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第71話「辛い」

 翌日十九時。  約束した場所に着いて、寛人に連絡しようとスマホを見た時。 「彰」  そう言いながら、ちょうど寛人が現れた。 「あ、お疲れ。 ありがと、こっちまで来てくれて」 「電車で二十分だし別に……。店はどこがいい?」 「んーどこでも…… その駅ビル、飲み屋がいっぱい入ってるよ」  ビルの下で看板を見て、「四階がいい」と寛人が言うので、それで決まった。団体客は待っていたけれど、二人だったのですぐ入れて、個室に案内された。 「今日は、仁はどうしてんだ?」 「剣道に申し込みに行くって。夕方出ていったよ」 「夕飯どうすんの?」 「適当に買って食べるって。……ていうか、仁の夕飯の心配しちゃうの、寛人」  クスクス笑って、寛人にそう言うと。 「ちょっと聞いただけ」  寛人は苦笑い。 「面倒見いいよな、寛人」 「そうか?」 「うん。ぱっと見、面倒なんか見そうにないのにね」 「るせ」  ふ、と笑って寛人が言った時。 頼んだ酒が運ばれてきた。 「お疲れ、彰」 「寛人こそお疲れ」  軽くグラスを合わせて、飲みながら、オレは笑った。 「てか、今日オレは、何もしてないから疲れてないんだけどね」 「今日は何してたんだ?」 「んー。仁の部屋のカーテンとか買いに行って、つけて……DVDで映画見て、食事作ってたべて……でまた、もう一本映画見て。コーヒー飲んで、仁が道場に出かけてったから……オレはちょっと家事して、ここに来た」 「ふーん。……全部仁と一緒?」 「……うん。まあ……」  頷きながら、またグラスに口をつけた。 「彰、明日朝バイトか?」 「うん、そう」 「じゃあ、あんまり飲むなよ」 「まだいーじゃん、十九時だし」 「……帰る頃には冷まさせるからな」 「うん」  色々たわいもない話をしながら、速いピッチで飲んでいると。 「一回水飲め」  いつの間に頼んだのか、水を渡された。 「ん」  ……熱い。 「――――……お前、酒弱いんだから。そろそろおさえとけ」 「別に弱くないし」 「弱いっつーの。気分よく飲んでんのかと思うと、急に寝るだろ。今日はおぶっていかねーぞ」 「大丈夫大丈夫」 「つーか、仁が心配すんぞ」 「……うん。大丈夫」  仁の名前に、ふ、と視線が落ちる。 「……仁と、何かあったか?」 「――――……いや、別に。普通に仲、良いよ」 「……そうか」 「うん。なんかちょっと一緒に居すぎだけど……春休みだけだろうし……」 「――――……ん」  頷きながら、寛人がオレをじっと見つめてくる。 「……あのさ、寛人、ちょっと……話、聞いてくれる?……どうにも、なんない事なんだけど……」 「何でも聞くって、いつも言ってんだろ」  即答に、ありがと、と笑っておいて。  オレは、話し始めた。 「……あのさ、オレ、寛人にさ」 「ん?」 「考えたくないって、言ったじゃん……?」 「ああ」 「……もう、そうしようって、決めたんだ。……ほじくり返しても、良い事無さそうだから」 「ん。それはそれで、いいんじゃねえか」 「……うん。 そうなんだけど……」  しばらく、言葉が出てこない。  水じゃなく、アルコールを、喉に流し込む。 「――――……勝手に、昔の事がさ、よみがえってくる訳……」  はー、と、息をついて、オレがそう言うと。  寛人が首を傾げた。 「――――……例えば?」 「んー……キス、されてた事とか。 抱き締められてた事とか……」 「勝手に思い出しちまうって事?」 「んー……勝手にっていうか……匂いとかさ……階段から落ちた時とかさ」 「……におい?? 落ちた? ちょっと分かんねえ。ちゃんと話せ」  言われて、確かに分からないよな、と思って、自分に苦笑い。  ちょっと酔ってるな…… もう少しちゃんと話さないと……。 「……仁のシャンプーの匂いで、キスされてた時の事、思い出したりさ」 「――――……」 「階段から落ちたの助けてくれた時……抱き締められてた時の記憶がもどったり、さ…… 考えないようにずっとしてたのに」 「……ああ。なるほど、分かった」 「……こっちに一人で居る間、ずっと忘れてた事まで思い出して……嫌でも、頭に浮かんできて、考えさせられてる気もするんだけど……」  寛人が、ん、と頷いてる。 「なんかもう――――……普通の顔してる仁の前でさ……」 「――――……」 「どうしたらいいか、よく、分かんないんだよね……」  初めて、自分の中の想いを、言葉に出した。  アルコールの力も借りて。  目の前に居るのが寛人だって事もあって。  オレは、そう言うと、テーブルに肘をついてその手に、額をのせた。  言ってしまうと、ますます自分の中の、気持ちを、認識されられる。  そっか。  ――――……やっぱり、オレ。  これ…… 辛いんだな。

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