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第36話「可愛かった」

 キッチン雑貨のお店で、食器やフライパン等諸々買い集めて、結構な重さなので、これも配達を頼んだら、明日の配達になると言われた。  もう今日の夕飯は、何か買って帰ろうという事になって、駅ビルの地下の総菜売り場に寄った。    何食べようかーと、うろうろ歩いていたら。  仁が、急に話し出した。  「塾のバイトってさ」 「うん」 「オレ、できると思う?」 「今日言ってたのって、補佐みたいなのだったから出来ると思うけど」 「けど?」 「続けるとしたら、マイク持って、講義になるから…… 好きかどうかはあると思う」 「まあそっちは、続けるかは分かんないけど。とりあえず春休みだけって話かな。――――……あのさ」 「うん?」 「――――……オレ、彰のとこでバイトしても平気?」 「……平気って?」 「兄弟で同じとこでバイトなんて普通しないじゃん――――……あんま、近すぎると嫌かなと思って」 「仁が嫌じゃないなら、別に。オレの弟って知って、誘ってたの真鍋先生だし」 「――――……」 「オレのお助けなら、こき使うけど」  笑いながら言った彰に、仁はふ、と笑った。 「彰、今度塾行くのいつ?」 「明日の午前中。普段は日曜は休みなんだけど、今、春期講習中だから」 「じゃあ、一緒に行って、さっきの人に話し聞いてみる」 「うん。さっきの先生ね、一番偉い塾長。真鍋先生、だよ」 「ん」  一緒に働くのか。  ……変な感じ。  でもなんか――――……少し、楽しみ。 「彰、中華、美味しそうなんだけど」 「ん?」 「夜、中華でもいい?」 「いいよ」 「どれがいい? 春巻きと餃子は買うけど」 「肉まん食べたいな」 「うん」  そんな会話をしていたら、ふと、ある思い出が過ぎって。クス、と笑ったら、仁がん?とオレを振り返った。 「仁さ、昔、餃子一緒に作ったの覚えてる? 結構ちっちゃい時」 「作ったっけ?」 「母さんが作ってるのをさ、すんごい邪魔して……めちゃくちゃ不格好な餃子、めっちゃいっぱい作って――――……」 「……覚えてない」 「母さんが直そうとしてたんだけど、仁が、そのまま焼いてって見張ってるから、母さんも諦めてさ、もうそのまま焼いたの。そしたら、ちゃんとくっついてないからさ。…… なんだろあれ、ひき肉の炒め物みたいになっちゃって。 そしたら仁が大泣きしてて――――……」 「――――……全く覚えてない」 「ふふ。可愛かったなー。で、どうしたって、結局父さんが帰ってくる時に冷凍餃子買ってきて、焼いて、仁はそっち食べてた」 「……忘れていーよ、そんなの」  嫌そうに顔をしかめてる仁に、どうしても堪え切れず、クスクス笑ってしまった。 「仁が一年生とかそんな頃かなー……懐かしい」 「……そういうの、もうほんと忘れて」 「え。忘れないでしょ。可愛かったし」  仁は、はー、とため息をついて。 「……買ってくる」 「あ、オレ買うよ」 「いいよ。もらってるお金で買っちゃうし」 「うん……」 「そーだ。食費とか、生活費、後で考えよ。仕送りしてくれるって言ってたけど、バイトも、いくら位働くかも考えるから」 「ん」  仁が注文しにレジにいったのを見送る。  中華料理の店の、デザートを眺めてると、ポケットのスマホが鳴った。 「もしもし」 『彰、今へーき?」 「亮也……うん、まあ少しなら」 『今外なの?』 「うん、そう」 『今日この後どーしてる?』 「んー……何で?」 『うち来ない?』 「あ……ごめん、今日明日は無理かな……」  ベットも食器も、あと実家からの仁の荷物もこの週末で届いちゃうし。 『ん、そっか。分かった』 「ん。ごめんね、亮也」 『――――……彰、なんかあった?』 「え?」 『……なんとなく。 何もない?』 「……うん、大丈夫」 『ならいいよ。――――…… また電話する』 「うん」  電話を切って、画面を少し眺める。 「――――……」  亮也の誘い。あんまり断った事ないからな。  なんかあった?て言われちゃったな……。  まあ別に……隠す事でもないんだけど……。   後で軽く、弟が来たって、話しとこ……。 「彰?」 「――――……あ、終わった?」 「電話?」 「うん……もう済んだから大丈夫」 「じゃあ、行く?」 「ん。何か持つよ」 「じゃあ肉まん持って」 「うん」  仁から紙袋を一つ受け取る。 「……あのさあ、彰さ」 「ん?」 「ちっちゃい頃のアホな話、思い出さなくていいから」 「――――……可愛いのに……」 「もうまじで。可愛くなくていいから」  せっかく可愛い思い出なのに。  仁も和己も、可愛くてさ。  そう思うのだけど、仁があまりにむ、としてるので。  仕方なく、うん、と一応頷いた。  ていうか、むっとしてる今の仁も、なんかちょっと可愛いけどね。  昔の事なんか、「可愛かった」でいいと思うんだけどな。  んな風に思いながら、隣の弟を少し見上げて。  ふ、と笑んだ。  

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