89 / 135
第89話「キスマーク」
「オレ、そろそろ帰るね」
「ん。あ、片付けいいよ」
「でも少しだけ」
立ち上がって、テーブルの上のごみや、自分のグラスを持って、キッチンに向かう。
「なあ」
一緒に立ち上がって、オレの隣に立った亮也を、ん? と見上げる。
「何?」
「何であいつ、あんなにオレの事嫌がったのかな」
「……うーん……亮也がオレに触ってたから……?」
「触ったっけ?」
「顔上げさせる時。ちょうどその後、仁、来たんだよね……」
「――――……じゃあやっぱり彰は、オレがお前の事触ったから怒ったって思ってるって事?」
「……だってそこしか、ないんだもん。よく分かんないよ。その前に、男友達が来るって言った時は機嫌良かったのに」
「――――……やきもちなのかな?」
「……でも、女の子のキスマークに反応しないのに、男が顔触った位でって……逆におかしくない? だからやっぱりそういうんじゃないのかも……」
「うーん……なあオレと今居るって、知ってんだよな?」
「え? うん、知ってるよ」
「……ちょっとだけ我慢してて」
「え?――――……え」
手首を取られて、開かれて。
「痛……っ」
きわどい所に吸い付かれて――――……キスマーク、付けられたと悟る。
「っ……っ何してんだよっ」
「はは、ごめん、怒んないで。いいじゃん、いまさらオレがつけるキスマーク一個増える位」
「そんな事言ってんじゃなくて、何のつもり――――……」
は、と気付いて、固まる。亮也がニヤ、と笑う。
「弟に見せてみ?」
「……絶対ぇ見せない」
「だってオレと居るの知ってるのに、キスマークつけて帰ってきたらさ。どんな反応するか見たいじゃん?」
「――――……ていうか、キスマークは、もう前に……」
「だから、それは女の子だろ? 今日のは、オレかもって、思う訳じゃん?」
「――――……なんか、悪趣味……っ」
睨むと、亮也は、そう?と笑う。
「だってさ、何かきっかけがないと、動かなそうなんだもん。まんまとひっかかってくれたらいいけどなあ?」
「……絶対見せないから」
「ちえ。つまんない」
「つまんないじゃないっつの! ほんとに……」
そんな攻防を経て、亮也のマンションを後にして。
途中のお店で、美味しそうなプリンを買った。
で、今、自分のマンションの、部屋の前。
ボタンもいっこ上に止めた。ここからなら絶対見えないはず。
大丈夫。
酒も、飲みすぎてないし、普通。
「――――……」
うん。普通に過ごす。
バイト、忙しそうだったな、とか、話して。
美味しかった、とか、話して。
プリンも一緒に食べよ。
それで、シャワー浴びて、今日はもう、酒飲んで眠いからって、布団に入ろう。よし、完璧。
仁と会った後のシミュレーションを終えて。
――――……何してんだ、オレ。なんて、そんな風に思いながら、鍵を開けて中に入った。玄関の電気をつけて、靴を脱いでる所に仁が迎えに出てきた。
「彰お帰り」
「ただいま。ご飯は? 食べた?」
「ん。さっき食べ終わったよ。今片付けてたとこ」
「そっか」
「彰は? どこで食べたの?」
「オレは……友達んちで、軽く食べた」
「飲んでる?」
「うん。少しだけな? ん。これ。プリン」
「……プリン?」
「カフェオレのお礼……オレのもあるけど」
笑いながら言うと、プリンの入った袋を覗いて、仁も笑う。
「ありがと。 一緒に今食べる?」
「うん。食べる。手、洗ってく」
「ん。何か飲む?」
「オレ、水でいいよ」
「了解」
仁がリビングに。オレは、洗面所に入る。
うん。――――……普通、だな。
大丈夫そう。 よかった。
――――……何だかな。
……仁の機嫌とか……態度とか。
勝手に、感情揺さぶられて――――……。
普通に過ごせるだけで、ホッとするとか。
馬鹿だな……オレ。
仁がオレのことを今でも好きか、聞いちゃえばって。
――――……亮也てば、簡単に言うけど。
……できるわけない。
キスマーク……見えないよな?
鏡で首元を写す。
今見えないけど、どこだっけ……。
ぷち、とボタンを外して、ああ、ここか。ここならしめとけば絶対見えないや、と思った瞬間、だった。
「彰、オレ、紅茶入れるけど、飲む?」
急に、仁が顔をのぞかせた。あまりにびっくりして。
びくっと大きく震えてしまって。咄嗟に外したボタンを、きゅ、と合わせた。
「――――……なに?」
眉を寄せた怪訝そうな顔。少し首を傾げて。
何を思ったのか、仁が、オレの手を掴んだ。
「何隠したの?」
「――――……何でもない、隠したわけじゃ……」
「見せて」
ボタンを合わせていた手を外されて、開かれる。
「――――……」
しばらく、無言。
「――――……誰の、キスマーク?」
つかなんか――――……もう。
亮也の、バカ……!! オレもバカ!!! 開けなきゃよかったのに……!
眩暈が、してきた。
ともだちにシェアしよう!