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第17話

「今日は暇だなあ。」 そう森田が呟く。その言葉に日高は頷き、窓の外を見た。 生憎の土砂降りが窓に雨粒を押し当てている。 「傘、持ってない。」 「お前あと1時間くらいだろ?それまでには止みそうにないなあ…」 「走って帰るから平気だ。」 昨日日高は櫂の家に泊まっていた。明け方早々に帰ろうとしたが、また櫂の誘惑に負けて日高はついバイトの時間まで長居をしてしまっていた。 (だめだ、もう少しけじめをつけないと。) 期限まであと1ヶ月程度。これからはさよならの準備をしないといけない。 この片想いにも、この生にも。そう日高はもう一度自分の心に唱えて仕事に戻った。 「いらっしゃいま、…え?」 「よう。」 目の前にはイタズラぽく笑う櫂がいて、日高は珍しく動揺が表情に出ていた。 バイト先は店名だけ口に出したことはあったが住所を教えたことはない。 それなのに、何故? そう数秒考えた後思い当たる節があり、その人物に対し日高はゆっくり振り返った。 カウンターで蟹江が手を振っている。 ああ、やっぱりこの人か。と日高は重く溜息をついた。 「…席ご案内します。」 「ああ。…やっぱり嫌だった?」 小声で話す櫂に日高も小さな声で答える。 「嫌ではないが、恥ずかしくはある。」 「…そっか。俺は見れて嬉しいよ。それにほら傘、持ってこようと思ってさ。」 そんな甘い顔で優しく微笑まれてしまっては日高は何も言えずありがとう、と呟く事しかできなかった。 「え、櫂もいる!なんで?久しぶり!」 その声は唐突だった。ただ太陽のように温かく、明るくこの店内を照らす。 その声の持ち主は眩しい程の笑顔を浮かべて、日高に、そして櫂に降り注ぐ。 「千隼…」 そう呟いたのは日高だった。 櫂は衝撃を隠す事なく千隼の顔を見る。 そんな櫂の顔を見ながら日高は痛む胸を潰す。櫂が千隼を見つめる顔など何千回と見慣れているはずなのに今更傷つくなんて滑稽すぎる、と日高は息を吐く。 「千隼、久しぶり。帰ってくるのまだ先の予定じゃなかった?」 「まあな!けどみんなに早く会いたくなって帰ってきちゃった。櫂にも会えるなんて思わなかったけどな!でもちょうどよかった。日高のバイト終わったら櫂も一緒にご飯行こうよ!」 無邪気な千隼の発言に俺と櫂は目を合わせる。お互い気まずいという気持ちはあれど、千隼の言葉を2人が拒めるわけもなく。 「わかった。後1時間でバイト終わるから待ってて。」 「おう!櫂と一緒に待ってるよ!とりあえずコーヒーな!」 「俺もそれで。」 注文を受けた日高は2人の声を背に厨房へと戻る。厨房へ入るとすぐに蟹江が日高に声をかけた。 「大丈夫?」 その言葉に日高は顔を歪ませる。 この人はおそらく勘づいている。櫂の想い人が千隼であること。 そして日高が今ここに立っている事さえ辛いこと。 「大丈夫です。伊達に何年も片想いしてませんから。」 日高のその言葉は蟹江に向けながらも自分自身にも言い聞かせていた。こんなこと慣れている、例え櫂との関係が少し変わったとしてもこの構図は揺らぐことなどない。 大丈夫、そうまた言い聞かせた。

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