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第1話
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寒さの中に明かりが灯るような、静謐な香りの梅花が咲き終わり、春を呼ぶ、なごり雪が降った。そのあとで、大滝組(おおたきぐみ)・組屋敷のあちらこちらの庭土に、あざやかな椿が落ちる。
三寒四温で変わっていく季節の合間にも、周平(しゅうへい)の娶った男嫁は、ひっそりと清楚だ。触れた場所から艶っぽく色づいていく雰囲気があり、たおやかなのにどぎつい。
組屋敷の敷地内に建つ離れへ帰り着いた周平は、着替えをするより先に寝室を覗く。
白いカバーをかけた羽毛布団がこんもりと盛りあがっていた。頭までこっぽりとくるまった佐和紀(さわき)は、枕にあごを乗せてタブレットを見ている。
指先がせわしなく画面を押さえる。パズルゲームの真っ最中だ。
「おかえりぃ~」
視線はちらっと数秒向けられ、あっけなくはずされる。
「シャワーを浴びてくる」
仕事帰りの周平は、寝室の襖を静かに閉じた。
結婚も五年目を迎え、夫婦仲は安定の極致だ。見えないしっぽを振って駆け寄ってきた頃が懐かしい。
ウォークインクローゼット代わりにしている自室へ入り、ジャケットを脱いでネクタイを首から抜いた。腕時計をトレイへ置く。
人の気配を感じて振り向くと、出入り口のドア枠に掴まった佐和紀が、ひょっこりと顔を見せていた。フランネル生地のパジャマに引っかけているのは周平のローブだ。裾がひらりと揺れる。
「こっちへ来いよ。ほら」
カフスボタンを取ってから、両手を広げる。佐和紀は不満げにくちびるを尖らせた。
「酒の匂いがする。昨日も遅かったのに」
これでも今年で三十二歳になる男だ。なのに、顔のつくりの繊細な美しさを差し引いても、幼いほどの愛らしさが感じられる。まるで小さな子猫のようだ。
「そうだったかな?」
周平がおとなしく手を引っ込めると、佐和紀の眉が吊りあがった。片頬がぷくっと膨れる。素直に抱かれたらいいものを、どうやら機嫌が悪いらしい。
周平のローブを着ても寒くて、布団にくるまっていたのだろう。寒いのも寂しいのも、すべておまえのせいだと言わんばかりの目に見据えられ、周平はあきれるどころか嬉しくなって肩をすくめた。
ゆっくりと近づいて、身を屈める。
「ただいま、佐和紀。キスをさせてくれないか」
今度はそっと指先を伸ばしたが、佐和紀は「がうッ」と犬の吠え真似をしながら眉根を引き絞る。
「じゃあ、抱っこにしよう」
「なんだよ、勝手なこと言うなよ」
伸ばした手を振り払う佐和紀を抱き寄せ、部屋に引きずり込んだ。壁まで追いつめて、顔のそばへ肘をつく。
「……きれいだな」
正直な感想を口にすると、佐和紀はますます拗ねた表情になる。
「見飽きただろ?」
悪態をつくのは照れ隠しだ。
「見飽きたりしない。今夜のおまえは、今夜だけの姿だ。昨日とも違う。……朝の爽やかさとも」
「いちいち、エロい」
「エロいのを期待して、待ってたんだろう?」
ローブの内側に指を忍ばせ、厚手のパジャマごと腰の裏を抱く。
一歩踏み込むと、佐和紀の手のひらが三つ揃えのベストに押し当たった。拒んだのではなく、ボタンをはずしにかかっただけだ。
「退屈してたのか」
さらさらと揺れる髪の先を目がけてくちびるを寄せ、耳のふちにキスをする。くすぐったそうに身をよじらせた佐和紀は、くすくすと笑い出した。
「帰ってくるのを、楽しみにしてるだけ……、んっ……」
「感じるなよ。いやらしい気分になるじゃないか」
「感じたわけじゃな……っ、んっ」
ベストのボタンをはずし終わり、シャツのボタンへ移行した佐和紀の指先がすべる。
「俺のローブを着て、なにをしてたんだ。パズルゲームだけか?」
声を低くしてささやくと、佐和紀は小さく唸りながら首を振った。
髪に頬をなぶられた周平はわずかに身を引く。佐和紀の両手がとっさに伸びて、周平のうなじを押さえた。
片手が頬をなぞり、もう片方の手が首筋へ回る。すり寄るように胸が近づいて、周平のくちびるに甘い吐息がかかった。
「この、感じ……」
佐和紀の声は柔らかくとろけて、チュッと下のくちびるを吸う。
「服に残ってる匂いじゃ足りなかった。周平の匂いが欲しくって、なのに、遅いし。……シャワーなんて、あとでもいいのに」
襟足を何度も掻く指先の動きに、周平は思わず微笑んだ。
眼鏡のレンズを通して見つめ合う。
佐和紀が拗ねたのは、寝室を覗いたときにキスをしなかったからだ。甘い言葉をかけられながらのじゃれ合いを愉しみたかったのだろう。
「じゃあ、寝室へ戻ろうか」
周平が誘うと、佐和紀はすっと目を細めた。
黙っていれば涼しげな美貌に、シャープな険が加わり、やがて鋭利な艶が生まれてくる。
「やだ。もう気分じゃない」
口調だけ子どもじみているのも、はすっぱな色気があった。
「じゃあ、一緒にシャワーを浴びよう。離したくない」
もう一歩近づいて、腰と同時に背中も抱く。互いの身体がぴったりと寄り添うと、互いの体温が相手に伝わり、服を隔てているのがもどかしくなる。
「な、佐和紀……」
眼鏡と眼鏡がこすれて、乾いた音が響いた。
佐和紀は首を傾けてあごをそらす。周平も逆側へ首を傾けた。くちびるが触れ合い、舌が這い出して絡まる。
熱っぽくなった息を弾ませて寄せ合う身体は、セックスを始めていた。布地越しにこすれ、コリコリと硬い下半身の感触が脈を打ちながら育っていく。
「ここで、抜いて」
佐和紀が、まぶたを細く開いた。淫欲の陰りも艶めかしく潤んだ瞳は、周平の理性を罪深くかき乱してしまう。
パジャマをたくしあげて下着ごと脱がす。周平は膝をついた。
頭上から降ってくるのは、佐和紀の吐息だ。拗ねるほど待ちかねた愛情の欲求に応えてやるため、周平は愛撫のくちびるを開いた。
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