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第9話
撮ってきたばかりの写真のデータをパソコンへと移す。同じ場所から画角を変えて映したものを、一枚一枚確認していく。
今日も朝から雨が降っていた。梅雨の時期に入り、連日降り続いている。
休日にすべきことを早々に終えて、昼飯を摂りながら窓の外を眺めていた。雨足の強さが景色と喧騒を掻き消していた。雨の街並みを撮ってみるのもいいかもしれない。そう思い立ち、カメラを持って外へ出た。
重苦しい雲のせいで昼間だというのに薄暗い。人影も思っていた以上に少なかった。あてもなく歩きながら撮影場所を探していると、ちょうど歩道橋の近くまで来ていることに気付いた。試しに上って辺りを見渡してみる。霧がかっていて遠くの景色はほとんど見えない。けれど、その風景に惹かれた。
「これ、いいな」
クリックして次の一枚を表示させる。街並みを真正面から撮ったものだった。どんよりと重い雲が街を覆っている。
「……でも……なんか……」
試しに写真をモノクロに変えてみた。鬱屈とした感じがより増して、味わいも出ている。これはこれで雰囲気もあって隠れ家に飾ってみるのもいいかもしれない。
「久瀬さんに聞いてみようかな……」
印刷のアイコンをクリックし、タンブラーに手を伸ばした。呷ってみたものの一滴も残っていない。コーヒーを淹れるため、デスクを離れた。
撮った写真に手を加えるということを、今までしたことがなかった。目に映るもの、感じたものをそのままを残したい。そのため色合いは特に大事にしていた。
「……やっぱりこの方がいいな」
プリンターから出力された写真を眺めて呟く。色を意図的に失くすなんて初めて試してみたけど、この写真はモノクロの方が映える。
「…………鮮やかで綺麗か……」
写真なのに眩しいくらいだと、立花は言ってくれた。心が軽くなり、気分が浮き立つ。自分が欲していたものだと、思い出す度に実感する。
ふと過ぎったのは、大学時代に付き合っていた彼女の会話だった。
『景色を撮るのもいいんだけど、私とももっと写真撮って欲しいなぁ、なんて。達也君との思い出、もっとたくさん残していきたんだ。ユリちゃんのSNS見てるとね――』
力無くデスクチェアに腰を下ろした。膨らんだ風船が萎んでいくみたいに、細く長く溜め息が漏れていく。椅子に体が沈んでいった。
目がスマートフォンを探して彷徨う。見つけ出すと、立花とのメッセージ画面を表示させた。もう何度この画面を見ただろう。
もう一度だけでいい。話をする機会をもらえないだろうか。久瀬に事情を話し、頼み込もうか。
立花が隠れ家に来なくなったことを、何度か口にはしていた。けれど久瀬は相変わらず気にした様子を見せない。
『うーん。どうだろう。仕事が忙しいのかもね』
聞けば、立花は自社のシステム開発に携わっているそうだ。特に新規のプロジェクトは、佳境に入ると激務になると本人が話していたらしい。
ただ、久瀬はそうとしか言わない。決して「また来るだろう」という類いの言葉を口にしないのだ。日に日に疑念は強くなっていく。
彼も、そして早乙女もやっぱり事情を全て知っているのではないか。その上で、友人の味方になっているのではないか。
『もう一度、会って話せませんか?』
自分が送ったメッセージを眺める。せめて「会いたくない」という言葉を立花から聞けたなら。そんな未練がましさに嫌気が差す。自分はこんな人間だっただろうか。
半ば勢いで、キーボードをタップした。
『何度もすみません。もう一度、会って話がしたいです。お願いします』
時刻は四時を過ぎていた。仕事中だろうし、すぐにメッセージも読んでもらえないだろう。それでもしばらくの間、画面を開けて眺めていた。既読のマークは付かなかった。
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