり、見つめてしまう。
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