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第三章【17-1】

 頭にガンガンとした痛みが伴い、矢神は目覚めた。  ベッドに横たわっていた自分は、いつものようにパジャマを着ている。 「……うっ」    吐き気を催し、二日酔いのような状態に思わず額をおさえてうめき声を上げた。  身体は重たく、動くのも億劫だ。    カーテンの隙間からは日差しが入り、朝を告げていた。  首だけ動かして目覚まし時計を確認すれば、時刻は6時前を指している。    昨日のことは、はっきりと覚えていた。意識を失うまでは。  それからはきっと遠野が全て後片付けをしてくれたのだろう。  汗と精液で汚れていたはずの身体はきれいになっている。  パジャマも自分で着たとは思えなかった。 「はぁ……」  大きなため息を吐く。  今日も仕事だから起きないといけない。  頭ではわかっていても身体が言うことを聞いてくれなかった。    ゆっくりと身体を起こそうとすれば、ずっしりと重たくて動くのが辛い。   あと5分だけ。  ベッドの中でごろごろと寝返りを打っていた。   そんな時、部屋をノックする音がして、びくりと身体を震わせてしまう。   「はい」と答えれば、静かにドアを開けて遠野がひょこっと顔を出した。   「矢神さん……大丈夫ですか?」  申しなさげに言うから、心配をかけないでおこうと無理矢理に身体を起こした。   「……調子は良い方じゃないけど、平気だ」  遠野は、恐る恐る部屋に入ってくる。 「顔色が悪いです」 「あー、なんか、酒飲んだあとみたいで頭が重い」 「今日は休んだ方が……」 「そういうわけにはいかないだろ」 「でも……」  矢神に触れようとして遠野の手が伸びたが、ためらうように空中で彷徨う。  今にも泣きそうな顔をするから困ってしまう。  急に、昨日のことが頭を駆け巡った。  目隠しで視覚を失っていたが、どんな風にされたのかは身体が覚えている。    細長い、その指で――。 「うぅ……」  思い出した自分が嫌になって、思わず顔を伏せて唸ってしまう。  醜態を晒していた。  薬を飲まされただけで、あんな風になるのだろうか。  自分でも知らない奥底に眠る欲望があるのかもしれない。  「やっぱり苦しそうですよ」  遠野が慌てるように心配な声をあげた。 「……悪かったな」    矢神は頭をガシガシと掻いて言葉を続ける。 「昨日……おかしなことに付き合わせて」 「そんな! オレの方こそすみません。なんか、調子に乗って……いろんなこと、しちゃって……」  語尾の方はごにょごにょと喋っていて、うまく聞き取れなかった。 「矢神さんを巻き込んでしまって、本当にごめんなさい」 「おまえは悪くないよ。遠野のこと諦めてもらおうと依田さんを呼びつけたのはオレなんだから。自業自得だ」  何もできなかった。  余計なことをして、ただ遠野に迷惑をかけた。  焦っていたのだ。  もっと上手くできなかったのかと悔やむしかなかった。   「依田さんとは……、きちんと会って話し合ってきます」 「会うって、大丈夫なのか?」 「ずっと向き合うのが怖かったけど、このままだとダメだと思うんです。恋人っていうのも曖昧だったし、別れたのもはっきりさせたわけじゃなく、オレが一方的に依田さんから離れただけで」    ――それって、向こうは遠野のことまだ恋人だって思っているってことか? 「オレも一緒に行こうか?」 「ありがとうございます。でも、これ以上矢神さんを巻き込むわけにはいきません」 「だけど、ほら、おかしな薬とか飲まされたり」 「何も口にしませんから」    優しく笑う遠野に、それ以上何も言えなかった。  矢神は部外者。いくらいろいろ言ったところで、当の本人たちで話し合わない限り終わらないのだ。    依田が遠野と別れないって言ったら?  上手く言いくるめられ、情に流されて遠野が承諾したら?    ――よりを戻したりしないよな。  そう言いそうになり、慌てて口を噤んだ。  矢神がそんなことを言える立場にいない。  決めるのは遠野自身だ。    依田には愛想が尽きているはず。だが、やり直そうと言われたら遠野はどう動くだろうか。  頭の中でぐるぐると同じことを巡らせる。  やめようとしても、いつの間にか繰り返し考えてしまい頭から離れないのだ。

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