1 / 31
頸 1
口の中に布を詰めこんで、上から粘着テープで塞いでも、彼の呻き声は抑えきれなかった。
両手は後ろに、両足は足首と膝を合わせて同じようにテープでぐるぐる巻きに拘束した。これくらいしないと、彼の抵抗を抑えることは難しいと思ったからだ。
僕と彼とでは身長差はほとんどないが、彼のほうがややがっしりとした体格をしている。それでも彼をきつく拘束したのは、彼の身体を傷つけたくなかったからだ。できるだけ完全な状態であの部屋に運びたい。
何ヶ月も待ったんだ。僕は最後まで妥協したくはなかった。
「ぐ……うッ!」
後部座席に寝転がした彼は、縛られた足でガンガンとドアを蹴って、外部に助けを求めようとする。運転中の僕としてはうるさくて仕方がないが、彼は必死なのだろう。
これから自分の身に何が起きるのか。少なくとも無事に帰れるとは思っていまい。
もちろん僕としても、生きて帰す気は毛頭ないが。
背後からは、まだ彼の暴れる音が聞こえる。流石に耐え切れなくなった僕は人通りの少ない路肩に車を停め、バックミラー越しに彼を見すえて言った。
「僕は今、君を簡単に殺すことができる」
「……うぅ!」
「今すぐ死にたくないよね。だったら大人しくするんだ」
ミラー越しに返ってきた視線は怒りのこもったものだったが、彼は大人しく僕の命令に従った。
「そう、それでいい。少しでも長く生きたいのなら、君は僕の言うことを聞くしかないんだ」
僕はミラーから視線を外して、再度エンジンをかけ、車を発進させた。
頭の中では今後の流れを何度もシミュレーションしている。拉致の段階で多少手間取ってしまったけれど、最初の難関は突破した。
あの部屋で僕がやろうとしていることは、大変な苦労を伴うだろう。
だがその先に待つゴールを思うと、僕は口元のニヤつきを抑えることができなかった。
車は一般道をそれ、山道へと向かう。ここからあの部屋までは、あと少しだ。後ろで転がされている彼には、もうここがどこなのかもわからないだろう。あの部屋は僕だけが知っている秘密の場所なんだ。
でこぼことした山道では車体が大きく揺れる。ふと、彼が短い悲鳴を上げた。どうやら衝撃でシートから落ちたらしい。それならそれで構わないと、僕は振り向きもせずに運転を続けた。
やがて一軒の山小屋が姿を現した。木々に囲まれたそれは、古いログハウスのような造りをしている。しかし風雨に晒されところどころ腐っているそれは、壁の一部が剥がれかけている個所すらある。だが古びた外観に反して、内装は綺麗に整えてあった。
この山小屋は僕が自身の欲を満たすためだけに造った、僕だけのものだ。
小屋の近くに車を停めてエンジンを切ると、ここが目的地だと彼にも伝わったようで、再びくぐもった呻き声を上げた。
僕は先に車を降り山小屋に入ると、彼を迎え入れる準備を始めた。しばらく使っていない室内は空気が淀んでいて、独特な臭いが漂っていた。
部屋の明かりを灯し、換気扇を回し終えると、僕は車で待つ彼を迎えに行った。
僕がドアを開けると、彼は鋭い唸り声を飛ばした。見下ろすと、彼は暗がりでもわかるくらいに顔を真っ赤に染め、その眼を爛々と怒らせていた。まさに死にもの狂いといったところだろう。
なおも抵抗を続けようとする彼の目の前に、僕はスタンガンをちらつかせた。彼を拉致するときに使ったものだ。バチバチという音を立て青白い火花を散らせると、彼はビクリと肩を震わせた。自らが受けた痛みを身体は覚えているらしい。そのままの状態で僕は続けた。
「大人しくするなら足のテープは解いてあげる。君だってこの場で死にたくないだろう?」
――僕はいつでも君を殺せる……。
暗にそう滲ませて僕は告げた。
彼も自分の分が悪いとわかったのだろう。目を伏せて小さく頷いた。
「良い子だ」
僕は彼の両足を縛めるテープを解いて、車内から引っ張り出し、彼を支えて小屋に入った。
「ようこそ我が家へ。僕は君を歓迎するよ」
傍らを歩く彼の身体は、目に見えるほど震えていた。
ともだちにシェアしよう!