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バレンタイン・キス⑥ *
後悔先に立たず。
「……ゃ、そこ、んっ」
「でも、少しほぐしておかないと、挿れる時に痛いですよ? 柔らかいとはいえプラスティックですし」
十分前の自分に言ってやりたい。
「あぁっ! おっ、ぱい……クニクニ、しちゃ、ゃあ」
「ふふっ、健一さんのおっぱいが育つまで頑張りますね。あ、そうそう。男性用のブラで可愛いのがあるんですって。レースのとかシースルーのとか。パンツとセットで着たら可愛いでしょうね」
乳首と菊門を同時に、涼さんの器用な指が蠢き言いようもない刺激を与え、俺はビクビクと官能に打ち震える。気が緩んだら後孔の入口を撫でる指が抵抗なく入りそうで、さっきから体をこわばらせてるせいか、涼さんの頭をギュッと抱きしめ唇を噛み締めてないと変な声が出そうだ。
現在、俺は風呂用の椅子に座った涼さんに相対するように、彼の膝の上に跨って喘いでいる。そういわゆる対面座位。ただ挿入はまだだけど。
涼さんは事前処理をするからと、ベッドから俺を抱き上げて、スタスタと同じ部屋の中にある通路を渡る。通路部分は書斎の役割があるのか、簡素な一枚板の細長いテーブルにノートパソコンやファイルが乗っている。
突き当たりまで来ると、左手はウォークインクローゼットがあり、右手はトイレとバスがあると涼さんがそう告げた。
強化アクリル板で仕切られた中に涼さんに抱き上げられたまま入る。黒のマーブル模様の石で統一されたその場所は、簡単な脱衣所とトイレがあり、同じく強化アクリル板で隔たれた浴室はどこもかしこも硬質なイメージがつきまとう。
余りにも俺の自宅とは違う上流階級の様相に呆然としていたら、涼さんは慣れたように俺の服をテキパキと脱がせて、浴室へと誘った。
「この家の風呂、二十四時間お湯が循環していて常に清潔に保たれてるので、好きな時に入れるのが利点なんですよ」
「へ……へぇ」
ニコニコ顔の涼さんが「なのでいつでも来てくださいね」とか言ってくるけど、あまりに豪華すぎてドン引いてる、俺。
涼さんの実家、一体どんな金持ちなんだよ!
いや、聞いたら逃げられない気がするから、絶対に聞くつもりないけど。もう下手に頷いたり尋ねたりしちゃアカン。
キョドってる俺を、涼さんは向かい合うように膝の上に跨らせ、それからチュッとキスを送ってくる。
普通、お湯も浴びず、湯船に入らなければ寒いだけなのに、そんな気配を微塵も感じない。これは……まさか、浴室空調も設置されてるオチかよ。
「あ、寒くありませんか? 言ってくれたら、調整しますので」
……やっぱり設置されてた。
規格外すぎて借りてきた猫のようにおとなしくなった俺を、涼さんは快諾と感じたのか、用意してあったローションで愛撫されて固くしこった乳首をいじったり、茎や陰嚢をやわやわと揉んだり、後ろの孔をマッサージしてほぐしたりとやりたい放題。
最初は触れてるだけと感じていた体も、だんだんと熱を持ち始め、次第にあえかな声が溢れてくる。
この人、男は俺が初めてかもしれないけど、絶対セックスはいっぱいヤッてる人だ!
手つきがやらしく、全く躊躇する様子がない。
「ぁ……ん」
ヌルつく肌を大きな涼さんの掌が這い回り、ゾワゾワと欲望の火が体を舐めていく。
久々に感じる性的な感覚に、外聞もなく声を上げてしまいそう。
「恥ずかしいなら、オレとキスしましょう? そうしたら、声抑えられますよね」
「……ん」
俺に愛撫を与えながらうっとりと微笑む涼さんの唇に、自分のそれを重ねる。自然と開いたあわいに、涼さんの舌がスルリと入ってきて、俺の舌を見つけるとクチュリと音を立てて絡ませてくる。
クチ、クチュ、とふたりで競うように舌を絡ませては唾液を混じらせ、飲みきれないそれが口の中から溢れても気にならない。
口の中なんてただの粘膜の集合体で、食べ物を味わう器官位の認識しかなかった。実際、緑川と付き合ってた時も何度もキスしたけども、あったのは不快だという感覚だけだったからだ。
だけど涼さんとするキスは違う。甘くて、トロミがあって、極上の媚薬のよう。
体の奥が熱くなって、肌を撫でる掌の体温ですら、変な声が出てしまいそうになる。
「んっ、ふぅ、んんぅ」
「かーわいい。キスだけでトロトロになっちゃって」
「は、んっ、ぃ、やぁ」
なんでキスしながら明瞭に話せるのか。こっちは長年性的なものから離れてたせいで、ひたすら翻弄されっぱなしだっていうのに。
涼さんの淫らな手つきに、本来ならば年上の俺がリードしなくちゃいけないのに、ただただ喘いで悶えてるだけしかできない。
年齢値なんて意味ないな……ホント。
「ね、健一さん。ココ、さっきからオレの指をチュウチュウしてるんだけど、痛くない?」
そう言ってトントンとつつかれたのは、普通なら排泄にしか使わない場所。確かに違和感なく、痛みよりももどかしい刺激に疼いてる。
「へ、いきっ」
「じゃあ、少し指を中に挿れますね。多分大丈夫でしょうけど、気持ち悪くなったり、痛くなったら絶対言ってくださいね?」
「ぅ、うん」
コクコクと涼さんにしがみついたまま頷くと、涼さんの両手が俺の体から離れていくのに気づく。急に訪れた喪失感に胸が切なくなって更に強く涼さんの頭を抱きしめた。
「健一さん、ちょっと腕の力緩めてくれますか?」
「……やだ」
「でも、ローション足さないとキツイと」
「いい。離れちゃ……やだ」
「っ!」
涼さんが息を詰める気配を感じながらも、俺は形のいい頭を両腕で抱え込む。
どうしてこんなに涼さんの全てに安心をおぼえてしまったのだろう。
きっと、涼さんが俺から精神的にも物理的にも離れてしまったら、俺は緑川の時以上に失った気持ちが強くなって廃人になるかもしれない。
大丈夫、と囁く声が聞こえ、体が大きく震える。
「心配しなくてもいいですよ、健一さん。オレは健一さんをずっと離すつもりはないですし、オレがここまで人に執着したのなんて、健一さんだけですからね」
「……ホント?」
「ええ。もし健一さんがオレから逃げたら、地の果てまで追いかけて、首輪に鎖つけて一生離れないように監禁しますからね」
果たしてその言葉はどこまで本気なのか。
でも、ここまで俺に執着してくれるのが嬉しくて、俺はふっと笑みが零れていた。
そして。
「ん……あぁ……っ」
ツプリと菊の蕾の中心を、太くて男らしい指がゆるりと絞る襞を慰めるようにして侵入してくる。
「はぁ……健一さんのナカ、あったかい。健一さん、大丈夫ですか? 辛くないです?」
「ん、へーき」
久々に外側からの侵入に異物感があるのは確かだ。
それでもお腹の下で主張する涼さんの硬いアレが熱くて、こんな自分に欲情してくれてるのだと思うと、多幸感で涙が一筋頬を伝う。
たった一度だけでいいなんて嘘だ。
好きな人と交われる幸せを、一回限りで終わらせるなんてできない。
「涼さん……もっと、奥まで欲しい……」
小さく呟いた懇願に、涼さんからゴクリと喉が鳴るのが聞こえた。
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