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第48話

 心臓が止まりそうになった。  背後の声……聞き慣れた声だけど、突然の声に心臓が鷲掴まれた。 「どうしましたか?ビクンッと肩を震わせて」  見慣れた姿……会いたかった彼なのに。 「喉も震えている」  息を飲んだ喉が、名前を紡げない。  長い指がつぅっと喉をなぞった。  ふうっと影が背後を支配した。  突然の気配に振り返る。  影は宵闇の紫を帯びて、たちまち人型を象った。  ……オルフェだった。  嬉しい筈なのに。  オルフェが無事で。怪我もなくて。  なのに…… 「警戒してらっしゃいますか。無理もありません。このような現れ方をしたのですから。魔力を使って外を探っておりました。ご容赦を」 「う……ん……」 「偽物だと疑っておいでで?」 「違うッ」  慌てて頭を振った。  目の前にいるのは、紛れもなくオルフェだ。  だからこそ…… (違う)  何なんだろう。この違和感は?  オルフェなのに。 (オルフェじゃない) 「さて、勇者様。鍵をお渡し頂けますか」  この部屋の鍵。  オルフェは、自分を閉じ込めろって…… 「私がいるのです。私のそばにいれば安全ですよ」  魔力を帯びた紫色の双眼。  太陽が落ちて暮れゆく空のようだ。 「これは、オルフェが俺に託した鍵……」 「そう。私の物ですので、お返し下さい」  そうだけど……  本当に返していいのだろうか。 「さぁ、勇者様」  目の前にいるのはオルフェだ。  誰かがなりかわっている訳ではない。  だから迷う。  オルフェは俺に…… 「おや?」  ぎゅっと鍵を握りしめた。  俯いた首を横に振る。 「お返し下さらないのですか」 「ごめん」 「私の物でも?」 「渡せない」 「では、その鍵をあなたはどうするのでしょう」 「オルフェを……閉じ込める」  フフ……と、整った口許に鮮やかな笑みが咲いた。 「勇者様は困った子ですね」

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