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chapter6 愛撫 ①

「……すまない」  やがて、我に返ったようにフランツは口を離すと、自らの行為を恥じるように顔を背けた。 「その……何て言ったらいいのか……」 「何も言うことはないだろう?」  パウロは落ち着かせるように、たった今まで触れあっていた唇に柔らかな笑みをのせた。 「いいか、フラ。これは撮影なんだぞ?」  さりげなくカメラへ視線を流す。 「全ての物語はキスから始まる。重要なオープニングだ」  ロマンセという言葉が、フランツの心を駆け抜けていった。その足跡を辿るように、カメラへ目を向ける。ロミオは機材に隠れているが、ファインダーを覗きながら薄ら笑いを浮かべているような気がした。  だがフランツは、うろたえるようにパウロから身を引いた。 「私を見ないでくれ……」  下半身が別個の生き物のように動き始めている。それは制御不能な感情で、鉄の意志を持っていても敵わない。  フランツは我慢できずに背中を向けた。性的に興奮した姿を見られるくらいなら、今すぐ死んだほうがましだと思った。 「俺の方を向いてくれ、フラ」 「……できない」 「向くんだ、フラ」  静かだが強靭な意志を感じさせる声が、フランツの羞恥心を貫いた。抗えない力に引っ張られるように、鼻を啜って振り返る。 「俺を見るんだ」  パウロは両手を広げて、全身を見せていた。 「俺もフラに欲情している」  フランツはパウロの下半身に吸い寄せられた。ショックだった。 「……パウ……信じられない……すまない……」 「謝ることじゃないだろう? お互い裸なんだ。ペニスだって友情を結びたがるさ」  パウロは顔色一つ変えずに言った。 「それが正常な反応だろう?」  だがフランツは病人のように真っ青になって混乱していた。 「けれど……ああ、どうしたらいいのか……」 「フラ、まずは落ち着くんだ。そこのベッドに座ってくれ」  パウロはフランツに手を添えて促す。言われるままに、フランツはベッドの端に腰をおろして、両手で顔を覆った。 「……恥ずかしいよ、こんな姿を見られて……」 「ちっとも恥ずかしくないさ。みんな生まれたときは裸だ。アダムとイブだって、イチジクの葉で隠さなければ楽園を追放されなかった」  パウロはフランツの手前に立つと、落ち込む横顔にそっと顔を寄せた。 「早く撮影を終わらせよう。フラのために」  そう言って手の甲に軽くキスをした。  フランツは両手の中から救い出されるように顔をあげる。だが次の瞬間、下半身に刺激が奔った。  パウロがペニスに触れていた。 「……両足を開いてくれ」  冷静に囁く。  フランツは信じられないようにパウロを見上げた。だが自分のペニスを握られ、反射的に声が洩れた。 「お願いだ、フラ。俺の言うとおりにしてくれ……」  ペニスを操る力は、フランツを敏感に刺激した。ほとんど本能的に両足が左右に開いた。  パウロは手を離さないまま、その間に体を埋める。床に両膝をつくと、握っていたペニスに口を近づけ、舌でぺろりと舐めた。 「……う……」  フランツは呻いて、足がその舌触りを撥ねつけようと動いたが、パウロの手に押さえつけられた。  魅惑的な唇から出る赤い舌は、まるでジェラートを味わうように、勃起したペニスを舐めてゆく。その動きは蝶のように軽やかで、蛇のようにねっとりとした痕跡を残してゆく。 「……パ……ウ……」  フランツはペニスの愛撫に耐えるように、ベッドの白いシーツを指先で掴んだ。パウロの舌先が触れるたびに、びくびくと下半身が引き攣る。その興奮に堪えきれずに、両足が自然な形に戻ろうとするが、パウロが許さない。早くなった息遣いにまみれて、切れ切れの切ない声がこぼれ落ちては消えてゆく。  パウロは地球の重心に逆らうように勃ったペニスを、まるで猫がぺろりぺろりとミルクを飲むように舐めてゆく。フランツの分身は姿勢を正して規律した生徒のように、教育者の教えに従順だった。這うように纏わりつく指導にも、抵抗一つ見せない。  やがて、舌の動きが止まった。新鮮なペニスを十分に味わったというように、唇の中にある巣へ戻る。  フランツは肩の力が抜けたようなため息を洩らした。  だが再び、うっと喘ぐ。  パウロはペニスの先に顔を近づけると、躊躇いもなく口に含んだ。そして、優しく吸い始めた。 「……あ、あ……」  より激しい刺激が、一瞬にしてフランツを駆け巡った。背を仰け反らせ、シーツを深い皺ができるほどに強く掴む。 「あ……パ……」  フランツはそれ以上言葉を出せなかった。  パウロはまるで水で手を洗うかのように、自然に営んでいた。あまりにも自然なので、傍目からはその行為が少しも猥らに見えず、悪徳の栄えを連想させない。だが、絶え間なく吸われるペニスは無抵抗に発情し、その快感を全てフランツへ伝えていた。 「……ああ……」  フランツは自分の発する声と息を、信じられない気持ちで聞いていた。  ――感じている……  自分は興奮に喘いでいる。  大切な幼馴染みに……  ふうっとフランツは息を吐いた。パウロの中に埋まった自分の雄の象徴が、別の快感に晒される。パウロがペニスの先端を、舌で舐めたのだ。  フランツはシーツを掴む手に力を入れて、必死に唇を噛んだ。パウロの舌と口が、自分のペニスを昇天させようとしていた。 「……我慢するな」  状況を察したパウロは愛撫をやめると、口元を手の甲でぬぐいながらフランツを見上げた。 「出してしまえ……恥ずかしいことじゃない」 「……嫌だ」  フランツは息をつきながら、強情に拒否した。 「絶対に……嫌だ」 「俺が嫌いか?……」 「……違う」  フランツは頑固に首を振った。 「そんなことをしたら……自分が許せない」  パウの前で達してしまうなんて――  想像するだけで死にたくなった。  パウロはちょっとの間、黙っていた。フランツを見守るように、その目は静かだ。しかし一瞬、何かの決意を滲ませるように鋭くなると、やおら立ちあがった。

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