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番外編 剣技大会1
剣技大会という大きな大会があると聞いたのは、少し前だった。剣技大会というのは、いろんな軍人さんたちが参加して剣の腕を競う大会らしい。そういえば高級娼館でも話題になっていたような気がするけれど、軍人さんが苦手だった僕はきれいさっぱり聞き流していた。
(でも、もし少将が参加するなら見てみたいかも……)
剣は怖いけれど、少将が剣を使っているところは見てみたい。そう思った僕は、少将も参加するのか尋ねてみた。答えは、残念ながら「参加しない」という言葉だった。
「俺はもう少将だからな。参加するのは中級士官の少佐までだ」
「そうなんですか……」
「どうした、残念そうな顔をして」
「……少将が剣を使うのを見てみたかったなって思って」
軍服姿は毎日見られるようになったけれど、少将が軍人さんっぽいことをしている姿は、まだ見たことがない。
使用人の人たちに聞いた話だと、アララギ少将はとても強いらしい。叩き上げで中佐になったくらいだから凄腕なんだろうなぁとは思っていたけれど、強いと聞いたら俄然見たくなる。それに、絶対にすごくすごくかっこいいはずだ。
「……ツバキは、俺が剣を扱っているのが見たいのか?」
少将の言葉に、コクンと素直に頷いた。だって、本当に見たかったんだ。
「使用人の人たちが、少将はすごく強いんだって教えてくれたんです。でも僕、一度も少将が剣を使ってるところ、見たことないし……」
あ、少将がちょっと難しい顔をしている。もしかして、困らせてしまったんだろうか。
「あ、でも、無理に見たいってことじゃないです。もし大会に出るなら見たいなぁって思っただけで……。だって少将、絶対にかっこいいし、僕、少将のいろんな姿を見ておきたいっていうか。ほら、僕、一応少将の奥さんだし、奥さんなら見ておいたほうがいいかなって!」
……しまった、またよけいなことを言ってしまった気がする。僕も二十五歳になって少しは大人になったと思っていたのに、相変わらず思ったことをすぐに口にしてしまう。このままじゃ少将に迷惑をかけてしまうといつも思っているのに、なかなか直りそうにない。
「ツバキは一応じゃなく、間違いなく俺の妻だ」
一番に訂正されたのはそこだった。
「……はい、そうでした」
以前よりは自覚が出てきたと思うけれど、相変わらず少将の「奥さん」だという自信が持てない。それには少将も気づいているみたいで、こうして自信なさげなことを言うと必ず訂正してくれる。そのたびに、もっとしっかりしなくてはと思う。
「そうか、ツバキは剣技が見たいか……」
「あの! 無理言って、ごめんなさい。もし見られたらいいなぁって思っただけなんです。それによく考えたら、王宮にまた行くのは困るっていうか、ちょっと無理かなって思ってるんで、あの、大丈夫です」
第二王子様にお呼ばれしたとき、ものすごく緊張したのをいまでも覚えている。
剣技大会が行われる円形闘技場というのは、王宮と軍人さんたちが使っている建物の間にあると聞いた。もし剣技大会を見に行くなら王宮を通らなければいけないらしく、またあのキラキラで豪華な王宮に行かなければいけないと思うだけで冷や汗が出そうになる。
(……うん。またあそこに行くのは僕には無理だ)
「変なこと言って、ごめんなさい」
このあと僕は、剣技大会のことをすっかり忘れていた。だって、少将が参加しないなら見に行くこともないと思っていたからだ。
ところが少将は、僕と話をしていたときから剣技大会に出ることを考えていたらしい。数日後、少将から剣技大会に出ることになったと聞いたときにはビックリしてしまった。その日から僕は、毎日「どうしよう、どうしよう」と眉が下がりっぱなしになった。
「ううぅ~、やっぱり緊張してきた……」
「大丈夫ですよ、ツバキさん」
執事さんはそう言ってくれるけれど、王宮を思い出すだけで手に汗をかいてしまう。
ちなみにお屋敷の使用人の人たちは、僕のことを「ツバキさん」と呼んでいる。最初は「奥様」だったんだけれど、そう呼ばれることに戸惑っている僕に気づいてくれた少将が、みんなに話してくれたのだ。少将は、やっぱりとても優しい。
そんな少将の晴れ舞台だから見たくて仕方ないんだけれど、心配事がもう一つあった。
「軍人さんだけじゃなくて、貴族の人たちもたくさん見に来るって聞いたんです。……もし、昔の、その、……お客様とかに会っちゃったら、どうしようって思って……」
僕を指名してくれるお客さんは少なかったけれど、高級娼館には大勢の貴族が来ていた。きっと僕の顔を知っている人もいるはずだ。そんな人と王宮で会ったら、きっと少将に迷惑をかけてしまうに違いない。
「それこそ大丈夫ですよ。旦那様はツバキさんが男娼でいらっしゃったことを隠したりしておりません。それに、男娼だったツバキさんごと愛されておいでです。堂々としていらっしゃればよいのですよ」
「そう……なんでしょうか……」
執事さんの言葉が嬉しくて泣きそうになった。たしかに職場で僕のことを「妻だ」と話しているということは、隠していないということだ。少将がそうなら、僕も堂々としているべきだとは思う。
僕はこれまで、男娼だったことを恥ずかしいと思ったことはない。けれど、貴族の人たちはそう思わないだろう。僕が男娼だったことが少将のためにならないと突きつけられたら……そう思うと、やっぱり怖かった。
「明日は、旦那様の部下の方がお迎えにいらっしゃいます。ツバキさんは、旦那様の勇姿を存分にお楽しみになればよろしいかと思いますよ」
「……ありがとう、ございます」
執事さんは少将と同じくらい優しい。というより、使用人の人たちはみんな僕が男娼だったことを気にしていない。だから、僕が男娼だったことを気にする素振りを見せると、こうしていつも優しい言葉をかけてくれる。少将も優しいけれど、少将の周りにいる人たちもすごく優しい。おかげで僕は、想像しているよりずっとずっと幸せなんだって自覚することができる。
(……うん、僕はアララギ少将の奥さんなんだし)
今夜は大会の準備があるから、少将は王宮にお泊りする。ちょっとだけ、……ううん、すごく寂しい。でも、明日はかっこいい姿が見られるんだと思ったら楽しみになってきて、少しだけ心が軽くなった。
「やっぱり場違いだった……」
王城門をくぐったときに実感した。それでも少将の姿が見たくて緊張しっぱなしの足を何とか動かしている。
「ツバキさん、足元に気をつけてくださ……っと、大丈夫ですか?」
「ひゃっ!?」
何とか動かしている足は、さっきから何度もつまづいてしまっていた。そのたびに案内してくれているサツキさんが声をかけてくれる。
「あ、あの、すみません……」
「気にしないでください。それより、大会は最初からご覧になりますか? それとも、少将閣下が出られるところだけにされますか?」
「ええと、少将のところだけで、お願いします」
「では、まだ時間がありますから、あちらで少し休みましょう」
「はい。……あの、何から何まで、ありがとうございます」
僕の少し手前をゆっくりと歩いているのは、今朝お屋敷まで迎えに来てくれたサツキさんだ。僕より一歳年上の軍人さんで、少将に書類を届けに行ったときに最初に声をかけてくれた人だった。
あのときも優しそうな軍人さんだなと思ったけれど、やっぱり優しい人だ。背は僕と同じくらいだけれどちゃんと筋肉がついていて、それでいてきれいな顔をしている。そういえば、近衛隊のヒイラギ中将に少しだけ雰囲気が似ているかもしれない。穏やかで物腰が柔らかくて、軍人さんが苦手な僕でも尻込みすることなく話すことができる。
そんな優しいサツキさんは、なんと同じ軍人さんの旦那様がいるらしい。少将から軍は男社会で軍人さん同士でそういう行為をする人たちもいるとは聞いていたけれど、結婚する人までいるなんて知らなかった。
(でも、こんなに優しくてきれいな軍人さんなら、きっと人気あるだろうなぁ)
僕がいた高級娼館にいたら、絶対に人気者になっていたはずだ。
そんなサツキさんは、最初僕のことを「奥様」と呼んでいた。言われ慣れていない言葉に挙動不審になっていたからか、サツキさんのほうから「お名前で呼んだほうがよろしいですか?」と尋ねてくれた。優しいだけじゃなく、いろんなことに気がつく人に違いない。僕もこういう人になりたいなぁとつくづく思う。
「この部屋からも会場が見えますから、少将の出番までこちらでゆっくりしましょう。わたしは少将にツバキさんが到着されたことを伝えに行きますが……お一人で大丈夫ですか?」
「あ、はい。大丈夫です。ここでちゃんと待ってます」
「ふふ、承知しました。では、少しお待ちください」
サツキさんの背中を見送りながら、「一人で大丈夫かって、どういうことだろう?」と首を傾げた。
(……そっか、何度もつまづいたりしてたからか)
だから心配されてしまったに違いない。僕は「はぁ」と項垂れてしまった。いい加減、もっと大人にならなければ。もっと落ち着きがあって、おどおどしないで、少将の隣にいてもおかしくない大人になりたい。少将はいまのままでいいと言ってくれるけれど、それじゃあいつまで経っても少将の奥さんになれない気がする。
(……奥さん……奥さんかぁ……)
少将にもらった首飾りを指で撫でながら、そうっと部屋の中を見渡した。
ここは大貴族以上の人たちしか入れない部屋だと聞いた。少将の奥さんである僕は、そういう立場になるらしい。部屋の中はとても広くて、いろんなものがキラキラしてるからか落ち着かない。でも、少将の奥さんならこういった部屋にも慣れないといけないということだ。
(いつか慣れるのかなぁ)
そんなことを思いながら正面のバルコニーのほうを見る。その先に円形闘技場があるからか、そこそこの人数のキラキラした格好の人たちが外を眺めていた。
(……みんな、きっとすごい貴族なんだろうなぁ)
そんな人たちがいる部屋にいてもいいのか不安になった僕は、足音を消して部屋の隅に移動した。
金属の音や大勢の歓声が聞こえるから、剣技大会が始まっているのだろう。もともと痛いのは苦手だから、少将以外の人たちを見るつもりはない。それに少将さえ見られればよかったから、出番まで端っこでおとなしくしていようと息をひそめる。
「あれ? ツバキ?」
それなのに、まさかの人に見つかってしまった。
「……モモハ、さま」
少将以外で、最後のお客さんだったモモハ様だ。
(……そっか。モモハ様も結構な地位の家柄だったから、ここにいてもおかしくないか)
モモハ様は少なかったお客さんの中でも、いいお客さんだった。行為は優しかったし、最後は僕も一緒にイケるようにと気遣ってくれたりもした。僕が甘い物が好きだと知って、いろんなチョコレートをくれたりもした。
でも、こんなところで会うと戸惑ってしまう。どうしようと視線をウロウロさせていたら、モモハ様が笑顔で近づいてきた。
「ツバキ、なんでここに……、あ、そっか。ツバキ、身請けされたんだったっけ?」
「はい」
「そうだ、アララギ少将の奥様になったんだったっけ。じゃあ、アララギ少将を見に来たのか」
「はい、そうなんです」
「旦那様の勇姿を見に来たってことか。もうすっかり少将の奥様って感じだねぇ。格好も貴族らしくなってるし、うん、男娼のときよりずっと可愛くなった」
「男娼」という言葉にギョッとした。
いくら広い部屋でも、僕たちの会話はほかの人にも聞こえているはず。少将やモモハ様は気にしないかもしれないけれど、貴族の中には男娼や娼婦が公の場に出ることを嫌う人たちがいる。そんな人たちに「アララギ少将は男娼を妻にして、こんな場所にまで連れて来ている」なんて思われたら、少将の迷惑になりかねない。
「あの、モモハ様、」
「肌もツヤツヤだし、それに髪も綺麗に伸びて……。うんうん、なんか色気っていうのかな、そんなのも感じる。人妻になると、色っぽくなるもんだねぇ」
モモハ様の話し声に、闘技場を見ていた貴族の人たちがチラチラと僕を見始めた。気のせいかもしれないけれど、みんなの視線が少し刺々しい気がする。
特権中の特権階級である少将の奥さんが僕のような元男娼というのは、やっぱり貴族の人たちには受け入れられないのかもしれない。わかっていたことなのに、お屋敷にいるとつい忘れがちになっていた。
(……帰ろう)
少将は軍人さんだけれど、身分は貴族と同じだ。ということは、貴族の人たちから嫌がられる状態になるのは困るはず。これ以上僕がここにいたら、きっと少将の迷惑になる。
だから帰ろうと思ったけれど、つまづかないように下ばかり見ていたせいで帰り道がさっぱりわからない。
(どどどどうしよう……)
ずっと緊張していたこともあって、不安と焦りがどんどん膨らんでいく。どうすればいいのかわからなくなった僕は、泣きそうな気分だった。……いや、モモハ様が少し滲んで見える。こういうところが情けないと思っているのに、僕は本当に……。
「え? ツバキ、どうしたの? ちょっと、なんで泣いて――」
「俺の妻に何か用事だろうか?」
「しょ、少将……っ」
大好きな声が聞こえた瞬間、勝手に体が動いていた。すぐさま振り向き、すぐ後ろに感じた大きな体にぼふっと顔を埋める。
(…………ししししまった……!)
不安だったせいで、またやってしまった。外ではこういうことはしないように気をつけようと思っていたのに、どうして僕は……!
そうっと少将の顔を見上げると、難しい表情を浮かべていた。これは、そこそこ機嫌が悪いときの顔だ。きっと僕が抱きつくようなことをしたからに違いない……そう思った僕は、慌てて体を離そうとした。けれど、少将の腕が腰に回っているからか離れることができない。
(ど、どうしたら……)
こんな姿を大勢に見られるのはダメだ。なんとか離れようと体をモゾモゾさせていた僕の耳にモモハ様の声が聞こえてきた。
「これはアララギ少将。用事っていうか、ちょっとした昔話をしてただけなんだけどね」
「あなたはたしか、青家 宰相の……」
「あぁ、うん、モモハです。ツバキ、じゃなかった、奥方とは、昔馴染みでね」
「……昔馴染み、ですか」
「ちょっと懐かしくて思わず声をかけてしまたんだけど、どうしてか急に泣き出しちゃってね。……ツバキ、大丈夫?」
ようやく少将の胸から離れることができた僕は、モモハ様のほうを向いて「大丈夫です」と答えた。
「あの、すみませんでした」
「ツバキ、本当に何もなかったのか?」
頭上から聞こえる少将の声が、いつもよりずっと低い。これは、そこそこよりももう少し怒っているときの声だと直感した。僕は慌てて少将を見上げ、「ごめんなさい」と謝った。
「なぜ謝る? ……やはり、何かあったのか?」
「何もないです! あの、モモハ様は昔のお客様で、少し話をしてただけなんです。だた、周りの人たちに見られたことにビックリしたっていうか……。でも、もう大丈夫ですから」
「……それならば、いいんだが」
少将の声が少しだけ柔らかくなった。……もう、怒っていないだろうか。
「あー、そっか、ごめんね? 僕の配慮が足りなかった、ツバキは悪くない」
「モモハ殿、できれば妻を名前で呼んでほしくないんだが」
「おっと、そうでした。大変失礼しました。少将夫人、驚かせてごめんね?」
「えぇと、あの、少将夫人、っていうのは、ちょっと」
「あはは、そういうところは変わらないねぇ。……おっと、これ以上は旦那様の目が怖い。じゃあ、僕はもう行くから。……ふふっ、いい旦那様に身請けされてよかったね」
「はい、僕にはもったいないくらいの旦那様です。……あの、僕のほうこそすみませんでした」
改めて頭を下げると、「気にしないで」と笑いながらモモハ様が部屋を出て行った。見送ってから隣を見上げると、すっかりいつもの顔に戻った少将が僕を見下ろしている。
「ツバキ、このまま最後までいるか?」
問いかけられて、一瞬帰りたいと思ってしまった。部屋にいる貴族の人たちはもう僕たちを見ていなかったけれど、やっぱり気になってしまう。
(でも、少将を見たい……)
僕は両手をギュッと握りしめて「大丈夫」と心の中でつぶやいた。
「少将のかっこいい姿を見たいから、最後までいます」
「……そうか」
「はい」
……あ、少将の目元が少しだけ赤くなった。そういう表情になると、やっぱり可愛い。
「……本当は、これ以上可愛いツバキを見られるのは嫌なんだが」
「へ?」
「ツバキに見てほしいのも本心だしな」
「少将?」
「しかし、これ以上昔の客に会わせるのは……いや、せっかくツバキが見たいと言ってくれたのだし……」
「……あの、やっぱり帰ったほうがいいですか……?」
もし少将が昔のお客さんに見つかってほしくないと思っているのなら、やっぱり帰ろう。そりゃあかっこいい少将は見たかったけれど、少将に迷惑をかけてまで見るのは嫌だ。そう思って「あの、やっぱり帰ります」と言ったら、今度は少将のほうが目を見開いた。
「……俺を見ないで帰るのか?」
「見たいです! 見たいですけど……でも、これ以上ここにいたら、迷惑をかけそうだし……」
「あぁ、いや違うんだ。迷惑ということじゃなくて、だな……なんというか、昔の客と聞くだけで不愉快になるというか、嫉妬してしまうんだ」
「……へ? 嫉妬、ですか?」
「……俺以外がツバキのああいう姿を見たのかと思うと、剣を抜きたくなる」
「そ、それは、えぇと……」
とんでもなく物騒な言葉が聞こえた気がしたけれど、それよりも少将が嫉妬しているという言葉にビックリした。だって、僕は元男娼だ。そういうことを仕事にしていたわけで、数は少ないけれどそれなりのお客さんはいる。
それでも、僕はお客さんを好きになったことはない。初恋は少将で、そのことは少将だって知っている。
(それなのに、嫉妬って……)
どうしよう、口がもにょっとしてしまう。嬉しくて、もにょもにょしながら「僕は、少将しか好きになったことないですから」と告げた。
言ったあと、急に恥ずかしくなった。もちろん言った内容は本心だったけれど、ベッドの上じゃないとなんだかこそばゆい。僕は赤くなっているであろう顔を隠すため、大きな胸に額をくっつけた。すると、少将の大きな手が背中を撫でてくれて、それから体がもっとくっついて……。
「少将閣下、それ以上は我慢してください」
サツキさんの声がして、ハッとした。ここはいろんな人がいる部屋で、貴族の人たちもたくさんいる。視線は感じないけれど、僕たちが抱き合っていることには気づいているかもしれない。
「~~~~!!」
僕は慌てて体を離した。なんてことをしてしまったんだと、ドキドキする胸を押さえながら慌てて少将を見る。きっと困っているに違いないと思った少将の顔は……なぜか少し笑っていて、とても機嫌がよさそうに見えた。
「閣下、軍の控え室にお連れしたほうがよろしいかと」
「そうだな」
サツキさんに返事をした少将は、ヒョイと僕を抱きかかえて部屋を出た。
「ひょぇっ!? あの、少将っ、これはちょっと、」
「大丈夫だ」
(いやいや、何も大丈夫じゃないですって!)
青くなったり赤くなったりしている僕を抱えたまま、少将はズンズンと廊下を歩いた。途中、ギョッとした人や飛び退く人、振り返ったり何か叫び声のようなものを上げている人たちと何度もすれ違った。僕はそんな人たちを見ていることができなくて、ずっと少将の肩に顔をくっつけ続けた。
そうして連れて行かれたのは、大会に参加する軍人さんたちの控え室という部屋だった。
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