99 / 135

第99話「この世で一番」

  「彰、答えて」 「――――……」 「……寝たってなんだよ?」 「――――……」  仁が、出してくる問いに。  答えられずに、ただ、俯いて、しまう。  まっすぐな、瞳、見つめ返せる訳もない。 「彰、ちゃんと答えて」  強い口調の言葉に、咄嗟に仁を見上げる。  ――――……苦しそうに、見える。  ……胸が痛い。 「――――……」  もう言うしかないんだと、思った。  ――――……だってもう、今から何言ったって。誤魔化せっこない。 「……寝てた、から……仁がこっちに、来るまで……」 「――――……あいつと?」 「……何人か、女の子と……――――……あと……亮也、とも」  すごく、うるさく思えて、換気扇を、止めた。  そしたら。ものすごく張り詰めた静けさが襲ってきた。 「……なに? 何人かって」 「――――……」 「こないだ、誰かと別れてたよね?」 「あれは……その内の一人の女の子と――――……もうやめようって、言って……」 「――――……まだ他にも居るって事?……」  俯いて、しまう。  できたらこんなの――――…… 仁には言いたくなかったけど……。  ――――……でも、これも……隠したまま、嘘ついてくよりは……。  もしかしたら……良かったのかもしれない。そう、諦めるしかない気がする。   「……それって、恋人じゃないの?」 「――――……違う。付き合おうとか……言ってないし」 「――――……なんで、そんな事……」 「……っ――――……」  ……今なら、分かる。  仁を置いてきたのに、誰かと付き合うなんてできなくて。  ――――……でも……和己から、仁がモテて家に女の子連れてくるとか。また別の子と付き合ってるとかの情報が、勝手に入ってくるから。    なんかそういうの聞いてると――――…… なんだか、たまらなくなって。  もう考えたくもなくて、誘われるまま、応えた、というか……。 「……亮也って、奴とは? 寝てたって何。はっきり言って」 「――――……」  俯いて、唇を、噛んで。  それから、は、と息をついた。 「――――……だから……そのまま、の意味……」 「抱いたの? ……抱かれたの?」 「抱かれ――――……」  言い終える前に、二の腕を掴まれて、ぐい、と引き寄せられた。  勢いが激しすぎて、驚いて顔を上げたら、仁と真正面に、見つめあった。  ――――……怒ってる、のか。  痛そう、なのか。 「なんで……?」  吐き出すみたいに、聞かれた。  なんで――――…… なんでって……。 「どうしてそうなったんだよ…… あいつが、好きなの?」 「……亮也、とは……お互い気が向いた時、に……」 「……男に抱かれるなんて――――……気がむいたからって、そんな事、平気でできんの?」 「――――……っ……」  痛い。  ――――……もう、体の奥が、痛すぎて。  涙が、出そう。  でも――――……こんな事で、仁の前で、オレが、泣くわけにいかない。 「……仁だって……」 「――――……なに?」 「……仁、だって――――……色んな女の子と付き合ったってたんだろ。……それと……同じ、だよ……」 「――――……」  仁が、唇を噛んで。  ぐっと、眉を寄せた。  苦しい。  もう。 息が出来ている気も、しない。 「――――……っ……もう……離してよ。……痛い」  二の腕を掴んでいる仁の手から逃れて、背を向けた瞬間だった。  後ろから、腕を掴まれて引っ張られて。  壁に背を押し付けられた。  そのまま、また二の腕を掴まれて。  まっすぐ、見下ろされた。 「……同じじゃない、全然……違う、だろ」 「――――……っ……」  痛そうな、顔。仁。  ――――……オレ、何で……そんな顔……させてるんだろう。  ……この世で、一番、  笑っていて、欲しいって……思ってるのに。 「女抱くのと、男に抱かれるのが、何で同じなんだよ……!」 「――――……っ」 「……ッ……女なら、かまわねえよ。何で、男と……!」  怒ってる。  今まで、見た事がない位。  でも、それよりも、もっと。  ――――……仁が、泣きそうに見えて。  もう、どうしたら、いいのか、分からなくなる。  時を、戻せるなら。  仁の前から逃げた、あの時に戻りたい。  でも、出来ない。  仁から逃げたのに、仁が誰かと付き合うのを聞いて。  体くらいは自由でもいいだろうと、好きにしてた、自分が、バカなんだ。  一人で居ると、色んなマイナスの気持ちに負けそうで。  ……意味もないのに、体だけ繋げた。 「……彰……」  両手首を取られて、壁に、押さえつけられた。  自然と上向いて、仁を見上げる。 「……じ……」  名前を呼ぼうとした唇を、仁が塞いだ。 「……っ……!……」  藻掻いても、離せない。   押さえつけられた、手首は、ぴくりとも、動かない。 「――――……離し……っ」 「 ……嫌だ」  何とか離した唇を、またふさがれた。  久しぶりの――――…… キスは。  心が冷えてく、みたいで。  耐えてた涙が、急に、溢れた。

ともだちにシェアしよう!