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第57話「痛み」

【彰サイドに戻ります】 ◇ ◇ ◇ ◇  寛人と別れて、ゆっくり歩いて帰る。  はっきりとした理由もないのだけれど、何故かものすごく重い気持ちで、鍵を開けて、ドアを開いた。 「ただいま……」  仁の靴、ちゃんとある。  とりあえず、良かった。 「おかえり、彰」  仁が迎えに来てくれる。  特に変わりのない、普通の笑顔の仁、だった。また、良かった、と何となく思う。 「夕飯の買い物してくれた? 寛人が言ってた」 「うん。してきたよ」 「何か買い忘れたものとか無い?あるなら今買ってくるけど」 「無いよ、大丈夫」  その言葉に頷いて、靴を脱いで上がる。  仁はふ、と視線を落としてから、オレを見つめてきた。 「彰、ごめん。さっき……席外してもらって」 「……ほんとだよ」  むー、と睨むと、仁は少し苦笑いを浮かべた。 「ちょっと……悩み相談、してもらいたくなってさ」 「……うん。それは聞いた。 中身は聞いてないけど」  言うと、仁は小さく頷いて、それから、にこ、と笑った。 「今日初めて、彰があの人と仲良い理由が分かったかも」 「なにそれ」  くす、と笑ってしまう。 「――――……まあ、寛人は相談相手としてはすごく良いと思う。気づかないこと、教えてくれたりもするし」 「……ん。話せてよかったよ……な、彰、コーヒー淹れてくれない? 入れようかと思ったんだけど……彰が淹れたほうが美味しいから」 「うん。いいよ。待ってて」  洗面台で手を洗ってから、リビングに向かう。  仁は、いつも通り。  オレも、いつも通り。    オレ達、今、仲は良いと、思う。  というか、昔からずっと仲よかった。  友達んちを見てると、なんなら、喧嘩がコミュニケーションみたいな兄弟も珍しくなくて。オレと仁は、仲良すぎな位だなー、と思ってた。  喧嘩もあんまりした記憶がない。  オレは仁が可愛くて。  仁は、兄ちゃん兄ちゃんってついてきて。  思春期になっても、生意気になったり反抗的になったり、なんて事もなくて。ずっと勉強も教えてたし、高校受験の時なんて、毎晩のように勉強につきあってた。  ずっと、ほんとに、仲良かったと、思う。  「彰」と呼ばれた日から、全部、変わってしまったけれど。  ――――……久しぶりに会ったら、もう、あの事は、勘違いだったと、無かった事にされて。  ……あれを無かった事にするのなら。  仁とオレの関係は、ずっと、仲が良くて優しいまま、だった。  そんな事を考えながら、コーヒーを淹れて。  テーブルに居た仁の前に、カップを置く。    「ありがと」 「ん」  仁の前に座って、コーヒーを一口飲んで、息をつく。 「やっぱり美味しい」  いつものように、そう言う仁に、ふ、と微笑む。   「……彰さ、明日の夕方、暇?」 「うん」 「剣道の道場さ。 真鍋先生がよさそうなとこ教えてくれて、さっき電話してみたんだ。明日、見学に行きたいんだけど」 「ん。一緒にいく?」 「うん。 帰り、そのまま夕飯食べよ?」 「いいよ」  まっすぐな視線に、頷く。 「明後日からカフェだからさ。明日道場は行っちゃいたくて」 「カフェのバイトは夕方からなの?」 「うん。とりあえずは、塾の無い日に少しずつ入る感じ。学校が始まって、授業が終わる時間が分かったら、それに合わせて曜日で入ることになってる」 「そっか……そういえば、何でカフェなの?」 「んー……彰が好きそうな、店だよ。 コーヒーうまくてさ」 「――――……」 「こっから近いからさ。 オレが慣れたら、飲みに来てよ」 「うん。わかった」  頷くと、嬉しそうに笑う。  可愛かった頃の、笑顔が重なる。 「……オレさ、春休みが終わったら、塾のバイトどうしたらいいと思う?」 「どうしたらって?」 「真鍋先生からは、大学生活落ち着くまでは入れる日だけでもいいから、彰のサポート続けてって。その後も続けられるなら続けてもらいたいって、今日言われたんだけど……」 「あ、そうなんだ……」 「そう、剣道の話を聞いてた時に、言われた」 「――――……そか。 仁はどうしたいの?」 「んー…… 彰は? どう思う?」 「オレ……?」 「……オレに、居てほしい?」 「――――……」  そんな言葉に、なんだか言葉が出なくて、仁をまっすぐに、見つめた。  そのまま。  言葉が出ないまま、数秒。 「――――……オレは仁と働くの……やりやすいから……」 「――――……」 「居てほしいけど……でも、仁がやりたいかどうかだし……」  やっと、そう言葉を紡いだオレに、仁は、ふ、と笑った。 「――――……続けることにする」 「え? ぁ、決め……たの??」 「うん。彰が居てほしいって言ってくれるなら、居るに決まってるじゃん」  まっすぐな言葉が、嬉しい。  ……のだけれど。  ――――……なんか、どこかが痛い……気がするのが、何でなのか。  よく分からない。

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