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第1話 男娼のツバキ

「ん……、ぁんっ」 「はっ、は、……ここ、気持ちいいんでしょ……?」 「や、ぁ……! やだ、ぐりぐり、しな、でぇ……っ」  どうしようもなく感じてしまうところを、お客さんの硬い切っ先で執拗にグリグリ潰される。そこをグッと押されるたびに、僕の体は勝手にヒクン、ヒクンと跳ねた。  僕のお尻はとっくに排泄器官なんかじゃなくなっていて、ほとんど性器みたいなものだ。だから、男の証で擦られるだけでどうしようもなく感じてしまう。ただでさえ感じやすい体なのに、お尻のナカのその場所をグリッと押し潰されると鋭い快感が体を突き抜けてたまらなかった。  僕は気持ちがいいことが好きだけれど、こうして後ろだけ追い詰められて昇らされるのは、ちょっと苦手だった。 (だって、あたまだけ、おかしくなっちゃう、から……!)  頭がパァン! と弾けて、体がガクガクと震えて、あとはもう何もわからなくなってしまう。一応イッているってことなんだろうけれど、変な熱が体に燻ってしまうからちゃんと射精してイキたかった。  いまも僕の勃起した性器からは、止めどなくトロトロとしたいやらしい液体がこぼれ続けている。おかげで下生えはグッショリ濡れて、一部はカピカピになっていた。こんな状態なのに、僕はまだ一度も射精していない。なぜなら性器の根元を紐でキュッと縛られているから、吐き出したくても吐き出せないのだ。  そんな状況のなか、後ろには硬くて熱い逸物がこれでもかというくらい挿入(はい)り込んでいる。そうして僕が痛いくらい感じるところをグイグイ押し潰してくるんだから、思い切りイキたいのと射精したいので頭の中はグチャグチャになった。 「も、やだぁ……っ。まえ、取って、とってぇ……!」 「ツバキ、めちゃくちゃ泣いちゃって……この泣き顔がたまらないんだよな……。ほら、もっと感じて……?」 「んー……っ! むり、ぁあんっ、も、出した……ああぁんっ!」  今度は奥のほうをグリグリされて、頭が一瞬真っ白になった。パァンと弾けて、一瞬イッたような感覚になった。直後、ナカが逸物をしゃぶるようにグニグニと動き始める。そうしたらナカにある逸物がすぐにググッと膨らんで、ビクビクと跳ねながら射精するのがわかった。 (……やっと、終わったぁ……)  ズルリと逸物が出て行くと、それに引きずられるように僕のナカからドロッとした精液がこぼれ落ちた。排泄っぽいその感触まで気持ちがよくて、お尻がフルッと震えてしまう。本当ならまだ続けられる気がするけれど、今夜はもう終わりにしてほしいというのが本音だった。 (今夜のお客さん、しつこかった……)  二度目の指名だったお客さんは、とにかく突っ込んでからが長くて大変だった。こういうのを遅漏と言うに違いない。 (……そういえば、一度目のときも遅かった気がする……)  どんなに射精が遅いお客さんでも、僕は相手が満足するまで相手ができる。体が大きいぶん体力があるからだ。それに男娼としては使いこまれていないからか、締まりがよくてお客さんのほうも気持ちいいのだと聞いたことがある。そういう理由から、また僕を指名したんだろう。 (一度目は……たしか、二十歳になった直後か直前……だったかな)  数年前のことでも覚えていたのは、それだけお客さんの数が少ない証拠かもしれない。 (……いいや、やっぱり遅漏だからだ)  お客さんの数が少なかったとしても、さすがに全員は覚えられない。それでも思い出せたのは、やっぱり遅漏だったからに違いない。それと、ほんの少し右寄りで、ほんの少し皮を被っている逸物にも見覚えがあった。顔を覚えるのが難しくても、お客さんの逸物は大体覚えている。そこは男娼としての自分を褒めてやりたい。  そんなことを思いながら、うつ伏せからゆっくりと横向きに体を動かした。どのくらい突っ込まれていたかわからないけれど、痺れて孔の感覚がおかしくなっているから結構な時間だったと思う。しかも途中からは前を縛られて、結局最後まで射精できないままだった。  男娼ともなれば後ろだけでちゃんとイケる人も多いけれど、僕は後ろだけで完全な絶頂には至れない。一瞬、目の前が真っ白になって最後の一歩を踏み出せそうなところまではいけるのに、その先にたどり着く前に体が我に返ってしまうのだ。  だからイキたくてイキたくてどうしようもなくなって、頭だけが変になる。その感覚は気持ちよさよりもつらさが上回るからか、正直僕はあまり好きじゃなかった。 「ツバキの泣き顔を見ると、どうしてか張り切っちゃうんだよね」  そう言ったお客さんが満足げな笑顔を浮かべている。 (まぁ、満足してくれたのならいいか)  僕の満足よりもお客さんの満足が最優先だ。なんたってここは高級娼館なんだし、お客さんあっての僕だ。そう納得して、明け方までの少しの時間をお客さんと一緒にベッドで微睡む。  最後まで満足そうな笑みを浮かべていたお客さんを、僕も最後まで笑顔を見せながら見送った。ドアを閉めて、腰を軽く叩きながら倒れこむようにベッドに寝そべる。 「それにしても、こんな僕相手に張り切るなんて変わってるよね」  これが若くてピチピチの男娼相手なら理解できる。でも僕は二十四歳という年齢で、抱かれる側の男娼の中では年増の部類だ。  人気なのはやっぱり十代の若い子たちで、二十歳を過ぎたあたりから少しずつお客さんが減り、二十七、八歳頃にはほとんど指名されなくなるのが僕らの運命だ。娼婦の(ねえ)さんたちは三十歳を超えてもお客さんに指名されることが多いけれど、よほど綺麗な人でもない限り男のほうは難しい。  だから男娼の中でも抱かれるのが好きな人は、早めに身請け先を見つけようと必死になる。男を抱くのが好きな人はそのまま新人教育をしたり、女も抱けるなら年齢関係なく男娼を続ける人たちもいるけれど、抱かれる側の男娼の現実は結構厳しい。  それでも僕がいる高級娼館は貴族を相手にしているからか、抱かれる側の男娼の年齢は他所(よそ)より幅広いほうだと思う。なんたって他所(よそ)ではもう使い古しみたいに扱われる僕の年齢でも、こうして大金を落としてくれるお客さんがいるのだ。  あのとき、もし高級娼館に買われていなかったらと思うとゾッとする。この高級娼館で働けてよかったと心底思うのは、僕がまた一つ歳を取る日が近づいていても変わらず男娼でいられるからだ。 「また歳取っちゃうなぁ」  仕事は一応続けられるけれど、年齢のことがまったく気にならないわけじゃない。あと何年ここで働けるか考えることも増えた。  高級娼館は、貴族の人たちを相手に商売をしている。貴族の人たちは変わり者が多いのか、普通の娼館に飽きているのか、僕くらいの年齢の男娼でも目に留めてくれる。僕みたいに、ただ生白くてヒョロッとしただけの男娼だって選んでくれる。  僕は、抱かれる側の男娼としてあまり魅力的でないことを自覚していた。そこそこ背が高くて、痩せっぽっちで顔も普通だからだ。気持ちいいことは大好きだけれど、特別な技も極上の孔も持っていない。そんな僕が男娼としてやっていけるのは、ひとえにここが高級娼館だからだろう。  まぁ、口淫にはちょっと自信があるし、体力にだって自信はある。しかし、それだけじゃ受ける側の男娼はやっていけない。 「せっかくなら、僕も思い切り気持ちよくなりたかった……」  後ろだけで少しイケても結局はこんなふうだ。何年も男娼をしているのに後ろだけで完璧にイケないなんて、新人でもあまりいない。そう思うと少しだけガックリした。 「気持ちはよかったんだけど、……物足りないんだよなぁ」  それに、結局最後は隠れるように自分の手で抜いて射精した。それが不完全燃焼みたいになって、体の奥が妙にムズムズしてしまう。後ろにはお客さんの精液がたっぷり残ったままで、肌のあちこちにもいろんな液体がついたままだからかもしれないけれど。 「よっこらせ、っと」  湯を使おうと起き上がったら、後ろから残液がドロッと流れ出した。ちょっとした排泄感みたいなその感覚が気持ちよくて、体がブルッとする。 「これが気持ちいいとか、いくら男娼でも変態っぽいよなぁ」  この話をしたとき、男娼仲間が「えぇ……」という表情をしたのを思い出した。男娼でも、こうして孔から精液が流れ出すのを快感だと感じる人は少ないのかもしれない。ということは、僕はちょっとした変態の可能性がある。 「ま、男娼として食べていけるんなら変態でもいいけどね。っていうか、それ以外で食べていける自信なんてないしなぁ」  それが、僕が男娼であり続けられるか考える最大の理由だった。  ――僕は、五歳のときに人買いに売られた。  僕の上には兄が二人いて、妹も一人いる。母さんは妹を生んですぐに死んでしまって、四人兄弟の僕らを父さんは一生懸命育ててくれていた。  一番上の兄さんは街に働きに出て仕送りをしてくれていたけれど、それでも我が家は貧乏だった。蓄えなんてあるはずがなくて、妹が流行り病にかかったときにも薬を買うお金なんてまったくなかった。  だから僕は、自分から人買いに売ってくれと父さんに頼んだ。ずっとずっと悩んで、僕を売らなくて済む方法をいろいろ考えて、それでもどうにもならなかった父さんは、厳しい顔をしながらも僕を売る決断をした。人でなしでなかった人買いは、貧相な農民の子でしかない僕にそこそこなお金を出してくれた。  そうして人買いに連れて来られた王都で、僕は高級娼館の主人の目に留まってここに買い取られた。  力仕事が難しい年齢で、さらに読み書きもできない農民の子の末路は最悪なものだと知っている。そういう子どもたちを、これまでたくさん見てきた。もしこの高級娼館に買い取られていなかったら僕自身もどうなっていたかわからない。だから、僕はとても運がよかったのだと思う。  主人に買い取られた僕は、まず読み書きを習った。貴族を相手にする高級娼館の男娼や娼婦には、話し相手として最低限の知識が必要だからだ。読み書きを習った僕は、たくさんの本を読むように言われた。貴族が好むお茶やお酒の味も覚えるようにと言われた。だから、農民なんかの口には決して入らないような、とても美味しいものをたくさん口にすることができた。  人買いに買われたただの農民の子だった僕は、農民のままじゃ経験できないようなすごく贅沢で豊かな生活をさせてもらっている。男娼だから当然そういった行為もするけれど、幸いなことに僕は気持ちいいことが好きで男娼向きだった。  きっと最初に手ほどきをしてくれたヤナギさんが優しかったからに違いない。この高級娼館で働く誰もが慕っているヤナギさんは、本当に優しくていろんなことを教えてくれた。このことも、運がよかったことの一つだと思っている。  おかげで僕は、知らない人にあれこれされることに抵抗がなかった。自分であれこれすることも平気だった。お客さんが貴族ばかりだから酷い目にあうこともなくて、本当に運がいい。 「あとどのくらい、ここで働けるかなぁ。できれば、もうちょっとお金が貯まるまで頑張りたいんだけど」  僕は、男娼としてお客さんの相手をするようになってからの給金のほとんどを貯めている。お客さんがくれるものも大事に保管していて、いずれ男娼をやめたときに売ってお金に変えようと考えていた。  世の中、まずはお金がないと始まらないということは五歳のときに身にしみて実感した。だから、お客さんを取るようになってからは貯金が唯一の趣味みたいになった。  もちろんお金がすべてじゃないとは思うけれど、お金がなければすべてを失うのも間違いない。まぁこれは娼館の主人の言葉だけれど、僕も本当にそうだと思っている。 「あとどのくらい男娼でいられるだろう」  お客さんがいる限りは娼館に置いてもらえるけれど、どの男娼も娼婦に比べると働ける年齢は短い。とくに僕みたいに若くなくて、可愛いわけでも美人でもない体が大きいだけの受け身の男娼は、いつお客さんに指名されなくなってもおかしくない。だから、いまのうちにできるだけお金を稼いで、たくさん貯めておきたかった。 「とりあえず、今日はおしまいっと」  部屋に備えつけられている小さな風呂場で後始末をしながら、この先の予定を思い出す。そういえば、明日は珍しく軍人のお客さんの予定が入っていた。  軍人さんでも上級士官の人たちはほとんどが貴族だから、高級娼館ではよく見かける。けれど軍人さんたちは小柄で可愛らしく抱き心地がいい若い子を好む人が多いから、僕みたいに大きくて可愛くもない男娼を選ぶことなんて、まずなかった。  それなのに、主人の話では軍人さんのほうから僕を指名してきたんだそうだ。 「ほんと、貴族の人って変わってるよね」  ありがたいけれど、僕を選んだ理由がイマイチわからないから微妙な気持ちになる。もしかして痛いことでもされるんじゃないか、なんてちょっと不安に思ったけれど、そういった行為がしたいなら専門の男娼が何人かいるからそちらを指名するはずだ。 「じゃあ、やっぱり変わった人ってことか」  軍人さんでも普通の貴族でも、優しい人ならそれでいい。ついでに気持ちいいまま最後までイケるなら、万々歳だ。  僕は「ふんふ~ん」なんて鼻歌を歌いながら湯浴みをして、ベトベトだった敷布を交換した。そのままぽふ、とベッドに倒れ込むように横になる。すぐに目を瞑ったけれど、体の奥が微妙に火照っていて腰が少し動いてしまった。それでも自慰までいかないのは、散々後ろを突かれてヘトヘトだったからだ。  そのまましばらくウトウトしていた僕は、気がついたら翌日の昼前までぐっすりと眠っていた。

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