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第91話「ヤキモチ?」

 どうしたらいいのか悩みながら少し時間を置いて、まさか自分の部屋に逃げる訳にもいかなくてリビングに向かった。 「……?」  仁が居ない。  ……でも、紅茶はもう入って、カウンターの上に置かれてる。  部屋に行った気配はしなかったけど……。 「――――……?」  流しの方に歩いていって。  そこで、うずくまってる仁を発見した。  ……え? 何?  ――――……具合悪い? 「仁、どうしたの?」  隣に膝をついて、ぽんぽんと肩を叩いてみる。 「――――……」  少しだけ顔を上げて、オレを見て。  しゃがんでうずくまってた仁は、後ろに尻を落として座ると、また膝を抱えてしまった。 「どうしたの……?」  しばらく返答無し。どうしようかと思っていたら、仁が、静かに口にしたのは、ただ一言。 「……ごめん……ちょっと……自己嫌悪で」 「え?」  何が? 「……さっき、ごめん」 「……?」  さっきって、なに? どれ?    返事をしないオレを、少しだけ顔を横に向けて。チラ見して。  全然分かってないと悟ったのか、はあ、とため息をついた。 「……キスマーク」 「あ」  それか……。 「……オレほんと……何してんだろ――――……」  またうずくまってしまった。 「……仁……いい、よ。別に。亮也だってふざけてやったんだし……そんな気にしなくて」  そんなに落ち込まれると、なんか、居た堪れないというか。  そんなに、別に、たいしたことじゃ――――……。  ……たいしたことじゃなくも無いんだけど。オレ的には。  まだ異様に、首だけジンジンするし。  でも、たいしたことじゃないと、思い込む為にも。 「別に、たいしたことじゃないから――――……」  言った瞬間。  腕を、掴まれた。 「――――……ヤキモチ、妬いた」 「……え?」 「……ヤキモチ妬いたから、した。ふざけ返した訳じゃ、ない」 「――――……え……」  仁が、もう、どうしたらいいのか分からない、というような。  何だか、甘えてる時、みたいな。  昔みたいな、顔をして。  ふてくされたみたいに、そう言った。 「――――……」  こっちに来てからの仁は――――……なんか……。  すごく、大人になっちゃったみたいで……優しいけど、表面だけみたいな……。  ――――…… どこか、本気じゃないみたいな……。  昔の可愛かったと事か、見えなくて。たまに少しだけ見えた気がしても、すぐ大人っぽい笑顔で、隠されるみたいな……。  思い切り、ふてくされた顔を見た瞬間。  ――――……久しぶりに、ちゃんと、仁に会ったみたいな。そんな、気がした。  なんか……仁、だ。  ……仁が――――……ヤキモチ……?  思った瞬間。  なぜだか、急に、顔が、熱くなった。 「――――……は……?」  驚いたみたいに、仁が顔をあげた。  ……つか、何コレ。  咄嗟に。口を覆って、立ち上がろうとした手を掴まれて、止められた。 「――――……なに、その顔……」  下から、まっすぐに、見つめられる。 「――――……っ……なんでも……」 「無い訳ないだろ――――…… 何……?」 「……っ……」  オレだって――――…… 全然分からないのに。答えられる訳ない。 「――――……彰……?」  すごく、苦しそうな、顔をして。  なんだか、どこか、すごく痛そうで。  こっちまで、胸が、痛くなる。 「――――……彰……」 「……っ……」  顔が、ゆっくり、近づいてきて。  ――――……まるで、キス、される、みたいで。  心臓が、爆発しそうで――――……  その、瞬間、だった。  インターホンが、鳴り響いた、のは。  二人とも、大きく、震えて。  ぱ、と、離れた。  いつも、このインターホン、こんなに大きい音だっただろうか。  爆発しそうだった心臓は、離れてもなお、大きく、ドクドクいってる。  もう一度鳴ったところで、動けないオレを残して、仁が、仕方なさそうに立ち上がった。 「はい」 「こんばんわー」  能天気な挨拶。オレも何とか立ち上がって、インターホンの画面を覗くけれど、ちょうど顔が映ってない。 「……どなたですか?」  仁の声が、低くて、不機嫌。 「父さんだけど?」  その一言に。  オレも仁も、一瞬すべて忘れはてて、顔を見合わせた。 「え……父さん?」 「……彰、くるって聞いてた?」 「何も聞いてない……」 「早く開けてくれない?」  そう言われてみれば、確かに声は父のもので。  二人で、玄関に急いだ。

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