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第42話 エピローグ

 満月の夜。  鷹使は庭に作ったベンチに座り、緋嶺と二人で月を眺めていた。  ここのところ残暑が厳しかったけれど、今日の夜は過ごしやすい。柔らかい月の光と、あちこちで聞こえる虫の声が、心を落ち着かせた。 「寒くはないか?」  鷹使は肩を抱いた緋嶺の顔を覗く。彼は僅かに目を細め、小さく頷いた。  あれから八十年。二人は濃密で穏やかな日々を過ごした。    緋嶺の濡れたように黒かった髪はすっかり白くなり、顔や手には深い皺が刻み込まれている。しかし鷹使を見る瞳はあの頃からずっと変わらず、意志の強い光をたたえていた。  対して鷹使は少し老けたものの、人間でいう四十代と変わらない見た目をしている。髪は鬱陶しいので後ろで一つにまとめているけれど、今も健全そのものだ。  静かで穏やかな空気が流れる。  緋嶺が空を見上げた。鷹使もつられて見上げると、所狭しと星が輝きを競っている。 「……良い月だなぁ……」  緋嶺は呟いて鷹使の肩に頭を預けた。信頼されているな、と胸が温かくなり、肩に回した手で彼の頭を撫でる。緋嶺の身体はあの頃よりも細くなったけれど、温かい。そして小さくぷつん、と何かが切れる音と感触がした。同時に、あれだけ鳴いていた虫の声も聞こえなくなる。  鷹使は大きく息を吐くと、緋嶺の顔を覗き込む。  彼は目を閉じていて、まるで眠ってしまったかのようだ。 「ああ……そうだな……」  鷹使は月を見上げ、再び緋嶺の肩を抱いて力を込めた。今までの事を思い返し、骨まで染み入るような寂寞(せきばく)感と幸福感を噛みしめる。 「……緋嶺……」  鷹使の声が震えた。  再び緋嶺の顔を覗き込むと、その唇にキスをする。生気を感じられなくなったそこは、まだ温もりが残っていて、堪らず両腕できつく抱きしめた。  緋嶺が産まれてひと目見た時から、自分の感情に色を付けてくれた彼。大人になった緋嶺に会えた時、この時はいつか必ず訪れると分かっていたのに、それでも一緒にいることを選んだ。  後悔はない。 「愛してた……幸せだった……ありがとう」  鷹使は動くことを止めた緋嶺に、最後のキスをする。  そしてそのまま、彼の体温が感じられなくなるまで、鷹使はずっと緋嶺を抱きしめていた。 [本編 完]

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