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第10話

 結局、緋嶺はどんな時も、鷹使の近くにいるということになった。大野の家に行く時は特に、そばを離れるなと言われる。  言われなくてもずっと一緒にいるし、強制的に帰る場所も奪っておいて何を言っているんだ、とも思ったけれど、大切なサラの遺言を守ろうとしている鷹使を、緋嶺は無下にはできなかった。 (って言うか、アイツには逆らえないしな)  どうやら緋嶺と鷹使の力の差はかなりあり、緋嶺の力ではどうにも抗えない。ならば大人しく従っておくのが賢明だろう。ただし、力で抗えない代わりに文句は言うけれど。 「なぁ、腹減った」 「……さっき食べたばかりだろう」  庭で車の手入れをしていた鷹使は、そばで見ている緋嶺を見もせず、そう返してきた。随分ボロボロの車なので、いっそ新しく買った方が安く済むのではないかと思う程だ。  この車と家は、緋嶺を探す為に買ったものだと聞いた。世界を転々とする予定だったので、こだわらず値段で決めたという。 「そう言われても、空くもんは空く」 「まったく……食費がかかる部下だな」  鷹使は呆れた声で言うと、彼のスマホが鳴った。電話に出て背中を向けた鷹使に、緋嶺はため息をついた。  意外にも、お年寄りが多いこの地域では、鷹使の仕事は人気らしい。それでいて、料金は高くないというから鷹使は利用者に好かれている。そして鷹使のここでの生活は、質素そのものだ。 (だから腹が減るんだよなぁ)  そんな事を考えていると、生垣の向こうに見覚えのある人物が見えた。緋嶺はすぐにその人の元へ向かう。 「セナ!」  どこかへ出掛ける様子だったセナは緋嶺を見ると、笑顔でこちらに来てくれた。 「こんにちはー。今日は何してるの?」 「車の手入れ。っつっても、俺は見てるだけだけど」  先日と同じように、生垣を挟んで会話をする。セナは笑った。 「じゃあ今日はここの住人さん、いるんだ?」 「ああ、今は電話中だけど。……呼ぶか?」  緋嶺はそう言うと、忙しそうだからいいよ、と手を振る。 「……残念だけど僕行かなきゃだから……また話そう?」 「あ、うん。改めて鬼まんじゅうのお礼が言いたかったんだ、ありがとうな」  そう言うと、セナは笑って手を振っていいえー、と去って行く。緋嶺は元の位置へ戻ると、鷹使はまだ電話をしていた。しかも彼の表情からして、あまり良くない内容らしい。 「……ああ。一度現場を見てみる」  しかもそんな事を言っているので、どうやら出掛けることになりそうだ。 「おい、出掛けるぞ」  支度しろ、と案の定言い出した鷹使は、工具をしまい始める。左手人差し指の絆創膏を眺めてしまい、緋嶺はハッとして視線を逸らした。 「全国でお前くらいの歳の男性が、行方不明になってるらしい。被害が増える前に、犯人を探さないと」 「……え?」  緋嶺は嫌な予感がした。 「先日の罠で、相手はお前がどの辺にいるのか、検討を付けたようだ」  被害が県内に集中し始めた、と冷静に話す鷹使は、一度家に入った。緋嶺もついて行き、出掛ける準備をする。そして車に乗り込むと、すぐに発進した。 「……多分やり方からして、鬼だろうな」  静かに呟いた鷹使に、緋嶺の心臓は跳ね上がった。相手の鬼は、緋嶺がどんな特徴を持っているのか分からないので、手当り次第連れ去っているのだろう。 (俺のせいで……)  何の罪もない人を巻き添えにしてしまった。行方不明ということだけれど、鬼の仕業なら多分喰われている。 「緋嶺」  鷹使が名前を呼んだ。 「あまり自分を責めるな。お前は望まれて産まれてきたし、お前自身にはなんの罪もない」  鷹使は緋嶺が考えようとしていた事を先回りして言い当て、お前のせいじゃない、と言ってくれる。 「……面倒な運命ってこういう事かよ……」  両親には望まれて産まれてきたけれど、周りがそれを許さない。不確定要素が多い緋嶺は力も不安定で、いつ爆発するか分からない、時限爆弾のようなものだと考えている。  それなら自分を殺したい、と思うのも当然だよな、と思う。 「お前は俺が必ず護る」  鷹使は静かに言った。これが少女漫画なら、恋が始まるところだけれど、緋嶺はため息をつく。口を開けば嫌味が多く、人をからかい許可なく身体に触る鷹使に言われてもなぁ、と思った。思っただけで言わないけれど。 (けど……)  緋嶺は鷹使の左手人差し指を見る。鷹使の血は、少し舐めるだけでも、全身に鳥肌が立つほどだった。その時の恍惚感は今まで感じたことのないくらい甘く、そして抜け出せなくなりそうなほど酩酊した。  あれだけの快感を伴うにも関わらず、長く人間として生きてきた緋嶺は、それを素直に受け入れることができないでいる。自分はやっぱり鬼なんだな、と自覚させられるからだ。 (鷹使……鷹使の血と肉なら……)  そんな事を考えかけて、緋嶺はハッとした。鷹使の血と肉なら口にしたいだなんて、人間の考える事じゃない、と視線を窓の外に送る。  鷹使の車は一度市街に出たけれど、再び山の方へ走っていく。そして車が進むにつれて、覚えのある臭いが濃くなっていくのだ。  緋嶺は腕で鼻を塞ぐ。鉄のような臭いと、何かが腐ったような臭いがする。 「なぁ、この先って……」 「警察に協力する代わりに、発見したばかりの現場を見せてもらうことになった」  やっぱり、と緋嶺は顔を顰める。既にむせ返るような臭いを放つ現場は、どれだけ凄惨なのかが想像つく。  するとパトカーが数台、停まっている場所に着いた。緋嶺はもう鼻から腕を外す事ができずに、鷹使と共に車を降りる。そう言えば、鷹使もここにいる人間も、こんなに異臭が漂っているのに平気そうに見えた。 「お疲れ様です天野さん。あなたが来るって事は、やはり人間の仕業じゃないんですね」  こんな山中なのに、スーツにダッフルコートを着た男性が話しかけてくる。多分普段から署にいる立場の人なのだろう。そしてその人は、なぜか鷹使を知っている様子だ。 「ああ。現場を見させてもらっても良いですか?」 「どうぞ」  男は鷹使を案内する。緋嶺も腕で鼻を覆ったまま、二人について行った。

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