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第4話
【天使とは、風と気を自在に操る種族。群れをなして行動する事が多い。天使族にしか扱えない『契 』という術があり、その方法も相まって仲間意識が高い。術や結界といったものを多彩に扱えるのも特徴で、本来の姿になると純白の羽が顕 れ、瞳が金色になる】
緋嶺は車に揺られ、流れる景色を眺めながらため息をついた。乗っている車は鷹使が運転をしているが、今にもバラバラになりそうな程オンボロで、普通に走っていても無舗装道路を走っているかのようにガタガタ揺れる。緋嶺は家といい、車といい、もうちょっとマシなものは無かったのかと聞くと、偏屈だと思われていた方が色々と動きやすい、と言われて、あっそ、とそっぽを向いた。
どうしてこうなったのだろう? 事の経緯を思い出す。
「俺の護衛って……どういう事だ?」
数分前、鷹使の自宅だったらしい古い家で緋嶺は詳しい話を聞いた。
「言葉の通りだ。依頼主から、お前を守って欲しいと言われている」
「……誰から?」
「…………お前の、母親だ」
緋嶺は息を飲んだ。母親だって? まさか児童養護施設で働いていた誰かじゃないよな、と鷹使を見ると、彼は目を伏せる。
「実母だ」
「……母さん……」
緋嶺は呟く。今までその存在に縁が無かったからか、全く実感が湧かない。むしろ自分にもいたんだ、という感覚の方が大きかった。
「言っておくが、これは極秘で動かなければいけない上に、人間以外にとっては世界を揺るがすほどの大事件だからな」
お前が人間界にいる事が、と鷹使は言う。鷹使は依頼を遂行するべく、あちこち世界を──それこそ人間界以外も飛び回り、緋嶺を探したそうだ。という事は、鷹使は緋嶺の存在を知っていて接触してきたようだ。
どうしてそこまでして、緋嶺を探さなければいけなかったのか? 鷹使は教えてくれた。
「お前はすっかり人間に馴染んでいたから、気付かなかったかもしれないが、人間界にも鬼や天使、悪魔など人ならざる者が時々現れる」
大抵は、人間に興味を持って悪さをするのだが、怪事件と呼ばれるものが起こると、ほぼそれだと思って良いらしい。緋嶺はそれに巻き込まれる可能性があったこと。そして何より、人ならざる者が今、血眼になって探しているのが緋嶺だと言う。
「……は? 何で……?」
すると鷹使はため息をついた。記憶が無いと言うのは面倒だな、と呟いて、人差し指でとん、と緋嶺の額を突いた。
「……っ!」
突然、頭の中で何かが弾けた感覚がした。しかし痛くはなく、頭を触ってみるけれど何も変化は無い。
『お前は人間だ。人間として、人間の世界で生きるのだ。決して鬼だと明かしてはいけない』
唐突にその言葉が脳裏で再生される。緋嶺の肩を掴んでいたのは緋嶺の──父親だ。
緋嶺は頭を抱えた。
「父さん? ……何で?」
「お前の記憶を解放した。……思い出した事はあるか?」
緋嶺は頭を抱えていた手を離すと、鷹使を見る。彼は軽く頷いて、先を促した。
緋嶺は首を横に振る。
「人間として生きろと言ったのは、父さんだったとしか……」
「……そうか」
鷹使の声が、心なしか和らいだ。意外に思っていると、彼は説明を続けてくれる。
「俺たち人ならざる者の間でも、約束事というのがある」
何故か分かるか? と問われ、緋嶺はまた首を横に振った。
鷹使が言うには、人ならざる者たちはお互い不可侵を守っているという。それは世界の均衡が崩れるからであり、そうなると自分たちの世界も消滅してしまう危険があるからだ。
「しかし、お前の両親は……それを破った」
「え……?」
だからその子供である緋嶺を、みんな探しているのか、と理解した。理解はしたけれど、納得はできない。
どうして両親の悪行で、自分を探すのか。しかも鷹使は護衛だと言った。それなら命の危険があるという事で……。
「冗談じゃない!」
咎めるなら緋嶺の両親だろう。緋嶺は人間界にいて誰も傷付けず、静かに暮らしていただけなのに。
「何で俺が!? 何もしてないだろ!?」
しかも強制的にここに連れて来られて、仲間と別れの挨拶すらできずにいる。ここにいてはバイトを無断欠勤する事になるし、そうなればクビだろう。
緋嶺は立ち上がった。そして玄関へと歩き出す。
「おい、どこへ行く? 話はまだ……」
「生憎、俺は父親の記憶すら、少ししか持っていない。だから約束を破った父さんたちに、しっかり反省してもらってくれ」
「緋嶺」
鷹使が名前を呼ぶ。やはり鷹使は緋嶺の名前も知っていた。すると緋嶺は何故かその場から動けなくなり、顔だけ振り返って鷹使を睨む。
「てめぇ……、この妙な術を解けっ。俺は知らないぞ! このまま人間として、アイツらと生活させてくれ!」
わぁわぁと喚くけれど、鷹使は静かな顔をして緋嶺を見、話を聞けと言う。
「最後まで人の話を聞け。……これだから鬼は嫌いだ」
直情型は鬼の欠点だな、と呆れたように言う鷹使は、立ち上がって緋嶺のそばまで来た。背の高い鷹使は、緋嶺より十センチ程高く、その顔が近付く。
「ちょ、……んんっ!」
また動く事もできずに鷹使の唇が緋嶺の呼吸を奪った。そして覚えのある、口から力が吸い取られていく感覚に足が震え、立てなくなってその場に崩れ落ちる。
「……昨日あれだけ抜いたのに、さすが回復が早いな」
鷹使は自分の薄い唇をぺろ、と舐めた。やはり緋嶺の力を抜き取ったのだと知ると同時に、ご馳走様とでも言うような仕草に、緋嶺はムカムカして叫ぶ。
「てめぇ! 覚えてろよ!」
「そんな程度の低い台詞じゃ、俺は怒らせられないぞ」
それよりも話の続きだ、と鷹使は言った。緋嶺は動くこともできないので、仕方なく話を聞くことにする。
「お前は両親だけの問題だと思っているようだが、それは違う」
「何で?」
緋嶺は口を尖らせた。一度ならぬ二度までも、男に唇を奪われて、しかもそれが初めてだったため、色々と複雑な思いになる。しかし悔しいので黙っていることにした。
鷹使は元の位置に座り直すと、長い髪を払った。
「……何故不可侵の約束があると思う? 大きなデメリットがあるからだ」
「デメリット?」
緋嶺は崩れ落ちた、四つん這いに近い体勢のまま聞く。
「異種間の交配は、何が起こるか分からない。だから不可侵なんだ」
「……え?」
鷹使は、俺が最初にお前を見つけられて良かった、と呟く。
緋嶺は鷹使の今まで出てきたワードを繋げて、背筋に嫌な感覚が走り、ゾクッと身体を震わせた。
鬼、両親、不可侵の約束、異種間の交配……。
「その罪でお前の両親は殺された。鬼の緋月 と天使のサラだ。他の人ならざる者が探しているのは、不確定要素が多すぎる、お前自身だ」
もちろん、何かある前に殺すために、と鷹使は付け加える。
そんな、と緋嶺は両肩を掴んだ。どうして、このまま平和に過ごしたかったのに、と思っていると、目頭が熱くなる。その様子に鷹使は眉間に皺を寄せた。緋嶺は正座し、両肩を抱いたまま俯く。
「……まずいな。緋嶺、落ち着け」
緋嶺は鷹使を睨んだ。
「落ち着け? 命を狙われてるって聞かされて、落ち着いていられるかよ……っ」
鷹使は立ち上がって、また緋嶺のそばに来た。
「あまり力を出すと気付かれる。昨日の暴走もそうだが、お前、自分自身の力が制御しきれなくなってきてるぞ」
現に立てないほど力を抜いたのに、ほんの数秒で回復している、と言われ、何故かその言葉に緋嶺は血が沸騰するかと思うほどの衝動が一気にせり上がってきた。
「お前に何が分かる!?」
緋嶺はそう叫び、鷹使の白く細い首に爪を立てた。
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