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第24話
「おはようさん」
目が覚めて一番最初に見たのは涼しげな茶倉の顔。ニヤニヤ笑いながらこっちを覗き込んでる。周囲は騒然としていた。
「全員搬出したか」
「教師が確認してる」
「意識不明重体一名、あとは外傷見当たらず。集団で同時に熱中症か?」
「マスコミが騒ぐな、こりゃ」
「校長と保護者に報告を!」
校庭にはパトカーと救急車が乗り入れ、運動部の連中と顧問は練習を中断し、校舎内でぶっ倒れた連中の運び出しを手伝っていた。
おそるおそる上体を起こし、どこも痛くないのに違和感を覚える。手、足、体中を確認。無傷だ。視界も回復してる。学ランも元通り。
「目が戻った。めでたい」
「くだらんダジャレ」
「るっせ。みんなは?」
「瘴気にあてられただけや、半日もしたら目ェ覚ます。俺とお前は免疫できとるから早く目覚めた」
「よかった……板尾は!?」
茶倉が顎をしゃくる方に向き直ると、全身傷だらけでぐったりした板尾が、担架で回収されていた。
「なんで生きてんの!?」
「言い方」
「わ、悪い」
「中庭の方に落ちたんじゃ。園芸部の花壇がある」
茶倉曰く、板尾は屋上から飛んだものの、園芸部が手入れしているツツジの植え込みが緩衝材になり一命をとりとめたそうだ。
「待てよ、位置関係がおかしくねえか?魚住は校舎裏に落ちてきたのに」
「体育用具倉庫思い出せ、現実と場所変わっとったろ。ういかて何もかんも完全にまねるのは不可能や。もちっとロマンチックに考えるなら、彼氏を助けたい魚住の一念が反対側に導いたんか……」
「そういや魚住のヤツ、園芸部だって聞いたことある。幽霊部員だったけど」
「皮肉が利いとんな」
鳥葬の丘はあの世とこの世のはざまにある異界。意識不明の板尾もまた、あそこに囚われていたのだ。
すかさず駆け出し、担架に仰向けた板尾の手をとる。
「大丈夫か板尾。俺と茶倉、魚住が付いてっからな。すぐよくなる」
「烏丸……リカ……」
板尾を乗せた救急車がサイレンを鳴らし去っていくのを見送り、座り込む。
「茶倉、烏丸、お前たちも居残ってたのか。無事か?」
「コイツのおかげで」
古文の先生に聞かれ、隣の茶倉を顎で示す。先生はよくわからない顔をする。
「無事ならよかった。先生はまだ意識が戻らない子に付き添わなきゃいけないから、ふたりで帰れるか?無理っぽけりゃ親御さんに迎えの電話を入れておくが」
「ひとりで帰れます。ほなサイナラ」
茶倉がそっけなく先回りし腰を上げる。
「いや、念のため二人で……人の話聞けよ学年首席、追いかけろ烏丸!」
「らじゃー!」
言われなくてもわかってる、コイツにはまだまだ聞きてえことがある。背後じゃ殺気立った人声が飛び交い、サイレンがうるさく響き渡っていた。
「俺たち、ういを倒したから戻ってこれたんだよな。全部夢?」
「せやな」
「どっからどこまで……コックリさんやったのは本当だよな」
「十円玉から指離した時に他の居残り組巻き添えで異界入りしたんとちゃうか」
「体は現実に置き去りで、意識……魂だけ切り離されたのか。幽体離脱じゃん」
「今頃わかったん?遅」
なだらかな坂道を下りる途中、誰かに呼ばれた気がして校舎を振り仰ぐ。普段は暗く翳ってよそよそしく感じられる篠塚高が、別の場所のように明るく見えた。
「こんなに明るかったっけ」
「ういが成仏したんやろ」
茶倉が眩げに目を細めて校舎を仰ぐ。爽やかな風が吹き、俺たちの前髪をなぶっていく。校舎の上で円を描いていたカラスたちが散開し、それぞれの家路を辿る。
坂道の脇に黒い実がなっていた。射干玉の実。室町時代から変わらずここにあるもの。
「最後の声、聞こえた?」
「いや」
「腹を痛めた子どもになんて付けようとしたんだろな」
正直な話、心の底じゃまだういを許せてねえ。でも、だけど、それ以上に同情している。
生まれてきた時代や場所さえ違えば、アイツだって好きな人と添い遂げられたかもしれねェのに
「自分の子どもと間違えてたよな。顔、似てたのかな。ただの偶然?」
思い返してみれば、茶倉とういは血の繋がりを否定できないほどよく似ていた。
真っ直ぐ伸びたぬばたまの黒髪も怜悧な切れ長の双眸も品よく整った鼻梁も、殆ど生き写しである。隣を歩く茶倉が人さし指で唇をなぞり、おもむろに言い出す。
「俺んち寄ってけ」
「え?ばあちゃんは」
「今日はおらん。用事で出とる」
茶倉のお誘いに有難くのっかり、旧市街の屋敷へ赴く。相変わらずだだっ広い。門をくぐった茶倉は母屋へ向かわず、庭の隅の蔵を開け、埃っぽい闇に入ってく。
「げほげほっ」
「はよ来い」
「いきなり暗いトコ入ったからよく見えねえんだよ!」
いらだたしげな催促に怒鳴り返す。茶倉は奥でごそごそ古い冊子をあさっていた。濛々と埃が立ち、さらに咳き込む。
ていうか、蔵とか初めて入った。棚にはよくわからん組き木細工の小箱とか巻物とか水晶とかが犇めいており、拝み屋んちはやっぱ違うなと感心する。猿の手のミイラもある。
「あった」
茶倉が珍しく興奮した様子で何かを広げる。隣に座って覗き込んだ所、ずらずら名前が書いてあった。
「家系図?」
「ここ」
しなやかな指を追い、そこに記された名前に目を見張る。
『烏為』
「お前のご先祖様ういだったの!?」
「アホ。娘の方や、多分」
「あ、そっか……」
ホッと胸をなでおろす。家系図をよく読む。どうやら今を遡ること四十三代目の当主が、ういの娘の烏為を娶ったらしい。
「茶倉の血筋は雑ぜもの筋。東西南北日本中に散らばった神がかりを取り込んで、強い後継ぎを生み出そうとした。鳥葬の巫女はお誂え向きやな。理一、ういはお前と同じ霊姦体質やったんじゃ。せやさかい、死霊と交わる事で過去が見えた」
「俺の力は先祖返り?」
「鳥葬の丘に戻ったんが引き金になったんかもな」
「じゃあ俺のご先祖様は……」
「双子の片割れ、息子の方やろ。父方は京都、ほなら地元育ちの母方がういの血筋か」
ういの双子の赤ん坊はどうにか成長し、娘はその霊力を見込まれ茶倉の家に入り、息子は新たに子どもをもうけた。即ち、俺と茶倉は遠~い親戚にあたるのだ。
「どうしてもっと早く気付かなかったんだよ!」
「だってお前、お互いの先祖が絡んでくるとか読めるか?」
「ういも気付けよ!」
「無理ゆうなや、憎しみで頭おかしゅうなってたもん。赤ん坊のままならともかく、俺たちでっかくなっとるし」
家系図を綴じて巻いて棚に戻し、茶倉が肩を竦める。
「お前と血ィ繋がっとるなんて一生の恥」
「言い過ぎ。室町時代に分かれたんなら限りなく他人に近い、うっすい繋がりだろ」
「せやな。ほぼほぼ他人」
ひょっとしたら。
俺と茶倉、ういの血を引くふたりが鳥葬の丘に訪れたのが、今回の惨劇の引き金になったんだろうか?もしそうなら、魚住や板尾や他の生徒や先生まで巻き込んじまったんなら、俺たちは出会わねえほうがよかったんだろうか。
でも。
「名前」
「ん?」
「理一」
「……ああ」
「呼んだよな、何回も」
「うっかり。忘れろ」
ういが子どもに付けた名前はわからずじまいだけど、鳥葬学園を逃げ回る間、一緒に弓を引く時、茶倉は俺の名前を呼んではげましてくれた。
「忘れねえよ。嬉しかった」
血の繋がりが関係あるのかどうかわからねえが、茶倉と一緒に弓を引いた瞬間は、何も怖くなかった。
「ははっ!」
コイツとは長い付き合いになるかもしれないと予感し、腹の底からくすぐったくなる。
「板尾の快気祝いはラーメン行こうぜ」
「気が早。夏休み中に出てこれるかもわからんのに」
「二学期でもいいじゃん。ラーメンは春夏秋冬、一年中うまい」
「本人の意見尊重したれ」
「板尾もラーメン大好きだろ」
もうすぐ本格的な夏がやってくる。俺は新しい友達とラーメンを食いに行く、カラオケに行く。やりたいことはまだまだたくさんある。板尾の見舞いにも行きてえし、魚住の墓参りだってちゃんとしたい。
とりあえずは……
「理一」
突然名前を呼ばれ、顔を上げる。埃臭い暗闇の中、天窓から降り注ぐ光の隧道で細かい埃が回る。
逆光を背負い、やや緊張した茶倉が片膝を進め、神経質に顔を傾げて唇を重ねてきた。
時が止まる。
視線と視線がガッツリ絡み、端正な顔が悪戯っぽく綻ぶ。
「ごちそうさん」
「~~~~~~~~~~~~~~~ッ」
顔が真っ赤に火照る。
「なっ、えっ、今のキスっえっ?」
「気にすな。口直し。ファーストキッスが自分の目玉の味っちゅうのはさすがに……」
飄々と言いかけた茶倉が急に黙り込み、倒れ込んできた。咄嗟に手を出して抱きとめる。
「おい茶倉大丈夫か、力の使い過ぎか!?髪の毛に纏わり付かれてよく見えなかったけどすっげえ苦しそうに呻いてたもんな、しんどいなら病院行くか!?」
揺さぶり呼びかける俺の胸元に規則正しい寝息が落ち、背中に片腕を回して脱力。
「寝オチかよ……」
起きてる時はクソ生意気でムカツクが、寝顔は想像以上にあどけない。棚によりかかり茶倉を支えた俺は、不器用な手付きでダチの頭をなで、さらさらの髪の毛に指を通す。
「お疲れさん」
この日以降、篠塚高でカラスが死ぬことはなくなった。
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