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第89話「キスマーク」

「オレ、そろそろ帰るね」 「ん。あ、片付けいいよ」 「でも少しだけ」  立ち上がって、テーブルの上のごみや、自分のグラスを持って、キッチンに向かう。 「なあ」  一緒に立ち上がって、オレの隣に立った亮也を、ん? と見上げる。 「何?」 「何であいつ、あんなにオレの事嫌がったのかな」 「……うーん……亮也がオレに触ってたから……?」 「触ったっけ?」 「顔上げさせる時。ちょうどその後、仁、来たんだよね……」 「――――……じゃあやっぱり彰は、オレがお前の事触ったから怒ったって思ってるって事?」 「……だってそこしか、ないんだもん。よく分かんないよ。その前に、男友達が来るって言った時は機嫌良かったのに」 「――――……やきもちなのかな?」 「……でも、女の子のキスマークに反応しないのに、男が顔触った位でって……逆におかしくない? だからやっぱりそういうんじゃないのかも……」 「うーん……なあオレと今居るって、知ってんだよな?」 「え? うん、知ってるよ」 「……ちょっとだけ我慢してて」 「え?――――……え」  手首を取られて、開かれて。 「痛……っ」  きわどい所に吸い付かれて――――……キスマーク、付けられたと悟る。 「っ……っ何してんだよっ」 「はは、ごめん、怒んないで。いいじゃん、いまさらオレがつけるキスマーク一個増える位」 「そんな事言ってんじゃなくて、何のつもり――――……」  は、と気付いて、固まる。亮也がニヤ、と笑う。 「弟に見せてみ?」 「……絶対ぇ見せない」 「だってオレと居るの知ってるのに、キスマークつけて帰ってきたらさ。どんな反応するか見たいじゃん?」 「――――……ていうか、キスマークは、もう前に……」 「だから、それは女の子だろ? 今日のは、オレかもって、思う訳じゃん?」 「――――……なんか、悪趣味……っ」  睨むと、亮也は、そう?と笑う。 「だってさ、何かきっかけがないと、動かなそうなんだもん。まんまとひっかかってくれたらいいけどなあ?」 「……絶対見せないから」 「ちえ。つまんない」 「つまんないじゃないっつの! ほんとに……」  そんな攻防を経て、亮也のマンションを後にして。  途中のお店で、美味しそうなプリンを買った。  で、今、自分のマンションの、部屋の前。  ボタンもいっこ上に止めた。ここからなら絶対見えないはず。  大丈夫。  酒も、飲みすぎてないし、普通。 「――――……」  うん。普通に過ごす。  バイト、忙しそうだったな、とか、話して。  美味しかった、とか、話して。  プリンも一緒に食べよ。  それで、シャワー浴びて、今日はもう、酒飲んで眠いからって、布団に入ろう。よし、完璧。  仁と会った後のシミュレーションを終えて。  ――――……何してんだ、オレ。なんて、そんな風に思いながら、鍵を開けて中に入った。玄関の電気をつけて、靴を脱いでる所に仁が迎えに出てきた。 「彰お帰り」 「ただいま。ご飯は? 食べた?」 「ん。さっき食べ終わったよ。今片付けてたとこ」  「そっか」 「彰は? どこで食べたの?」 「オレは……友達んちで、軽く食べた」 「飲んでる?」 「うん。少しだけな? ん。これ。プリン」 「……プリン?」 「カフェオレのお礼……オレのもあるけど」  笑いながら言うと、プリンの入った袋を覗いて、仁も笑う。 「ありがと。 一緒に今食べる?」 「うん。食べる。手、洗ってく」 「ん。何か飲む?」 「オレ、水でいいよ」 「了解」  仁がリビングに。オレは、洗面所に入る。  うん。――――……普通、だな。  大丈夫そう。 よかった。  ――――……何だかな。  ……仁の機嫌とか……態度とか。   勝手に、感情揺さぶられて――――……。  普通に過ごせるだけで、ホッとするとか。  馬鹿だな……オレ。  仁がオレのことを今でも好きか、聞いちゃえばって。  ――――……亮也てば、簡単に言うけど。  ……できるわけない。  キスマーク……見えないよな?  鏡で首元を写す。  今見えないけど、どこだっけ……。  ぷち、とボタンを外して、ああ、ここか。ここならしめとけば絶対見えないや、と思った瞬間、だった。 「彰、オレ、紅茶入れるけど、飲む?」  急に、仁が顔をのぞかせた。あまりにびっくりして。   びくっと大きく震えてしまって。咄嗟に外したボタンを、きゅ、と合わせた。 「――――……なに?」  眉を寄せた怪訝そうな顔。少し首を傾げて。  何を思ったのか、仁が、オレの手を掴んだ。 「何隠したの?」 「――――……何でもない、隠したわけじゃ……」 「見せて」  ボタンを合わせていた手を外されて、開かれる。 「――――……」  しばらく、無言。 「――――……誰の、キスマーク?」  つかなんか――――……もう。  亮也の、バカ……!! オレもバカ!!! 開けなきゃよかったのに……!  眩暈が、してきた。  

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