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第53話 後日談9

 館内へ入る前に緋嶺たちを迎えたのは、大きなジンベイザメのモニュメントだ。撮影スポットとなっているらしく、せっかくだからと緋嶺は喜屋武と写真を撮ろうとして、今更ながら気付く。 「お前、その耳はいかにも人間じゃないって感じだけど、周りの人は全然気にしないのな」  喜屋武の頭からぴょこ、と出ている耳を、緋嶺は頭を撫でながら触る。触れる度にピクピクと動く耳は、猫の耳でも触っているようだ。喜屋武はくすぐったそうに肩を竦めると、子供扱いするな、と緋嶺の手を払う。 「人間には普通の子供に見えてるはずだ。さすがにオレだって、本来の姿じゃ浮くってことぐらい分かる」  だけど若干二十歳そこそこのヒヨっ子に、子供扱いされるのはムカつく、と喜屋武は口を尖らせた。緋嶺はヒヨっ子言うな、と突っ込むけれど、鷹使はため息混じりに呟く。 「緋嶺、この中じゃお前が一番年下だ」 「え? ……はあっ!?」  緋嶺が叫ぶのと同時に、鷹使はスマホのシャッターを切る。どうしてそのタイミングで、と緋嶺は騒ぐと、良い画が撮れたと鷹使は満足そうだ。 「まあ、俺からすればみんなガキだけどな」  そういう鷹使は行くぞ、と歩き出す。天使は人間の見た目年齢の十倍だと聞いているので納得だけど、喜屋武も歳上なのは納得いかない、と緋嶺は喜屋武と鷹使を追いかけた。 「天使は長生きだしな。オレは見た目の五倍くらいだ」  なぜかえっへん、と胸を張る喜屋武。彼は人間で言うと十歳前後だろうから、年齢は五十歳くらいということになる。 「……歳だけ重ねても、中身が伴わなきゃなぁ」  悔し紛れに緋嶺はそう言うと、喜屋武は案の定キャンキャン騒ぎ出した。そういう所だよ! と応戦すると、鷹使は無言でため息をついている。 「行くぞ。今日中に追い付きたい」  先に行く鷹使を追いかけて、緋嶺たちは館内に入った。するとすぐに、海の生物と触れ合える水槽が見える。すると喜屋武が一目散に水槽に駆け寄り、中を覗き始めた。 「何だかんだいって、見た目と同じ言動だな」  鷹使はそう呟いて、喜屋武を追いかけた。緋嶺もついて行くと、そこにはヒトデやナマコなどがいて、子どもたちのみならず、大人も楽しんで触れ合っている。 「喜屋武、触ってみるか?」  緋嶺がそう聞くと、嬉しそうに目を輝かせたけれど、ハッとまた真面目な顔をして小さく頷いた。どうやら楽しんでいることを悟られたくないらしいけれど、時すでに遅しだ。  喜屋武は恐る恐る手を水槽に入れる。近くにいたナマコにそっと触れると、面白い顔をしたので緋嶺は大笑いした。 「何だよその顔!」 「だって! 緋嶺も触ってみろよ、絶対こんな顔になるから!」  そう言われ、喜屋武に手を引っ張られる。ナマコの身体に触れた途端、ヌルッとした感触にゾワゾワと背筋に何かが走り、笑いたいような、泣きたいような、複雑な感情になった。それを見た喜屋武が大笑いをし、鷹使にその顔を写真に撮られる。  な! 同じ顔になっただろ? と喜屋武は大喜びだ。  触るのはもうこれだけで充分だと、触れ合いコーナーを後にすると、次には自然光も取り入れた水槽が見えてくる。夏の晴れの日だったので水槽の中はとても綺麗に見えて、光のゆらめきや熱帯魚が泳いでいるのを見ているだけで、癒されそうだ。 「きびこはこういうの、見たかったのかな……」  緋嶺の隣で喜屋武が、少し寂しそうに呟く。緋嶺はぽんぽん、と喜屋武の頭を撫でると、ずっと同じ家にいたんだろ? 少しだけ他の世界を見たかったんだよ、と慰めた。気配を辿れば追いつくだろうから、喜屋武も楽しめと言うと、喜屋武はキュッと唇を結んでこくりと頷く。  それからメインのジンベイザメがいる水槽に来ると、喜屋武は本当に子供のようにはしゃいだ。騒ぐ度に緋嶺の手を引っ張るので、鷹使は少し不機嫌だったけれど、喜屋武と一緒に緋嶺もはしゃいで大きなジンベイザメを見ていると、鷹使も一緒に喜屋武に会話を合わせてくれる。 (なんか、こういう風に並んでひとつのものを見るって、良いな)  緋嶺は隣で目を輝かせる喜屋武と、静かに水槽を眺める鷹使をこっそり見つめた。親子のようだ、と一瞬そんな考えがよぎったけれど、恥ずかしすぎるので黙っておく。  最後に今しがた見た水槽を上から見られるスポットも回り、ジンベイザメのまた違った迫力を堪能したら、水族館の観光は終わりだ。  そのあと海洋博公園の中にあるお店で昼食を取り、緋嶺たちは次の目的地へと向かった。

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