71 / 135
第71話「辛い」
翌日十九時。
約束した場所に着いて、寛人に連絡しようとスマホを見た時。
「彰」
そう言いながら、ちょうど寛人が現れた。
「あ、お疲れ。 ありがと、こっちまで来てくれて」
「電車で二十分だし別に……。店はどこがいい?」
「んーどこでも…… その駅ビル、飲み屋がいっぱい入ってるよ」
ビルの下で看板を見て、「四階がいい」と寛人が言うので、それで決まった。団体客は待っていたけれど、二人だったのですぐ入れて、個室に案内された。
「今日は、仁はどうしてんだ?」
「剣道に申し込みに行くって。夕方出ていったよ」
「夕飯どうすんの?」
「適当に買って食べるって。……ていうか、仁の夕飯の心配しちゃうの、寛人」
クスクス笑って、寛人にそう言うと。
「ちょっと聞いただけ」
寛人は苦笑い。
「面倒見いいよな、寛人」
「そうか?」
「うん。ぱっと見、面倒なんか見そうにないのにね」
「るせ」
ふ、と笑って寛人が言った時。 頼んだ酒が運ばれてきた。
「お疲れ、彰」
「寛人こそお疲れ」
軽くグラスを合わせて、飲みながら、オレは笑った。
「てか、今日オレは、何もしてないから疲れてないんだけどね」
「今日は何してたんだ?」
「んー。仁の部屋のカーテンとか買いに行って、つけて……DVDで映画見て、食事作ってたべて……でまた、もう一本映画見て。コーヒー飲んで、仁が道場に出かけてったから……オレはちょっと家事して、ここに来た」
「ふーん。……全部仁と一緒?」
「……うん。まあ……」
頷きながら、またグラスに口をつけた。
「彰、明日朝バイトか?」
「うん、そう」
「じゃあ、あんまり飲むなよ」
「まだいーじゃん、十九時だし」
「……帰る頃には冷まさせるからな」
「うん」
色々たわいもない話をしながら、速いピッチで飲んでいると。
「一回水飲め」
いつの間に頼んだのか、水を渡された。
「ん」
……熱い。
「――――……お前、酒弱いんだから。そろそろおさえとけ」
「別に弱くないし」
「弱いっつーの。気分よく飲んでんのかと思うと、急に寝るだろ。今日はおぶっていかねーぞ」
「大丈夫大丈夫」
「つーか、仁が心配すんぞ」
「……うん。大丈夫」
仁の名前に、ふ、と視線が落ちる。
「……仁と、何かあったか?」
「――――……いや、別に。普通に仲、良いよ」
「……そうか」
「うん。なんかちょっと一緒に居すぎだけど……春休みだけだろうし……」
「――――……ん」
頷きながら、寛人がオレをじっと見つめてくる。
「……あのさ、寛人、ちょっと……話、聞いてくれる?……どうにも、なんない事なんだけど……」
「何でも聞くって、いつも言ってんだろ」
即答に、ありがと、と笑っておいて。
オレは、話し始めた。
「……あのさ、オレ、寛人にさ」
「ん?」
「考えたくないって、言ったじゃん……?」
「ああ」
「……もう、そうしようって、決めたんだ。……ほじくり返しても、良い事無さそうだから」
「ん。それはそれで、いいんじゃねえか」
「……うん。 そうなんだけど……」
しばらく、言葉が出てこない。
水じゃなく、アルコールを、喉に流し込む。
「――――……勝手に、昔の事がさ、よみがえってくる訳……」
はー、と、息をついて、オレがそう言うと。
寛人が首を傾げた。
「――――……例えば?」
「んー……キス、されてた事とか。 抱き締められてた事とか……」
「勝手に思い出しちまうって事?」
「んー……勝手にっていうか……匂いとかさ……階段から落ちた時とかさ」
「……におい?? 落ちた? ちょっと分かんねえ。ちゃんと話せ」
言われて、確かに分からないよな、と思って、自分に苦笑い。
ちょっと酔ってるな…… もう少しちゃんと話さないと……。
「……仁のシャンプーの匂いで、キスされてた時の事、思い出したりさ」
「――――……」
「階段から落ちたの助けてくれた時……抱き締められてた時の記憶がもどったり、さ…… 考えないようにずっとしてたのに」
「……ああ。なるほど、分かった」
「……こっちに一人で居る間、ずっと忘れてた事まで思い出して……嫌でも、頭に浮かんできて、考えさせられてる気もするんだけど……」
寛人が、ん、と頷いてる。
「なんかもう――――……普通の顔してる仁の前でさ……」
「――――……」
「どうしたらいいか、よく、分かんないんだよね……」
初めて、自分の中の想いを、言葉に出した。
アルコールの力も借りて。
目の前に居るのが寛人だって事もあって。
オレは、そう言うと、テーブルに肘をついてその手に、額をのせた。
言ってしまうと、ますます自分の中の、気持ちを、認識されられる。
そっか。
――――……やっぱり、オレ。
これ…… 辛いんだな。
ともだちにシェアしよう!