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第6話

 休日の市街地は人で溢れ返っていた。昼食の時間も考えて、立花とは十二時よりも前に待ち合わせをしていた。  人を待たせるということができず、約束の時間よりも十分早く到着した。それでも立花は既に駅前の時計塔にいた。 「早いですね。待ちましたか?」 「全然。さっき着いたところだよ。坂本君こそ早いね」 「人を待たせるのが嫌なんです、俺」 「そっか」  ふっと笑みを零す。その余韻を残したまま、彼は目線を下げた。 「坂本君は何着てもカッコ良いね。いいなぁ、そういうラフな感じも着こなせるって」  何も考えず、オーバーサイズのロングTシャツとジーンズを選んできた。対する立花はリネンシャツに白いパンツを合わせて清涼感に溢れていた。 「なんか、ラフ過ぎましたね」 「あーっ。違う、違う! そういうつもりで言ったんじゃなくて、本当に似合ってていいなーって思ったんだ」  年齢的にそういう服も着れなくなってくるんだよね。自虐的な言葉で話題を締めると、「行こう」と彼は歩き出した。  有名なハンバーガーチェーン店の前を通り過ぎ、駅の隣に建つ商業施設の中へと入っていく。 「昼、結局どうするんですか?」  立花にリクエストを訊かれたが、これといって思いつかなかった。強いて言えばハンバーガーが食べたいと思い、その時の気分で伝えていた。 「ハンバーガーが食べたいって言ってただろ。ここのレストラン街に美味しいバーガーショップがあるんだ」 「俺、あそこの店で全然いいんですけど」 「遠慮しないで。それに、大輔から圧かけられてるんだ。ファストフードに連れてったなんて言ったら俺が怒られる」  困り顔の彼に乞われてしまい、後をついて行くしかなかった。明日、久瀬に会ったら一言言っておかなければ。  エレベーターで十二階へと降り立った。フロアの一角から南国の雰囲気が漂っていて、立花がそちらを指差す。 「そこ。ハワイに本店があって、本場の味が楽しめるっていうのが売りなんだ」  パームツリーと色鮮やかなハイビスカスで装飾された店前には、昼時も近いということもあり、人が並び始めていた。  入ってすぐの所にレジカウンターがあり、先にオーダーを済ませるようだ。木製のブラックボードがその上に掲げられ、英字でメニューが書かれている。 「坂本君は何にする?」 「そうですね……チーズバーガーにしようかな」  オススメの商品なんだろう。目を引く色使いで一際大きく書かれているため、間違いもなさそうだ。ドリンクも決めてしまうと、立花から席を探しておいて欲しいと頼まれた。了承し、財布を取り出そうすると阻まれた。 「いいって。言ったでしょ、ご馳走するって」 「でも映画のチケット代も」 「いいから、いいから。これくらいさせて」  朗らかな笑顏には隙が無く、断り切れなかった。礼を述べて、一足先に店の奥へと向かう。  埋まり始めたフロアの中で、運良く窓際に四人掛けの席を見つけた。腰を下ろし、店内を見渡す。  内壁は白とスカイブルーで染められ、壁面に飾られたサーフボードが南国の雰囲気をさらに引き立てている。ガラス張りの窓の外には雲ひとつない青空が広がり、スローテンポなウクレレの音色も相まって開放感に溢れていた。  客層は女性の方が多い印象だ。男性客もいるものの、彼女と思しき人や家族と一緒だった。店の開放的な明るさが女性の好みに合っているのかもしれない。  隠れ家も女性客を定着させるために、店の雰囲気をもう少し明るくするのはどうだろう。ここまで明々としていなくても、照明をもう一段階明るいものにするだけでも雰囲気が変わったりしないだろうか。 「何か考え事?」  唐突に声が振ってきた。我に返れば、いつの間にか立花がトレイを手にして立っていた。慌てて立ち上がる。 「すみませんでした……! ちょっと、隠れ家のことを考えてて」  相手は一驚して、眉を垂らして笑った。 「仕事熱心だね。とりあえず、ほら。温かいうちに食べよう」  木製のプレート皿にはハンバーガーとフライドポテトが添えられていた。見るからにボリューム感のあるバーガーに齧り付く。見た目とは裏腹に味はさっぱりとしていた。 「ウマい」 「でしょ。食べやすくない?」 「はい。見た感じよりもあっさりしてて、すごく食べやすいです」  さらにもう一口齧り付き、「ウマっ」と堪らず声が漏れる。 「良かった。気に入ってもらえたみたいで」  安堵した様子で立花もバーガーに齧り付いた。 「俺、ここのハンバーガーが好きで何回か来てるんだよね」 「ハンバーガーってチェーン店のしか食べたことないです」 「俺も普段行くのはそっちだよ。美味しいよね。定番のもいいけど、年に一回しか食べれない月見のバーガーとかさ、毎年必ず食べちゃうんだよねぇ」 「久瀬さんも同じようなこと言ってました」 「坂本君はそうでもない?」 「よくできた商戦だなとは思います」  ストローを啜っていた相手は噴き出しそうなり、慌てて口元を押さえる。 「坂本君って本当……」  そのまま言葉ごと飲み込んでしまった。気になって問うと、「怒らないで聞いて欲しいんだけど」と前置きをしてから続けた。 「見た目と性格が全然違うね」  「もちろん、良い意味でだからね」と強めにフォローされた。そんな言葉を添えなくても悪気がないことは十分伝わっている。だから素直に聞ける。 「気にしないで下さい。人からもよく言われますし、自覚もしてるんで」  人は見た目から、その人がどんな人なのかを想像する。自分で言えば、シルバーの派手な髪色にラフな服装を好んで着ていることで、軽薄そうだとカテゴライズされる。そんなイメージを持って大半の人が接してくるので、そのこと自体にはもう慣れた。  たちが悪いのは、イメージと違うという理由で勝手に責めてきたり、そのイメージを押し付けてくる人がいる。 「……坂本君?」  心許ない顔をして、立花がこちらの顔色を窺っている。せっかくの美味しい料理をつまらないことで台無しにしてしまうわけにはいかない。  胸の内のもやを払拭するため、再びバーガーに食らい付く。 「何回かここに来てるって言ってましたけど、彼女さんと来てるんですか?」 「えっ。彼女?」  話を逸らすための話題だったけど、立花の動揺は予想に反したものだった。ポテトを手に固まっている。  この手の話には触れない方が良かっただろうか。隠れ家にいる時も、恋人の話などは聞いたことが無かった。もしかすると意図的に避けていたのだろうか。 「何で、彼女と来てるって……」 「それっぽい人達がいたんで、立花さんもそうなのかなと。何となく」  周りに目を遣りながらわけを話せば、相手も軽く息をついた。 「あぁ、そっか……。うん。ここには前に付き合ってた彼女と来てたんだ。でももう別れて、今は誰とも付き合ってないよ」 「そうなんですか」  意外だ。人当たりも良い立花のような男を女性は放っておかないだろう。会社勤めであれば、出会いもそれなりにあるのではないだろうか。 「あのー……」  突然、二人組の女性が声をかけてきた。自分と同じ年齢くらいだろうか。それぞれ注文した料理をトレイに乗せている。 「すみません。もし良かったら、相席させてもらってもいいですか?」  席が無いのか。けれど、満席となれば店員が案内をしたりするのではないか。辺りに目を遣れば、案の定、まだいくつか席は空いている。  傍らに立つ女性がにこやかに、けれどやけにじっとこちらを見つめてくる。  こんな時に面倒だな。  隠すことなく溜め息をついてしまいそうになった。 「ごめんね。今、デート中なんだ」  立花が人当たりの良い笑みを浮かべ、さらりと告げた。突然のことにリアクションも取れずにいる自分に「ね?」と同意を求めてくる。それにぎこちなく頷く姿が恥ずかしがっているように見えたのかもしれない。二人は「すみませんでした」とそそくさと立ち去っていった。  後ろ姿を見送ってから、眼前の男を見遣る。肩を竦めて両手を合わせていた。 「ごめんっ。声掛けられた時にああ言うと、みんなすんなり諦めてくれるから。つい」 「そうだったんですか。効果抜群ですね」  自分なら空いている席を勧めるか、席を譲ってその場を去ってしまうかのどちらかだ。今まで考えつかなかった策に、単純に感心する。  立花は恐る恐る上目に覗き込んできた。 「……お、怒ってないの……?」 「驚きはしましたけど、俺も面倒だなって思ってたんで助かりました」 「……そう…………」  どこか煮えきらない様子で目を伏せた。もの言いたげな雰囲気を漂わせていたため、フライドポテトを口へと運びながら待ってみる。 「もし、さ……」 「はい」 「もし……その……」  相手はカップに刺さったストローを弄ぶ。やけに子供っぽい仕草だった。 「……ごめん。何でもない。さっさと食べて映画館に行こっか」  へらりと笑い、残りのバーガーを元気良く頬張った。「おいしいっ」と呟くその姿も何もかもが誤魔化しているようにしか見えなかった。  こんなにも嘘がつけない人を見たのは初めてだ。頭の片隅でそんなことを思いながら、自分もドリンクを啜った。

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