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第70話「普通に」

 とりあえず、色々話した末、一度考えてくるという事で、亮也と別れて、買い物をして家に帰ってきた。  仁が帰ってくるまでは、まだ時間がある。  炊飯器の予約スイッチを入れてから、ジャガイモの皮をむき始める。  ゆっくりしかできないけど、大分、包丁の持ち方も様になってきた気がする。  一人で作って待ってるのもいいけど、やっぱり一緒に作ってた方が、楽しいし、捗る気がするなぁ……。 「――――……」  一人になって、落ち着いて、よく考えてると。  ――――……亮也の事、大事ではあるんだけど……。  そういう意味で好き、とか、愛してる、とかいう訳じゃないから、やっぱり付き合ったりしちゃいけないんだと、根本的な所に行き着いた。  亮也とセフレになったのだって、あの感じに流されまくったから。  ……オレ、多分、亮也のああいう所に、もうほんとに弱いんだと思う。  あんまり理屈とかじゃなくて。  考えさせられないようにしてくる、というか。  一緒に居たいから。  一緒に気持ちよくなるだけ。  男も女も、気持ちいい事するだけだよ、変わんないよ、なんて。  そんなような言葉たちに、ふわふわと流されて、一緒に居てしまえば居心地が良くて。  なんか、きつく抱き締められるというよりは、ほんわかと囲われる感じで、いつも過ごしてきた。  亮也じゃなかったら、男とそんな関係になってないし、  亮也とそうなったことは、後悔も、してない。  亮也とも、女の子達とも、セックスした後に、襲ってきた罪悪感は、今となって思うのは、仁を置いて逃げた事からきてたものだったんだうし。  亮也とそういう関係をもったこと自体は、全然嫌じゃなかった。  セフレをやめたいと言ったオレに、恋人になりたいなんて、言うとは思ってなかったから、びっくりしたけど。  まあなんか……亮也らしいなって、気はする。  料理の本通りに進めて煮込みながら、サラダを作り始めた時。  チャイムが鳴って、仁が帰ってきた。  考え事をしてると、すぐ気づかれる傾向にあるので、息を吸い込んで、深呼吸。 「おかえりー。お疲れ」 「ん、ただいま」  笑顔で出迎えると、ふ、と仁も笑う。 「どーだった、ランチタイム」 「すっげー忙しかった」  言いながら鞄を自分の部屋に置いてきて、洗面所で手を洗う。 「あの店、店長が三十代くらいの男の人なんだけどさ。すげえ料理うまいの。今日初めて昼食べたんだけど、ほんとうまかった。オレも習って少しずつ作ったりもするからさ、覚えてきたら、家で作るね」  話し続けてるので、オレも洗面所の入り口に立って聞いてると、仁はそう言いながら楽しそうに振り返る。 「うん。今日は、何食べたの?」 「チキンのクラブハウスサンド。うまかったよ」 「へえ。今度行く時、ランチにいこっかな」 「ん、いいよ。……あーいいけど……」 「ん?」 「ランチタイムはセットあるから安くなるけど、混んでる時は、ほぼ、客、女の子ばっかで。彰一人だと目立つかも」 「別に気にしないけど……」 「気にならないならいーけど、結構女の子、きゃーきゃー言ってる感じで、うるさいかも。十六時位とかのが少し静かでいいよ。それだと、結構休憩のサラリーマンとかも多いからさ」 「んー、でも十六時にサンドイッチは食べないしな……」 「んじゃあ、彰がランチに来る日は、なるべく静かな席、あけといてあげるよ」  クスクス笑って、仁がそう言う。 「仁シャワー浴びる?」 「ん、先浴びて良い?」 「うん。ご飯、仕上げとく」 「ありがと」  ドアを閉めて、キッチンに戻る。  煮込んだ肉じゃがの味見をして、皿に盛り付ける。  サラダとみそ汁とご飯をよそって、テーブルに並べていると、ちょうど仁が戻ってきた。  ――――……風呂上がり直後のシャンプーの香りは、今もするけど。  ……あの時みたいに不意打ちじゃなければ。最初からそうだと分かってれば、少しだけ、心にひっかかるくらい。  仁の、まっすぐ大事にしてくれてるみたいな態度に、なんだかいつも心が動くけど、これも別に、普通のこと、にもできる。  抱き締められるとかは強烈だけど、オレが泣いたり階段から落ちたり、バカなことをしなければ、仁からはしてこない。  ていうか、あれは仁にとっては、不可抗力みたいなもんだったろうし。  もう、これからそんな機会はなくせばいい。  仁と普通に、楽しく、居られたらいい。  そう決めて、そう過ごすことにすれば、普通に居られるはず。 「肉じゃがだ。 初めて作るよね?」 「うん。本通りだから、大丈夫なはず」 「味付け、またちゃんと計量したの?」 「……したよ」  答えると、仁はクスクス笑う。 「笑うなよ。正しいやり方だろ」  言うと、仁はまた笑って。 「そうだけど、彰っぽくて」  クスクス笑う仁。  全部準備が終わって、先に食卓に座る。 「仁みたいに大体で、とか、できないからしょうがないじゃん」 「全然。悪いなんて言ってないよ」  笑いながら、仁も正面に座って。  二人で頂きます、と言う。 「ん、めっちゃうまい」 「まあ、そうだよね。本通り」 「ジャガイモ、うまくむけるようになった?」 「皮薄くなってきた」 「はは、そっか」  一番最初にむいた時は、中身が皮と一緒に剥かれて、ずいぶん小さいジャガイモになったっけ……。   「家に居た時は一切料理なんかしなかったから…… オレらが料理してるとか言ったら、母さん、びっくりするだろうな」  仁がそんな風に言って笑う。  確かに。掃除とか洗濯ものをたたむとかは手伝ったけど、料理はほとんど手伝った事がなかったっけ。  ――――……懐かしいな……。    「いつか母さんに、オレ達が作った料理食べさせてあげようよ」  そんな風に言う仁に、ふ、と笑って、「いいね」と、頷いた。

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