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第33話「並んで一緒に」

 講義が終わって、諸々雑務も終えて、十二時。 「彰、ついてるよ。下で待ってる。急がなくていいよ」  約二年ぶりに、仁から入ったメッセージを見て、オレは立ち上がった。 「じゃ、お先に失礼します」  近くの先生達に声をかけていると。 「彰先生」  社員の勇樹先生に呼び止められた。  オレがバイトに入った時に、色々教えてくれた、直属の上司。 「今日も真司先生休みだって?」 「はい」 「授業平気? まあ、平気だとは思うけど。負担感じてない?」 「……うーん、全部見渡せてない気がして。講義は基本は大丈夫かなとは思いますけど……」 「真司先生がやめるつもりなのかは分からないけど、たぶんそろそろ真鍋先生も話すだろうし…… 色々考えないとだなあ……」 「ですね」 「あ、悪い。帰るとこだったね。 お疲れ様」 「はい。 お先に失礼します」  勇樹先生と別れてエレベーターの前で待っていると、真鍋先生がやってきた。 「彰先生、お疲れ様」 「お疲れ様です」 「今日は時間ピッタリ。珍しい気がするね」  クスクス笑われて、頷く。 「あ。はい。下で弟が待ってるので」 「あれ 彰先生って、実家から出てきて一人暮らしですよね?」 「昨日から、一緒に住む事になって。 来月から同じ大学なんです」 「へえ。 優秀な兄弟ですね」  そんな会話をしながら、一緒にエレベーターに乗り込む。 「真鍋先生は、外出ですか?」 「買い物したいものがあってね」  一階について、ビルを出る。  すぐ近くに待ってた仁がオレを見て動こうとしてすぐに、隣の真鍋先生に気付いて足を止めた。  オレの様子に気付いた真鍋先生が、仁の方に目を向ける。 「弟さん?」 「あ、はい」  真鍋先生が仁に気付いた事を、仁も気づいたらしくて。  ちょっと首を傾げながら、仁がこっちに向かって歩いてきた。 「塾長の真鍋先生だよ。……先生、弟の仁です」 「はじめまして」  仁がぺこ、と頭を下げている。 「彰先生にはいつも頑張ってもらってて――――……あ。……仁、くん?」 「……?はい」 「彰先生と同じ大学だって?」 「はい」 「良かったら、春休み、バイトしない?」 「「え?」」  オレも仁も同じ声を出して、真鍋先生を見る。 「今一人休みがちな先生がいて、彰先生にいつも迷惑かけちゃってて。小テストの丸付けや、プリントの回収や、質問に答えるとか。 受験終わったばかりの頭なら、全然いけると思うんだけど、どうかな?」 「――――……」  仁は首を傾げて聞いていたけれど。  ふ、とオレに視線を流した。 「兄の手伝い、って感じですか?」 「そう。もし気に入ってくれたら、先生として続けてくれてもいいけど。またこれから求人することになると思うし。まあでも今は、春休みの彰先生の手伝いってことで、軽く考えてもらえれば。彰先生も、雑用とか頼みやすいでしょ?」  ……真鍋先生は、オレ達の微妙な過去を知らないから。って、知るわけがないけど。  もう、それはそれは普通に、良い事を思いついた位の感じで、まくし立ててくる。  少し黙って話を聞いていた仁は、分かりました、と言った。 「今日はこれから用事があるので――――……次回兄が出勤する時、詳しいことを聞きに行ってもいいですか?」 「もちろん。彰先生、仁くんに色々説明しておいて」 「――――……はい」 「じゃあ、また。彰先生、よろしく」  返事をして、仁と二人、真鍋先生を見送る。 「……なんか、人当たり良いのに、押し強い人だね」  仁が、ぼそ、と言う。   「この僅かなやりとりで、すっごい言い当てるね、仁……」 「あ、やっぱりそういう人?」 「……まあ……いい人だよ」  言うと、仁が、クスクス笑う。 「でもいいや。バイト探そうと思ってたし。ほんとはもうやりたいとこ、見つけてきたんだけど。……こっちが決まったら、そっちも電話して面接行ってくる」 「え、いつ見つけたの?」 「今、ここにくる間に」 「どこ?」 「受かったら言う。でも塾も、彰の手伝いくらいでいいなら、全然やるよ。春休み、暇だし」 「……あとで話すね。ごはん、食べにいこう。何食べたい、仁?」 「んー。なんかうまいもん」  ……なんてアバウトな返答。  クスクス笑ってしまう。 「うまいもんって、なに?」 「んー……肉?」 「肉? ステーキ? ハンバーグ? 焼き肉屋さんのランチもあるよ」 「それがいい」 「焼肉?」 「うん」  ぷ、と笑って。  じゃ、いこ。と歩き出す。すぐ隣に仁が並ぶ。  二人で並んで、歩くのなんか、ほんとに久しぶり。  ――――……二年前とかじゃなくて……。  オレが高校入った位から、一緒に歩く用事が無くなった気がする。  ――――……変なの。  もう、会えないかと思ってた位なのに。  急にこんなに近くに、並んで歩いてるなんて。  普通に、話してるなんて。 「――――……彰、バイト疲れた?」 「半日だし。全然平気」 「じゃあさ、ベッド買いに行った後、足りない雑貨、見に行きたい」 「うん。いいよ。雑貨ってたとえば?」 「マグカップとか」 「うちにあるのでもいいけど」  そう言ったら、仁は、んー、と少し考えてから。 「さっき見たけど、食器とか、ひとつずつしか無くね? 一緒に食べるならおんなじ方がいい」  そう言ってきた。 「食器そろえたいってこと?」 「うん。揃えようよ。父さんに資金援助してもらったし」 「そうなの?」 「うん。別々に暮らすとなったら、また契約しなきゃいけなかっただろ? その分のお金、揃えるのに少し使ってもいいって、さっき確認した」 「そうなんだ。ん。分かったよ」  ウキウキ言ってる仁が何だか可愛くて。  笑ってしまったら。  仁が、マジマジとオレを見つめてきて。 「――――……なんか」 「え?」 「……彰がそうやって笑うの、久しぶりに見た気がする」 「――――……」 「……やっぱり、笑ってくれてた方が、いいや」  ふと笑ってそう言うと、仁は、視線をオレから外して、前を向いた。 「――――……」  そんな風に言われて、何だか、胸が――――……。  少し、痛いような気がするのは……何でなんだか、良く分からない。

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