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第92話「父の来訪」

 玄関を開けると、本当に父さんで。  急な訪問に、本当に驚いたけれど、とりあえず中に入ってもらって、リビングに戻った。 「父さん、とりあえず、紅茶のむ? 仁が淹れてくれたんだけど」 「ん。でもそれは彰のじゃないのか?」 「オレ、お酒飲んでるし、水でいいよ。とりあえず飲んで落ち着いて?」  紅茶のカップを、テーブルに二つ置いた。  仁が座って、その目の前に父さん、父さんの隣にオレは座った。  オレがほんの少しだけ、母親に遠慮があるように、仁も少し、遠慮がある。  家族として仲は良かったけれど、ほんの少しの遠慮はあって。その遠慮がまったくないのは、一番下の和己だけ。 「父さん、急にどうしたの? オレたち居なかったらどうするつもりだったの?」 「今朝、急にこっちに来る事になって、バタバタでな。他に連絡するところがたくさんあったから、二人に連絡してる暇がなかったんだよ。夜も遅くて来れないかもと思ったし。たまたま早く終わったけど、もし居なかったら今回は諦めるつもりだったし」  諦めるって何だよ……??  そう思った瞬間。 「諦めてどうする気だったの?」  仁が、そう聞いてる。 「このまま駅に戻って、ビジネスホテルに泊まろうと思ってた」 「もー……先に連絡しなよー」 「ほんとに忙しかったんだよ」  オレの言葉に、苦笑いしてる父さん。 「……じゃあ父さん泊ってくんだよね。布団出してくる。あ。前まで父さんが泊ってたとこに仁がいるから……どこに寝たい?」 「どこでもいいけど」 「仁の部屋はちょっと狭いかも…… オレの部屋か、ここか?」 「じゃあ彰と寝ようかな。久しぶりに」 「ん。分かった。あ。でも明日塾のバイトだから、早いけど大丈夫?」 「何時?」 「七時位に起きる」 「ああ、一緒に出てちょうどいいかも。明日も朝から会議だから」 「そうなんだ」  父さんとオレの会話を、仁は、紅茶を飲みながら、黙って聞いてる。  ほんとは――――…… さっきの、仁とのやり取りが。  ――――……胸に引っかかりすぎてて。  父さんと、普通の会話をしてるだけでも、正直辛いんだけど。 「あ。父さん、風呂入る?」  仁が不意にそう言った。 「あぁ」 「湯舟入るなら、お湯入れてくるけど。オレさっきシャワーで済ませちゃったし」 「彰は? シャワーだけ?」 「うん。オレはシャワーでいいかな」 「じゃあ父さんもシャワーでいいよ」  立ち上がりかけてた仁は、その言葉でまた座った。 「彰、先にシャワー浴びてきてもいいよ。紅茶飲んでるし」 「んー……じゃあそーする。 着替えてから布団しくね、すぐ出てくるから待ってて」 「ああ」  言いながら、父さんから視線をずらし、仁を見る。  ちょっと久しぶりの父だから。二人で平気かななんて、思ったりしつつ。  ……まあ、平気かな。うん。  ……ていうか、オレと仁、の方が、平気じゃない。  そんなことを思いながら部屋に戻って、着替えを手に取る。  よかった、父さん、来てくれて。  ――――……プリンなんて、食べれる気、しなかった。  ………さっき……。  仁、オレに――――…… キス、しようとした……?  ――――……違う、かな?……  なんか。  キスしそうではあったけど、違うかもしれない。  触れてないから、確実ではない。  あの時、チャイムが鳴らなかったら。  ――――…… オレ達、どうなってたんだろう……。  ヤキモチ……って、言ったよな。  ――――……仁……。  でもそう言って、すごく、痛そうな……苦しそうな顔、してた。  ……もう――――……どうしたら、いいんだか。  なんか父さんも居るし、まともに思考が働かない。  とりあえず。  ――――…… シャワー浴びて、すっきりしよ……。  ため息をつきながら、バスルームに向かった。

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