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第9話

 それから少し経ち、大野家を訪問する日がやってきた。しかし鷹使は緋嶺を探している者がその近くにいると警戒し、一人で行くと言い出す。 「元々、大野さんのお孫さんからの依頼だ。様子を見るだけだから、すぐに戻る」  ただしその間は、絶対家の敷地から出るなよ、と言い残し、鷹使は出て行った。  留守番をする羽目になった緋嶺は、急に何故か落ち着かなくなって、家の掃除を始める。しかしボロ屋でも元々綺麗な部屋なので、すぐに終わってしまう。なので庭掃除もする事にした。  鷹使の家は、大野家ほど広くはないけれど、車が乗り入れられる程の庭がある。平屋で広い土地──田舎によくある光景だ。  空は晴れていて、いい天気なのにここから出られないなんて、と思う。枯葉がそこそこ落ちていたので、それを集めて拾う事にした。  庭にあった倉庫から竹箒(たけぼうき)を取り出すと、庭を掃いていく。家事は嫌いじゃないけれど、力仕事の方が性に合うので、大きく身体を動かすこういう仕事の方が好きだ。  道路に面したツツジの生垣のそばを掃いていると、高めの声で話しかけられた。 「こんにちは~。いい天気ですね」 「あ、どうも。こんにちは」  不意に話しかけられ、緋嶺は戸惑いながら挨拶をする。見ると生垣の反対側に、緋嶺と同い歳位の男性がいた。赤みのある茶髪に、紅茶色の大きな瞳。白い肌は男の緋嶺でも綺麗だなと思う程で、ブラウンのダウンジャケット、手にはスーパーの袋が下げられていた。 「ここの住人さん? いや、若い人がいるから珍しくってつい……」 「あ、いえ。俺はただの居候です」  そーなんだ、と笑う男性は緋嶺よりも十センチ程背が低く、笑うと童顔がより強調された。 「僕、この先の家が実家なんだ。ここの住人さんを見た事が無かったから、どんな人なのかなーって」  あ、僕印旛(いんば)セナって言います、と彼は深々頭を下げた。緋嶺も自己紹介して頭を下げると、彼の紅梅色の唇がもっと笑みの形になる。 「セナって……珍しい名前ですね」  思わず出てきた感想を漏らすと、緋嶺は慌てて口を手で塞いだ。すみません、と謝ると、彼は気にした風もなく笑う。 「親がF1好きで……この辺で派手な車を見かけたら僕の親だよ」  そう言って苦笑したセナは、あっ、とスーパーの袋を探った。そして取り出した物を緋嶺に差し出す。 「これ、お近付きの印に。お母さんが退院するまで実家に通ってるから、良かったら声掛けてよ」  セナに渡された物は鬼まんじゅうだった。思わぬ所で好物にありつけた緋嶺は、一気にセナへの好感度が上がる。 「ありがとうございます、印旛さん」 「ううん。セナって呼んで? タメ口でいいし」  ひら、と手を振って去っていくセナに、緋嶺は改めてありがとう、とお礼を言った。 「……」  緋嶺はにやけていた顔を慌てて元に戻すと、鬼まんじゅうを今食べてしまおうか、と逡巡する。しかし鬼まんじゅうは三つ入っていて、一人で食べるには多い。 (しょうがねーから、一つはアイツにくれてやるか)  もらった鬼まんじゅうを持ったままでは掃除ができないため、一度家に入ってまた庭に戻り、掃除を再開する。  一通り掃き終わった所で、鷹使が帰ってきた。手には何かを持っていて、車まで出迎えるとそれを渡される。鬼まんじゅうだ。 「大野さんから。お前が来られないと知って残念がってた」 「あ、ありがとうゴザイマス……」  どうやらこちらの鬼まんじゅうは手作りのようだ。引き攣った笑みを浮かべると、鷹使は眉間に皺を寄せる。 「どうした」 「いやっ、さっきこの先に住んでる人からももらって……」  緋嶺は正直に話すと、鷹使の眉間の皺は一層深くなった。誰で、どんな奴だと聞かれて、その聞き方が問い詰めるようだったので、緋嶺はムッとする。 「別に。俺くらいの歳の男の人だよ。印旛セナって名前の……」  すると、鷹使はため息を付いた。来い、と腕を掴まれ強引に家の中に連れて行かれる。竹箒を玄関に立て掛けて何とか付いていくと、振り向いた鷹使はあからさまに怒っていた。 「お前、命を狙われている自覚が無いようだな」 「はぁ? 向こうから話し掛けてきたんだし、無視する訳にもいかないだろっ」 「相手が敵だったらどうするつもりだった?」 「そんなの、全部警戒してたらキリがない……っ、ちょ、何するんだよ!?」  緋嶺の身体をまさぐり始めた鷹使に抵抗すると、鷹使の瞳が金色に変わった。うぐ、と緋嶺は動けなくなり、鷹使のされるままになる。  一通り緋嶺の身体をまさぐった鷹使は、何もされていないようだな、と緋嶺を解放した。どうやら、緋嶺が何かされていないか、調べたらしい。 「当たり前だ、お前じゃあるまいし」  普通の人は、いきなりキスしたり、身体をまさぐったりしない、と緋嶺は鷹使を睨むと、鷹使は一つため息をついて、リビングに入って行った。 「って言うか、母さんはもう死んでるんだろ? 別に律儀に俺を護らなくても……」  そう言いながら緋嶺もリビングに入る。しかし、その部屋の空気は肌が凍りそうなほど寒かった。そして鷹使の金色の瞳が、鋭くこちらを見ている。 「……人の気も知らないで。サラがお前をどれだけ大事にしていたと思う?」 「……」  緋嶺は顔ごと視線を逸らした。鷹使がサラの事を大切にしていたのは何となく分かる。けれど緋嶺はサラの記憶が無いし、正直母親と言われても実感が湧かない。 「サラの遺言じゃなきゃ、誰が好き好んで指を食べさせるか」 「……悪かったよ」  勢い余って余計な事を言った自覚はあるので、緋嶺は素直に謝った。ふん、と鷹使は鼻を鳴らすと、冷たかった空気はパッと霧散する。  しんとなった部屋の空気感が気まずくて、緋嶺はちゃぶ台に置いた鬼まんじゅうに手を伸ばす。郷土菓子だが、さつまいもの甘みが好きな緋嶺は、初めて食べた時から好物だ。 (コイツは甘いもの好きって感じじゃないしな)  そう思って一つ取ると、おい、と鷹使に声を掛けられる。 「一つは半分に分けろ。平等にな」  緋嶺はこいつも好きだったのか、と笑ったのは言うまでもない。

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