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その後 王子様にお呼ばれしてしまいました

「え? 僕も一緒に、ですか?」 「あぁ、殿下からのご指名だそうだ」 「……殿下って、あの、王子様、ですよね……?」 「第二王子殿下だな」 「……ええと、それはもしかして、僕が王宮に行く、ってことですか……?」 「あぁ。俺と一緒に行くことになった」 「……ええぇぇぇぇぇ!?」  アララギ少将が思わず片耳を塞いでしまうくらいの大声を出してしまったけれど、仕方がないと思う。そのくらいビックリしたし、これまでの僕の人生では絶対に考えられないことが起きたのだ。  僕がアララギ少将に身請けされて半年くらいが経った。大きすぎるお屋敷にも少しずつ慣れてきたし、使用人の人たちとも仲良くなった。想像したこともないくらい、ものすごく贅沢で幸せな生活を送っている。  幸せすぎてたまに怖くなるけれど、僕がそう感じるたびに少将が元気づけてくれる。何も言わずにギュウッと抱きしめてくれることが多いけれど、たまに「ツバキが幸せそうで何よりだ」なんて言ってくれることもあった。  少将には僕が思っていることがわかるのかもしれない。だから、僕が安心できるようにしてくれるんだ。そんな少将のために僕も何かしたかったけれど、残念ながら僕にできることはほとんどなかった。……まぁ、ベッドの中でなら元男娼としていろいろやってはいるけれど。  そんな僕のことを、少将は「俺の妻だ」と職場で説明しているらしい。初めてそれを聞いたとき、ビックリしすぎて口をポカンと開けてしまった。きっと僕でなくても同じ状態になったはずだ。  元男娼を「妻」だなんて言うのはとんでもないことだ。とくに特権階級の軍人さんが言うべきことじゃない。男娼や娼婦を身請けするのは珍しくないことだけれど、それはあくまで愛人としてだ。僕は何度も「そんなことを言ったらダメです」と言ったのに、少将はまったく取り合ってくれなかった。  そんなだから、きっと職場で僕のことが噂になったに違いない。それが王子様の耳に入って、こうして呼び出されてしまったのだ。 「……だから、元男娼を妻だとか言うのは、ダメだって言ったんですよぅ……」 「なぜだ? 本当のことを言って何が悪い?」 「…………悪く、ないです……」  少将のきょとんとした顔が可愛くて、結局僕はまた何も言えなくなってしまった。  そんなわけで、僕は近くで見ることすらなかった立派な石造りの門をくぐり抜けることになった。あまりにも大きくて立派な王宮をポカンと見上げながら入口を通り抜け、落ち着かないくらい広くてきれいな部屋で少将と一緒に王子様を待っている。 「ううぅ、僕、もう帰りたいです……」 「怖いなら手を繋いでいるか?」 「だ、だだだダメですよ! こんなところで、そんなことしちゃ……!」  慌てて首を横に振ったら、なぜか少将が「可愛い」とつぶやいた。 (……こ、こんな場所で、なんてことを……!)  僕は真っ赤になった顔を見られたくなくて、慌てて下を向いた。 (ううぅ……靴までピカピカ光って見える……)  自分がこんな格好をしていることも恥ずかしくなってくる。だって、服だけ立派にしても僕自身はヒョロッとしただけの何でもない元男娼なのだ。  それなのに、今日は王子様に会うからと、少将が用意してくれた新品の靴を履いている。革がすごく柔らかくて、きれいな刺繍が入っているとても上等なものだ。  靴だけじゃなく、今日着ている服もいままで身につけたことがないくらい素敵なものだった。伸びっぱなしになっている髪を結ぶ紐でさえ上等なもので、何種類もの水色を編み込んだ手の込んだものだ。 (そりゃあ王子様に会うんだから、ちゃんとした格好をしないとダメだとは思うけど……)  それでも、服も靴も一式新しく作るのはどうなんだろうか。  僕が王宮に行くことが決まった日、少将は専門の仕立て屋さんを呼んで僕の体の隅々まで採寸させた。その後も、何度かお屋敷にやって来た仕立て屋さんと少将が話をしていたことは知っている。刺繍がどうとか飾りがどうとか、碧玉をもう少し増やしたいとか、聞こえてきた言葉に僕はどんどん青ざめていった。 「僕なんかのために、そこまでしなくて大丈夫ですから」と何度も言ったけれど、「妻の着る物を仕立てるのは夫の楽しみだ」なんて言われたら、何も言えなくなってしまった。しかも「男が服を仕立てて着せるのは、脱がせる楽しみもあるからだ」なんて言われて、顔を真っ赤にしてしまった。元男娼なのに情けなさすぎる。  そうして完成した服はとんでもなく立派なものだった。元々身につけるものに頓着しなかった僕でも、どれくらい高価なものか十分わかった。「これを、僕が……?」と思っただけで遠くを見てしまったのは仕方がないと思う。  そんなことを思い出していたら、カチャリと扉が開く音がした。「王子様が来た!」と思った僕は、慌ててお辞儀をしていたら、コツコツと歩く音に重なるように「ヒイラギ殿」という少将の声が聞こえる。 (ヒイラギ殿……?)  王子様じゃなかったんだろうか。僕は頭を上げて、立ち止まった人のほうをそうっと見た。  そこには真っ白な髪の毛に赤い目をした、とてもきれいな人が立っていた。立派な軍服を着ているということは、王子様じゃないということだ。誰だろうと思いながらもう一度頭を下げたら、「そちらが奥方ですか」と声をかけられた。 「はい、ツバキです。ツバキ、こちらは近衛隊のヒイラギ中将だ」  少将の声に、もう一度きれいな人のほうを見る。そうしたら、ニコッと微笑みかけられた。 (ふわぁ、きれいな人だなぁ)  主人も超絶美人さんだったけれど、目の前の人は違う雰囲気のキリッとした美人さんだ。僕はきれいな笑顔を向けられたのが嬉しくて、ニコッと笑い返した。 (この人も軍人さんなのかぁ……って、いま、中将って言った……?)  中将というのは、少将よりも偉い人のことだ。ハッとした僕は、「すすすみません!」と謝りながら慌てて頭を下げた。 「ふふ、可愛らしい人ですね」  ヒイラギ中将が笑っている。怒ってはいないようだけれど、……って、いま何かおかしなことを言われたような気がする。 「はい、目に入れても痛くないと思っています」 「そのようですね。溺愛しているという噂は近衛隊にも伝わっていますよ」 「あぁ、それで殿下のお耳にも入ったんですか」 「えぇ。『あの堅物の軍人を骨抜きにした人物を見てみたい』とおっしゃられて。ツバキ殿、すみませんね、殿下の我儘に付き合っていただいて」  急に話を振られて「へ? え? あ」と妙な言葉しか出てこなかった。 (しまった……!)  偉い軍人さんになんて態度を! 相当焦っていた僕は、「ととととんでもございません!」と言いながら、ブンブンと目一杯頭を横に振った。加減を忘れたように全力で振ってしまったせいで、すぐに目の前がクラクラになる。よろけた僕の腰を少将がつかまえてくれなかったら、みっともなく床に転がっていたかもしれない。  僕は何度も「すみません……」と謝りながら、少将の腕をギュウッとつかんだ。そうでもしていないと、なんだかうまく立っていられないような気がしたのだ。 「ふふ、本当に可愛らしい」  ……また、とんでもないことを言われてしまった。やっぱり僕がみっともないからだろうか。不安になって少将の顔を見上げようとしたとき、「あぁ、殿下がいらっしゃったようですよ」と聞こえて、慌てて前を向いた。すると、「なんだ、抜け駆けなんてずるいぞ」と艶やかな声とともに扉が開いた。  今度こそ王子様だとわかった僕は、慌てて頭を下げた。次こそ失敗するわけにはいかないと思っていたのに、焦りすぎて少将の腕をつかんだままになってしまった。 「は? 何いちゃついてんの?」 (ししししまった……!)  王子様の前でとんでもない失敗をしでかしてしまった。僕は大慌てで少将の腕から手を離し、もう一度深々と頭を下げた。 (……こんな僕が少将の隣にいるなんて……少将の迷惑になったらどうしよう……)  それに、本当なら王宮に一緒に来るのは奥様の役目だ。ちゃんとした奥様ならこんな失敗はしないだろうし、挨拶も行儀作法も完璧にできたはずだ。  僕も高級娼館で一通りのことを勉強したけれど、ベッドに入るまでの少しの時間を過ごすための行儀作法くらいで貴族の作法はまったく知らない。そんな僕が王子様に会うなんて、やっぱり無茶だったんだ。  そう思ったら、どんどん怖くなってきた。僕のせいで少将に迷惑をかけるんじゃないかと思うと悲しくなり、あまりにも情けなくて涙が出てきそうになる。 (……泣いちゃダメだ……)  わかっているのに、少将に迷惑をかけてしまったと思うだけで勝手に涙が出てきそうになった。思わず小さく鼻を啜ってしまったことすら情けなくて、よけいに涙が出そうだ。 「え? なに? 泣いちゃった?」 「殿下がいじめるからですよ」 「え? 俺のせい? うわ、いやいや、俺いじめてないからな?」 「殿下、言葉遣い」 「いやいや、いまそんなのどうでもいいだろ。あー、やべぇ、どうしよう。アララギの奥さん泣かせたとか、俺殺されちゃう?」 「……なぜわたしが殿下を(あや)めなくてはいけないんでしょうか」 「だって、愛しの奥様を泣かせちゃったし?」 「殿下、少々口を閉じていてください。これではツバキ殿が落ち着きませんよ」 「あ、ツバキって言うんだ。へぇ、可愛い名前じゃないか。あ、アララギの目が怖い」  ……なんだか、僕が想像していた王子様とは随分違っているような気がする。そう思ったら、不安とか情けないとかいう気持ちも少しずつ落ち着いてきた。 (……ヒイラギ中将が「殿下」って呼んでいるってことは、この人が王子様、なんだよね……?)  そうっと頭を上げると、王子様がニコッと笑った。 (……見た目は、たしかに王子様だ)  服装はもちろんのこと、キラキラ眩しいくらいの金髪で見たことがないくらいかっこいい。濃い碧眼も前に見た王様の肖像画そっくりだ。 (……でも、威厳は……ないような……)  思わずそんなことを思っていたら、少将の大きな手が僕の背中を優しく撫でてくれた。 「ツバキ、落ち着いたか?」 「はい。あの、重ね重ね、大変な失礼をしてしまいました」  きちんと挨拶する前に、とんでもない失態を犯してしまった。王子様が怒っていませんようにと祈りながら、腰をしっかりと曲げてお辞儀をした。 「大丈夫ですよ。全部、殿下のせいですから」 「えぇ? 俺のせい? マジで?」 「殿下、だから言葉遣い」 「それはもういいだろ? それに今日は堅苦しい謁見じゃないんだからさ」  王子様の王子様らしくない言葉に、ヒイラギ中将がため息をついている。 (……なんだか大変そうだなぁ)  中将はきれいで優しそうな人だけれど、そのぶん自由そうな王子様の側にいるのは大変そうだ。ほんの少し眉尻を下げている中将の隣で、王子様は「気楽にいこうぜ」と笑っている。  そんな王子様の碧眼がパッと僕のほうを向いた。そのまま顔から足を見て、また顔まで視線を移動させている。 「なるほどな~。こりゃたしかにアララギが骨抜きになるの、わかる気がするわ」 「我が妻は可愛いでしょう?」 「うわっ。アララギが惚気るとか、怖っ」 「わたしも、ただの男ですから」 「いやいやいや、おまえなんて言われてるか知ってるだろ? 王城門の巨石だぞ? もはや人ですらないもの扱いされてたんだぞ? そんな奴でも妻を迎えると、こうも変わるってんだからなぁ。たしかに感慨深い」  王子様がウンウン頷いている。隣に立つヒイラギ中将は、今度は少し困ったような笑みを浮かべていた。 (少将、王城門の巨石って呼ばれてるんだ……。さっきくぐった、あの大きな門と同じってこと……?)  たしかに体が大きいし強面だし、そういう雰囲気はあるかもしれない。でも少将は笑うと可愛いくて、可愛い仕草もたくさんする人なのに、みんな誤解しているような気がする。 「殿下もご結婚されればよろしいかと。わたしの気持ちがよくわかりますよ」 「うーん。こればっかりは相手がうんって言ってくれないとなぁ」  王子様が隣に立っているヒイラギ中将をじっと見ている。すると、中将の足がグッと王子様の足を踏みつけるのが見えた。 (……え? 王子様の足、踏んでる……?)  いくら特権階級の軍人さんでも、王子様の足を踏んづけてもいいんだろうか……。でも王子様は顔は歪めても怒ってはいないようだし、「な? いっつもこうなんだよ」なんて苦笑しながら少将に話している。 「しっかし、元男娼だって聞いてたけど、男娼っぽくはないよなぁ」 「殿下、失礼ですよ」  中将は気を遣ってくれているんだろうけれど、僕は元男娼だと言われても仕方がないとわかっている。それは変えようがない事実だし、わかったうえで少将に身請けされたのだ。ただ、そのことで少将が嫌な気持ちになるのは嫌だった。 (だから、僕を妻だなんて言うのはダメだって言ったのに……)  チラッと隣を見上げたけれど、少将がどう思っているのかはわからなかった。いつもと変わらない表情で王子様たちを見ている。 「あ、けなしてるんじゃないからな? ただ高級娼館にいたって割には普通だなぁと思っただけだ。それに反応は素直だし、いや、むしろ妙に可愛らしく見える。うーん、こりゃ案外すごい奥方かもしれないな」  可愛らしいというのは、たぶん気を遣ってくれている言葉に違いない。さっき中将も同じようなことを言っていたけれど、こういうのが貴族の気遣いなんだろう。  それは僕が聞き流せばいいだけとして、問題は「奥方」のほうだ。今回こうして王子様に会うことになったのも、少将が僕のことを妻だと説明していたのが原因だ。そのせいで少将に恥をかかせてしまったうえに、迷惑をかけている可能性だってある。 (……よし。ちゃんと訂正しておかないと)  そのくらいしか僕にできることはない。 「……あの、奥方というのは、正しくはないです」  王子様の言葉を否定するなんて、本当はやってはいけないことだとわかっている。それでも少将のために僕ができることはこのくらいしかなかった。ここでちゃんと訂正しておかなければ、これからも少将に迷惑をかけ続けることになってしまう。 「え? 奥方じゃないの? アララギ、そうなのか?」  王子様の不思議そうな声がした。問いかけられた少将を見たら、なんだか難しそうな顔をしている。……これは、不快なときの顔だ。もしかして、僕が王子様の言葉を否定したのがまずかったのだろうか。 「いえ、ツバキはわたしの妻で間違いありません。ただ、本人は元男娼というのを気にしているようで、外で妻だと紹介されるのをひどく嫌がるのです」 「しょ、少将……!」  せっかく訂正したのに、なんでそんなことを言い出すんですか!  僕は少将の腕を両手でつかみながら、「だから、妻だなんて言ったらダメです!」と訴えた。これ以上そんな話があちこちで流れたら、ますます少将に迷惑をかけることになってしまう。僕はそんなことは望んでいない。ただ少将の側にいられるだけで十分なのに、僕のせいで迷惑をかけることになったら……。 (少将の、側にいられなくなってしまう……)  それは絶対に嫌だ。少将の側から離れるなんて耐えられない。主人やヤナギさんは「何かあったら戻って来い」と言ってくれたけれど、僕は絶対に少将から離れたくなかった。  僕は一生懸命、少将に訴えた。「妻はダメです」と三度言った僕に、少将は無言で頭をポンと撫でてきた。 「アッハッハッ、こりゃいい!」  聞き入れてくれない少将の様子に若干焦っていた僕の耳に、王子様の大きな笑い声が聞こえてきた。ビックリして振り向くと、キラキラした王子様がキラキラした顔で笑っている。 「アララギにはぴったりの奥方じゃないか。それに、予想外に可愛らしい!」  また言われてしまった。もしかしなくても、僕が聞き流すだけではダメな言葉なのかもしれない。そう思った僕は、「あああの、か、可愛くも、ないです」と小さな声で訂正した。  すると、一瞬だけきょとんとした表情を浮かべた王子様が、またもや大声で笑い出した。 「ハハ、アハハハハッ! こりゃいい! アララギ、いい妻を迎えたな」 「身に余る光栄です」 「ええと、ツバキちゃん? きみは間違いなくアララギ少将の奥方だ。むしろ、きみが奥方でよかったと思っている。それに可愛らしいのも間違いじゃない。ツバキちゃんの場合は、見た目というより中身が可愛いんだな。その純粋な内面は貴族連中にはたまらないだろうなぁ。あぁ、男を知ってる軍人共にもたまらないんじゃないか?」  楽しそうな表情の王子様が少将を見ている。さっきまでいつもと変わらない顔をしていたはずなのに、見上げた少将は眉を寄せて難しそうな顔になっていた。  少将が難しい顔をしているのは、きっといまの王子様の言葉を聞いたからだ。何が難しい顔にさせたのか知りたくて考えたけれど、僕にはさっぱりわからない。 「ほんと、アララギの奥さんがツバキちゃんみたいな子でよかったわ。ツバキちゃんならよけいなことは言わないだろうし、おかしなことも考えないだろう。誰かが近づいたとしても、間違いなくアララギのことしか見ていない。うん、一安心だ」  王子様がニコッと笑って僕を見た。……なんだろう、ちょっと、怖い。王子様の顔は間違いなく笑っているのに、なぜか怖いと思ってしまった。  思わず少将の腕をつかんでいた手に力が入った。グッと力を込めたことに気がついたのか、少将が僕の手をポンと撫でてくれる。それだけでホッとして肩から力が抜けた。 「あぁ、そうそう、兄上たちも会いたがってたぞ? ま、おもに会いたがってたのは妃殿下のほうだけどな。なんだったっけ、……そうそう、『金色の飾りを渡した相手が見たいの!』って、すげぇ興奮してたけど」 「…………そのうちに、とお伝えください」 「体に付ける金色の小さな輪っかだということまでは聞き出したんだけど、それ以上は教えてもらえなくてなぁ。気になって仕方ないんだけど、見たところ指輪も耳飾りもしてないし、ほかに小さな輪っかって……あ、もしかして、ちく――」 「殿下、失礼ですし下品ですよ」  そう言って中将が王子様の言葉をさえぎった。金色の飾り……何か思い出しかけた僕の耳に、今度は中将の「こちらをどうぞ」という言葉が入ってきた。  見ると、中将の手には大きな箱があった。僕が「あの……」と戸惑っていると、「甘い物がお好きだと聞きましたので」と言葉が続く。 「甘い物……」  思わずゴクリと喉を鳴らしながら箱を見て、それから少将を見た。勝手に受け取ってもいいのかわからない僕に、少将が「大丈夫だ」と言うようにふわりと笑ってくれる。 「ヒィ!」 「へ?」  突然聞こえてきた悲鳴に振り向くと、王子様が両手で腕を擦りながら怯えたような顔をしていた。 「アララギが笑うとか、怖ぇよ」  王子様の顔は本当に怖がっているように見える。  僕は改めて少将の顔を見上げた。まだ少しだけ笑っている顔は、やっぱり可愛い。怖いなんてとんでもない。 (こんなに可愛いのになぁ)  そう思ったら、勝手に口から「可愛いのに……」という言葉が漏れ出てしまった。 「はぁ!?」 「……え?」  今度は、王子様が心底驚いたような顔をして固まっている。ヒイラギ中将も、隣できれいな赤い目を見開いていた。 (もしかして、僕のせい……?)  ということは、また少将に迷惑をかけてしまったことになる。おそるおそる少将を見上げると、……そこには、まだ笑っている少将の顔があった。 「妻へのお心遣い、感謝します。では、失礼します」  お辞儀をした少将を見て、僕も慌ててお辞儀をする。そうして箱を受け取った少将のあとを小走りでついていきながら部屋を後にした。 「あの、王子様たちは大丈夫なんですか?」 「気にしなくていい」 「そうですか……」  最後の様子が気になったけれど、少将が気にしなくていいと言うなら平気なんだろう。  そう思ったら、今度は少将の手にある箱の中身が気になった。王宮に来るときよりも断然軽くなった足取りで馬車に乗った僕は、我慢できずに馬車の中で箱を開けた。 「ふおぉぉ……!」  箱の中身は、見たことがないくらいきれいなケーキだった。  僕は何度も何度もケーキを眺め、お屋敷に到着したら着替えるよりも先にケーキ選びを始めた。 「すごい……! きれい……!」  四角のケーキには、真っ白なクリームの上に碧玉や真珠みたいな色の小さな粒が載っている。三角のケーキには金色の薄いベールが被さっていて、丸いケーキは鏡みたいに光っているチョコレートに包まれていた。ほかにも、まるで宝石みたいなケーキがいくつも入っている。  僕は慎重にいま食べるケーキを一つ選び、食後に食べる一つも選んだ。少将にもどれがいいか尋ねたけれど、「ツバキが食べるものをひと口貰えればいい」という返事だったから、残りは使用人の人たちでわけてもらうことにした。 「少将、はい、あーん」  スプーンに乗せた真っ赤なケーキを少将の大きな口に運ぶ。パカッと開いた口にそっとスプーンを入れると、少将が口を閉じた。 「……ん、これはラズベリーか」 「酸味とクリームの甘さが絶妙ですよね」 「ん、うまい」  食事前だから、重くないさっぱり系のケーキを選んだ。食後は艶々のチョコレートケーキだ。 「ところで、残りを使用人にあげてよかったのか?」 「はい。だって、僕一人で食べるのは贅沢ですし、全部は食べきれませんし。でも取っておいてもダメになっちゃいますから、じゃあみんなで食べるほうがいいかなと思ったんですけど……。ダメでしたか?」 「いや、ツバキらしい」  ふわりと笑った少将は、やっぱり可愛かった。僕は赤くなりながら、残りのケーキをいそいそと口に運ぶ。 「そういえば、王子様がおっしゃっていた妃殿下にも、お会いすることになるんですか?」  できれば、もう二度と王宮なんて緊張する場所には行きたくない。でも、今日の話だと王子様のお兄さん、つまり第一王子様にも会うことになるかもしれないということだ。第一王子様に呼ばれたら、今回と同じように断ることはできないだろう。 「……まぁ、そのうち声がかかるかもしれないが、気にすることはない」 「……妃殿下って、少将のお知り合い、ですか?」  なんとなくそんな気がした。それに、王子様が言っていた「金色の飾り」というのも気になる。 「以前、ツバキが噴水のところで見た女性のこと、覚えているか?」 「はい、覚えてます」  忘れるわけがない。嫌な記憶としてじゃなく、僕が少将を好きだとわかった記念の人、という感じで覚えていた。 「あの女性が、第一王子の妃殿下だ」 「……へ? あの、小柄な、可愛い女の人が、ですか?」  少将が頷いた。少将より随分年下に見えたけれど、あの人が妃殿下……。ええと、第一王子様って何歳だったっけ……? 「あのときはまだ婚姻前だったがな。気晴らしに街を歩きたいと言い出して、大将閣下から護衛を命じられたんだ。ついでに、俺の買い物に付き合ってもらったんだが……」 「はい」  買い物に付き合ってもらったということも、ちゃんと覚えいている。 「その買い物というのが、ツバキの胸に付けた金の装飾品なんだ」 「……へ?」 「指輪以外の贈り物が思い浮かばなくて、女性ならそういった装飾品に詳しいだろうと、知恵を借りようと思ったんだ。ツバキのことは男娼だと伝えて、どういうものがいいか聞いて、それを作った」 「……えぇ、と」 「あぁ、心配しなくていい。彼女は大将閣下のご息女だが偏見はない。むしろ俺が男娼を身請けしようとしていると知って、協力してくれたくらいだ。だから、ツバキに会いたいと言っているんだろうな」 (……ちょっと待って。それって、妃殿下が僕の……金色の輪っかのことを、知っているってことじゃ……?)  そう思った瞬間、全身がカァァァッと熱くなった。 「……ツバキ?」 「…………ッ、少将は、やらしい、ですッ!」  本当は「バカッ」と言いたかったけれど、大好きな少将にバカなんて言えるはずがない。でも、僕がどれだけ恥ずかしいか知ってほしくて出た言葉が、これだった。  我ながら何を言っているんだと思うけれど、とにかく僕より年下に違いない女の人に、それも妃殿という偉い人に乳首の事情を知られているのが、恥ずかしくてたまらなかったのだ。  僕は急いでケーキを全部口に入れて、そのまま寝室に逃げた。  ベッドで掛布のなかに潜り込んでからしばらくすると、少将が「すまなかった」と謝りに来た。そうっと掛布の隙間から見た少将は、太めの眉がヘニョリと垂れ下がっていて、叱られた大きなワンコみたいに見えた。 (ううう、可愛くて怒れない……)  僕は顔を出して、へこんだままの少将にチュッとキスをして許すことにした。

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