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第95話「緩い優しさ」

「仁は、向こうのお父さんに似てるんだよ」 「あー……確かに、仁と母さんも、似てないね」 「うん。まあ……ものすごく、カッコいい人だったんだよ、仁のお父さん」 「ん? 知ってるの? 仁のお父さん」  ふと、父さんの方を向く。もう目が暗闇に慣れてきて、表情も見て取れる。 「あれ? 話してなかったっけ?」 「? 何?」 「あー話してないかもなぁ……」  ほんと。のんきな父の声は、落ち着く。  クスクス笑いながら、また目を閉じる。 「仁のお父さんと、今のお母さんが同じ会社に勤めてて。もとは、父さんの会社の取引先の人達だったんだよ。その会社を訪ねると、今のお母さんが受付に居て、仁のお父さんとは、会議で会ってた」 「――――……知らなかった。……仁のお父さんは事故で亡くなったんだよね?」 「そう。ほんとに突然ね。――――……うちもその少し前に、母さんが病気で亡くなってたから、それで、お互い大変ですねって話してたら、会社の受付なのに一緒に泣いちゃったりして。慰めあったりしてる内に……かな。 最初はそんな気、全然なかったんだけどね。同じように息子が一人いるっていうのも、共通の話になって……て感じかなー……」 「――――……全然知らなかった」 「……正直、仁のお父さんを選んだ人が、自分を選んでくれるとか思わないから。ほんと最初は、何の意識もしてなかったよ」 「なにそれ父さん」  苦笑い。 「だって、まあ…… 背も高いし足も長いし、スーツ姿、男でも見惚れる位カッコいい人でね。仕事もできるし、欠点が見つからないんだよね。 そんな人と結婚してた人がだよ? しかも母さんも美人だし。でもちょっと抜けてて可愛かったけど」 「――――……」 「そんな人が父さんを選ぶとは、思わなかったからなあ……」 「……母さんは、何で父さんと結婚決めたんだって?」 「……さあ?」 「え、聞いてないの?」 「……プロポーズして、考えさせてくださいって言われて――――……そこら辺で、仁と彰を会わせて。 その後、結婚してくださいって、母さんから言われたから。もう理由はどうでも良かった、から」 「――――……」  父さんのそーいう所なんだろうなー。  優しいっていうか。  何も言わず、包んでくれるっていうか。  と、勝手に予想しながら。クスクス笑っていると。 「――――……彰は、好きな人は、居る?」  不意に、聞かれた。 「え。……何で突然、オレの話?」 「――――……父さんはさ。 前のお母さんの事も、今のお母さんも、大好きだし…… 子供たちも良い子だし。幸せだなーと、思ってるからさ」 「……うん? 思ってるから?」 「……彰にも、幸せになってほしいから」 「んー……そっか……」  何だか、父の言葉が、痛い。  ……幸せ、か。  ――――……幸せ……。 「――――……父さん」 「ん?」 「……変な事…… 聞いていい?」 「……どうぞ?」 「――――……オレが思う幸せとさ。 父さんや母さんが思う幸せが……全然違ったら……」 「……ん?」 「……オレがさ……もう、たとえようのないくらい、ひどい相手を連れてって、父さんたちは大反対でさ……でもオレが幸せだからって言ったら……って意味分かんないか」  ……分かんないな、これじゃ。  ていうか、そもそも、自分の中でだって答えも何も出てないのに。何が聞きたいんだ。  そう、思って、止まっていたら。  父さんが、少し黙って考えてから。 「んー……反対されそうな相手を、彰が連れてきたらって事?」 「――――……まあ……そう……かなあ……」 「……彰が心から幸せなら、良いんじゃない? 無理してるとか。幸せだって思い込もうとしてるとか、それなら反対するけど。――――……それが彰の本当の幸せなら、反対はしないよ」 「――――……」 「人はさ、いつ死んでしまうか分からないし。そう思ったらさ…… 自分が幸せだと思う所に居るのが一番だと思うし」 「――――……」 「とりあえず、彰の幸せは、彰のものだから。 彰が心から幸せなら、文句はないよ」 「――――……」  なんか。なんでか。……わかんないけど。  ――――……泣きそう。 「……こんな答えじゃ納得いかない? 極端かな、いつ死ぬか分からないとか」  苦笑いしてる、父さん。 「――――……彰も、仁も、和己も。皆、幸せだなと思って生きてってくれたら、嬉しいかなー……」 「……うん。――――……とりあえず、父さんが幸せなのは分かったから良かったよ」  ふ、と笑って言うと、父さんもクスクス笑った。 「彰、外見は似てないけど、中身は父さんに似てるからさ」 「……ん?」 「……なんかお人好しすぎというか。考えなくていいとこまで考えて、落ち込むとか。分かってても直せるとこじゃないし。……似なくていいとこ、似ちゃったなと思ってるんだよね」 「……父さんて、落ち込むの?」  あんまり見た事ないけど。 「そりゃ息子には見せないけど。――――……特に母さんが亡くなった時とか、彰が居なかったら、立ち直れなかったかも……」 「――――……」 「彰が居たから、頑張れたんだよね」 「――――……そうなんだ」 「だから、お礼に、彰の幸せは守るからね」 「――――……ん……」 「……彰?」 「……今さ、オレさ――――……ちょっと……色々考えてて」 「……うん」 「――――……泣けてくるから、もうやめて」  ――――……苦笑いでそう言うと。  父さんがむく、と起き上がってきて。 「……寝るまで、背中とんとんしてあげようか?」 「……は? 何言ってんの? 恥ずかしいから無理」 「昔は毎晩してあげたよね」 「いやいや、何才の時の話だってば……」  しばし、すったもんだ、暴れる。 「――――……はー、強情、彰」 「いやいや、絶対父さんがおかしいからねっ」  オレの抵抗に、渋々布団に戻ると。父さんはクスクス笑い出した。 「……彰はさ。頑張りすぎない事だよ? ほんと。いつも頑張りすぎ。人の事気にしすぎ。たまには、自分に素直になりな?」 「――――……うん」 「……こんな風に隣に寝るのも、ゆっくり話すのも、久しぶりだよねー……。もしかして、良いタイミングで来たかなあ?」 「……うん……そうかも。……ありがと」 「ん。おやすみ、彰」 「うん。……おやすみ」  何一つ、問題が解決したわけじゃないし。  自分の想いが結論付いたわけでも、仁の事が分かった訳でも、なんでもないんだけれど。  ――――……緩い父の優しさに。  自然と、心が緩んで。  最近なかなか眠れなかったのが嘘のように、ふっと、眠りに、落ちていた。

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