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第100話「試した意味」
「……っ……」
涙が触れたのか、仁が、ふ、と瞳を開けた。
「――――……彰……」
唇が離されて。でもものすごい至近距離のまま、仁の指に、涙を拭われた。
「――――……」
何も。言わない。
「……じ、ん……?」
「――――……オレとキスすんのは……そんな泣く位、嫌?」
「――――……」
違う。
――――……キスするのが、嫌なんじゃなくて……。
こんな顔させて、こんな気持ちで、
怒って、傷ついてる仁とキスするのが――――……。
「――――……ごめん……」
「――――……何、が……?」
「……亮也、は……会った日からずっと……誘われて……」
「……誘われたら男に抱かれんの? ――――……何が、ごめん、なんだよ」
仁が眉を寄せたまま、じっと、見つめてくる。
見つめ返すのはきつくて、俯いて、話すしかできない。
「……断ってたけど……何度も、誘われてるうちに……仲、良くなって……最初はオレ……そんな事ができるのか……試してみたかった……し…… その後は……気が向いたら、て、感じで……」
ものすごく端的だけど、これが本当の所で。
そこまで言って、更に俯いた。
「オレが男と、とか……仁が嫌なのは分かる、から。だから、ごめんて……言った……」
「……何だよ、それ」
仁の低い声が、静かに、漏れて。
「彰、自分が何言ってるか、分かってんの?」
そう言われて、仁を見上げた。
「……どういう意味?」
何を言ってるかは、分かって話してたつもりなので、仁の言ってる意味が分からなくてそう聞くと。仁はまた眉を寄せて。まっすぐ見下ろしてくる。
「あいつが好きだから付き合ったんじゃねえの? ――――……試してみたかったから、寝たの?」
「――――……ん……付き合っては、ない……けど……」
「試してみたかったって、それ、何でなのか、自分で分かんないの?」
「――――……何でって……」
何でって。
――――……何でって、何?
何が、聞きたいのか、全然分からない。
仁の手が、オレの腕を掴んで。
ぐ、と力が込められた。
痛い、と思ったけど――――……仁の、辛そうな顔を見てたら、言えなくて。
ただ、視線を逸らせずに仁を見ていると。
「……オレとできるか――――……あいつで試したって事だろ……?」
「――――……」
――――……今言われた事を、頭の中で繰り返す。
え、何……?
そんなんじゃない。
そんな訳ない。そんなんじゃ――――……。
試したかった。
……そんな事が出来るか、試したかった。
――――……試す……。
……仁と、できる、か?
「――――……」
……そっか……普通は――――…… 試す意味なんか、ないんだ。
性の対象が女の男は、そんな事、試そうとは、しないんだ。
必要も意味もないし、きっと考えもしないんだ。
じゃあ、オレは――――……。
何のために――――……試したんだ……。
「……離、して…… 仁」
「――――……」
「っ…… はな、してよ……」
無理。
オレ、今――――……これ以上お前の前に居られない。
なんかもう頭のなか、ぐちゃぐちゃで――――……。
何考えればいいのか、全然分からない。
「今、一人に、して――――…… もう、無理……」
「……っ離さねえよ……」
藻掻いていたら、背中を再度壁に押し付けられて。
きつく、抱き締められて、動けない。
「何でそんな、試すなんて――――……」
「――――……っ」
「そんなんで、あいつに、抱かれたのかよ……!」
「……っ」
首を振って、仁から離れようとしていたら。
ぐい、と顎を掴まれて、上向かせられた。
「……何回抱かれたんだよ…… 試して、続けたって事は……よかったの?」
「――――……っ」
一瞬で、体中の血が冷えて。
指先が、震えるのが、分かる。
「……はな、して……」
涙が、また、溢れそうで。
「――――……彰のイく顔…… 何回、見せたの?」
「……っ……なに、いって……はな……」
「……っ……離すわけ、ないだろ……」
いつもの優しい、声とは全然違う。
低い、押し殺したような、声が。 辛くて。
涙をこらえて眉を寄せた瞬間。 再び、唇が、ふさがれた。
「――――……ン……っ?……っ……」
今度はすぐに、舌が、中に入ってきた。
「――――……や、めっ…… ぅ……っ」
振り解こうとしても、背中を壁に押し付けられた状態での、食いつくされるようなキスに、抵抗もままならない。
「……っ……」
舌を激しく絡められて、口内、好きにされてると――――……。
ぞく、と背筋を、生理的な、ヤバい感覚が襲う。
今――――…… こんなふうに、感じたく、ないのに。
「……い、やだ…… 仁……っ」
もがいて、少し離れた口が空気を求めて――――……。
瞬間、また深くキスされる。
「――――……ン……っ」
容赦ないキス。
――――……息が出来なくて、くらくらして、のぼせてくる。
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