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第16話

「どうぞ…」 「おじゃましまーす。」 鍵を回す日高の手に少し汗が滲む。別に変な物はないとわかっていても、想い人を自分の部屋に呼ぶのは緊張するのだと日高は人生終盤になって学ぶこととなった。 「適当に座って。お茶淹れる。」 「おお、ありがと。」 じゃあ今日は日高の部屋でいい?と櫂が言ったのはバイト終わりの電話だった。 バイト後に会おうと約束はしていて、野菜をたくさん実家からもらったからいくつかいるか?と尋ねればそんな言葉が返ってきたのだった。 「これってプラネタリウム?」 日高の殺風景な部屋にぽつり、と置いてあるプラネタリウムを指差して櫂は言った。 「ああ、それ自分で作った奴。」 「へえ、器用だなあ。」 「本当に存在する星ばっかりだけど、間違って開けちゃった穴もあるんだ」 手が狂った、と笑う日高が珍しくて、櫂はまじまじとみてしまう。星のことになると表情が柔らかくなる日高を見てることが櫂はなんだか好きであった。 「櫂も穴開けてよ。プスッとやったら穴開くから。」 「え、いいのか?」 「うん。次見る時に櫂の星があったら嬉しい。」 きっと櫂に会いたい時にこのプラネタリウムを見れば幸せな気分になれるのだろうと日高は思った。それを想像するだけで日高は嬉しい。 「なにそれ、照れるんだけど。」 「そうか?」 日高の言葉は櫂にとって赤面を誘発する物だったが、当の本人は全くそれに気付いておらずなんだか弄ばれてるようだ、と櫂はため息をついた。 「ふっ、あ…」 ベッドに横たわりキスを交わしていく。その合間に漏れる息には快楽が大部分を占めていた。 櫂との行為に対し緊張が大きく占めていたが、少しずつ解れてきたおかげで快楽がより強く日高の体を貫く。 櫂の唇が日高の首筋、胸元へと滑り落ちてゆく。 「櫂、」 「なに」 「名前呼ばないの。」 それはもちろん日高の名前ではない。千隼の名前だ。 櫂は最初の頃からどんどんと名前を呼ぶ頻度が減っている。 日高にとってそれは嬉しくもあり、怖いことだった。まだ夢から覚めてほしくはない。 「別に、呼びたい時に言う。」 「そう。って…んん!」 「余計なこと考えんな。」 日高のペニスに口を這わせた櫂は、少し苛立つ。 自分達の中には千隼がいて、そして日高の想い人という第三者の介入があることが第一条件なのに、それでもそんなもの取っ払ってしまいたいとさえ櫂は思っていた。 今だけは自分との行為に耽ってほしい、そう感じる。 「俺も舐めていい?」 「…ああ、…っ。」 櫂の言葉を確認するや否や櫂のペニスを口内に含む。辿々しい舌に大きな快感は得られなくても、日高の長いまつ毛や、大きな眼に涙が浮かび苦しそうに櫂を見るたび胸中が掻きむしられる。そしてどくり、と心臓が跳ねる。目の前の綺麗なこの男を閉じ込めて抱き潰したくなる欲求が血流と一緒に全身を駆けめぐる。 「挿れるぞ」 「ん。」 日高の孔を解して、櫂は自身を挿入した。 快楽で顔を歪める日高を櫂は抱きとめ首筋に顔をうずめた。 行為が終わって、2人は快楽と眠気のなかでぼんやりと回るプラネタリウムを見ていた。 「もうすぐで千隼が帰ってくるらしい。」 その言葉を言おうか日高はずっと迷っていた。それで動揺する櫂を見たくなかったからだ。 それでも伝えなきゃいけないことはわかっていたから、布団に顔を埋めながら日高は伝えた。 「知ってる。絵葉書きた。」 「そう。」 なんでもないように言う櫂の声に少し安堵する。でも日高は知っている。それは櫂にとってなによりも嬉しいことだ、と。 「…帰ってきたら会うの控えないとな。千隼にバレてしまっては困る。」 その言葉を言わなければ、櫂にこの関係の解消を言われそうだと思った。頻度を減らすこともいやだが、この関係を終わることはもっと嫌だ。 あと少しでもいいから、繋がっていたい。日高は心の中で強く想う。 「イヤだ。」 その言葉が日高の頭の中で何度も反芻する。その言葉をうまく理解することが出来ない。どう噛み砕いたって日高の都合の良いように考えてしまう。 「…そうか。」 もしかしたら、長く生きることが出来たらこの人が俺の隣に居ることがあるのだろうか? そう浮かんだ思考を消して日高は目を閉じる。 (そう思ってみる夢は、幸せな夢だろうけど。目覚めた時に辛くなるだろうな。) そう悟って、千隼に恋する櫂の顔を思い浮かべて日高は眠りについた。

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