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第54話 後日談10
緋嶺たちが次に着いたのは、古宇利 大橋──を渡る前の、ちょっとした駐車場だ。
「ここで長い時間過ごしていたみたいだな。丁度そこの砂浜から、海に入って遊んでいたようだ」
橋を下から見られる場所には、小さな砂浜があった。夏なので観光客が海で遊んでいたりしているけれど、きびこもそれを見て遊びたくなったのかもしれない。
「……緋嶺」
綺麗なマリンブルーを眺めていると、不意に喜屋武に呼ばれた。見ると、彼は視線を落として足元の砂を蹴る。
「……邪魔して悪かったな」
一瞬何のことを言われたのか分からなくて、緋嶺はキョトンとしてしまった。けれど、鷹使との旅行を邪魔したことを謝っているのだと気付き、緋嶺はかあっと頬が熱くなる。
「ああいや、番がいなくなるのが怖いのは、俺も分かるからな」
緋嶺はくしゃくしゃと、喜屋武の頭を撫でた。細いオレンジ色の髪をその後に梳いてやると、喜屋武はまた緋嶺の手を掴んでぺいっと放る。
「見つかるまで、俺たちがそばにいてやるから」
元気出せ、と緋嶺は喜屋武に笑いかける。鷹使は少し離れた所で、緋嶺たちの様子を見守っていた。
その後緋嶺たちは古宇利大橋を渡り、古宇利オーシャンタワーで景色やミュージアムを楽しむ。コテコテの沖縄観光コースだけれど、きびこも自分の地元の良さを知りたいと思ったのかな、とそれなりに楽しみ始めた喜屋武を見て、緋嶺は思った。
「なぁ緋嶺、これ食べたいっ」
「緋嶺! 見てみろ、凄く綺麗だぞ!」
「緋嶺、この先行ってみよーよ」
喜屋武はことあるごとに緋嶺を呼び、連れ回す。少々懐きすぎではないかと思うけれど、児童養護施設で育った緋嶺は、施設にいた年下の『弟たち』を思い出して微笑ましくなる。一方鷹使は最初こそ不機嫌だったものの、今は何も言わず、付かず離れず緋嶺たちを静観している。
(その静けさが怖かったりするんだけど)
鷹使の性格なら、喜屋武が不審な言動をしたら、すぐにでも喜屋武を手に掛けるつもりだろう。無事にきびこが見つかったとしても、後に小言の一つや二つは言われそうだ。
その後も緋嶺たちはきびこの気配を辿りつつ、夕食のお店へと向かう。喜屋武が緋嶺も後部座席に座れとせがむので、仕方なく言う通りにしたら、彼は緋嶺の肩を枕にして眠ってしまった。どうやらはしゃぎ疲れたらしい。
「鷹使、何かごめん」
「何の話だ?」
緋嶺は静かに車を走らせる鷹使に謝ると、鷹使は思ったより優しく返してくれる。
「いや……初めての二人での旅行なのに、しかも……し、新婚旅行なのに、こんなことになって……」
「……まぁ、俺たちが揃っていたら、どこに行っても同じだっただろう」
その土地に住む人ならざるものは、土地に縛られていることも多い、と鷹使は言う。
「ただ、こんなに懐かれるとは思わなかったし、出費がかさむな」
帰ったらしばらくステーキは食べられないと思ってくれ、と言われ、緋嶺はため息混じりに返事をした。
「それに……」
鷹使は珍しく言い淀む。緋嶺はじっと彼の言葉を待っていると、バックミラー越しに視線が合った。
「緋嶺とそいつを見ていると、お前が緋月 にそっくりだなと思ってな……」
「……」
緋嶺は、だから鷹使は大人しくしているのか、と納得した。父親の記憶はほとんどないけれど、やはり両親に愛されていたと知っている今、そう言われるのは嬉しい。
「お前は人間として生きてきたから、人ならざるものの風習や礼儀を知らない。説明しなかった俺の落ち度もあるし……」
「え?」
どういうことだ、と緋嶺は聞き返した。胸の辺りがほっこりしていたけれど、どうやら鷹使の意図は、違うところにあるらしい。外は南国の夕方らしくオレンジと紫、藍色のグラデーションが綺麗で、その光加減が鷹使をより美しく際立たせ、緋嶺は少し見惚れた。
「悪魔……セナの本名を教えてもらった時に、名前には重要な役割があると、学習したかと思ったが……」
そう言われて、緋嶺は当時を思い出した。悪魔は人を唆 す特性から、姿を変えることができ、本当の姿を見せないという。しかし緋嶺はセナの本名を教えてもらった。それは契約であり、緋嶺の支配下につくというものだった。
(喜屋武は何て言ってた? 名前なんてないって……。で、俺が勢いで付けて……)
「あ……」
ようやく自分がしたことの大きさを理解した緋嶺は、かぁっと頬が熱くなる。だから今朝鷹使は、きびこ探しの主体は緋嶺だと言っていたのか、と今更ながら合点がいった。
「名付けは主従の契約だ」
タイミングを見計らって、鷹使はそんなことを言ってくる。緋嶺は頭を抱えて、俺が知らなかったばかりに、と嘆いた。
「……でも、ソイツは嬉しそうだったぞ」
バックミラー越しに見る鷹使の目は優しい。その表情で、喜屋武を受け入れたことには怒っていないと分かると、嬉しくて鷹使に触れたくなった。
「鷹使」
「何だ?」
「キスしたい」
「……番が見つかるまでお預けだな」
つれない鷹使の態度に緋嶺はため息をつくと、シートに深く沈み込む。
緋嶺の肩では、喜屋武は規則的な寝息を立てていて、その穏やかな顔にちょっとだけ、お前のせいだぞ、と恨めしく思った。
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