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番外編 剣技大会2

 控え室には大きな部屋といくつかの小さい部屋があり、僕は少将が使っている一番奥の広い部屋に連れて行かれた。  この部屋にたどり着くまでの間、扉が開く音や誰かの小さな悲鳴みたいなものが何度も聞こえた。きっと小さい部屋にいた軍人さんたちが僕たちを見てビックリしたんだろう。ということは、僕が少将に横抱きにされているのを何人もの人たちに見られたということだ。 (は、恥ずかしい……)  いや、恥ずかしいなんて思っている場合じゃない。僕はどう思われても構わないけれど、少将が変に思われてしまったらどうしよう。軍の偉い人なのに、誰かわからない男を横抱きにして現れるなんて絶対に変に思われたに違いない。  僕は椅子に座ってから、ずっとしょんぼりしていた。もし少将に迷惑をかけていたらと思うと、どうしても顔が上げられなかった。 「飲み物をお持ちしますので、少しお待ちくださいね」 「……はい」  いろいろ気を使ってくれるサツキさんの顔も、まともに見ることができない。 「大丈夫ですよ」 「え……?」 「軍のあいだでも少将がツバキさんを溺愛していることは広く知られていますから、皆気になって様子を窺っているだけです。まぁ、それも困ったことではありますが」  そっと顔を上げると、苦笑しているサツキさんの顔があった。僕がしょんぼりしているから、励ましてくれたんだろうか。 (サツキさん、いい人だなぁ)  少将の周りはいい人ばかりだ。そんな人たちに心配をかけてはいけないと思い、「ありがとうございます」と笑顔で返事をした。  そんな僕にニコッと笑ったサツキさんが、飲み物を取りに部屋を出て行く。少将も王子様に呼ばれて少し前に部屋を出て行ったから、広い部屋で一人きりだ。「ここで少将は働いているんだなぁ」なんて思いながら、首飾りを指で撫でつつ部屋を見渡す。窓の外にはだだっ広い場所が見えるけれど、あれは訓練する場所なんだろうか。  そんなことを思いながら窓の外を眺めていたら、ゴトッという物音が聞こえた。 (なんだろう……)  音がした扉のほうに視線を向ける。 「ひょぇ……っ」  見ると、扉の隙間にびっしりと人の目が並んでいた。床と天井付近以外が目で埋め尽くされているなんて、ビックリをとおり超えて怖くなってくる。 「あ、あの……?」  声をかけると、ものすごい勢いで扉が開いた。そこには何人もの軍人さんがいて、全員がじっと僕を見ている。 「あ、あの、何か……」  軍人さんが苦手だからか、声が少し震えてしまった。こんなことじゃダメだと思って、膝に乗せた手をギュッと握りしめる。 「僕に、何か用事ですか?」  改めてそう尋ねたら、軍人さんたちが一斉に敬礼してさらに驚いた。 「失礼しました!」 「少将閣下の奥方がいらっしゃると聞きまして、ご挨拶にうかがいました!」 「ご迷惑でなければ、ご挨拶をさせていただいても、よろしいでしょうか!」  あまりの勢いと声の大きさに、ただコクコクと頷くことしかできない。そうしたら何人もの軍人さんが「失礼します!」と部屋に入ってきて、壁際があっという間に軍人さんで埋まってしまった。 「少将閣下の下で百騎隊を率いております、ホウテツ大尉であります!」 「同じくトリイ大尉であります!」 「百騎隊所属、小隊長のゲンカ少尉であります!」 「ヤコ曹長であります!」  僕がちゃんと聞き取れたのはこのあたりまでだった。続けて何人もの軍人さんが名前と階級を教えてくれたけれど、勢いがよすぎるからかまったく耳に入ってこなかった。最後の軍人さんが名乗るまで、僕はずっとぽかんとしたままだった。 「ご挨拶できて、大変恐縮であります!」  最後の言葉が聞こえたあと、部屋がシンと静まりかえる。 (……あっ。僕も挨拶しないと!)  ハッとした僕は、慌てて椅子から立ち上がって「ツバキです」と頭を下げた。そうして「今度こそちゃんと挨拶するぞ」と練習を続けていた言葉を口にした。 「あの、……旦那様が、いつもお世話になっています」  そうして、きちんと腰を曲げてお辞儀をする。 (で、できた……!)  前回、書類を持ってきたときにしそびれた挨拶ができた。これなら少将が恥をかくこともないはずだ。 (それに……ちょっとは奥さんらしいこと、できたってことだし)  自分で「奥さん」と思うだけで口がもにょっとしてしまう。挨拶できたことが嬉しくて、胸の奥がムズムズしてくる。  そんな達成感に浸っていたら、周囲がザワッとしたことに気がついた。どうしたんだろうと首飾りを撫でながら視線を軍人さんたちに向ける。 (……なんで、僕をじっと見てるんだろう……?)  もしかして、こういう挨拶はしないものなんだろうか。少し不安になっていると、それまで静かだった軍人さんたちが一斉に話し始めてまたビックリした。 「奥方は大変可愛らしいと伺っていたんですが、お噂どおりですね!」 「少将閣下が溺愛されているのも納得できます!」 「本日は閣下をご覧になるために、いらっしゃったんですよね!?」 「閣下が大会に参加されるのは四年振りで、皆の士気も上がって大盛り上がりなんですよ!」 「きっと奥方もいらっしゃるだろうと噂はしていたんですが、こうしてお目にかかることができて大変光栄であります!」  次々と話しかけられるから一人一人に返事をすることができない。気がつけば軍人さんたちに取り囲まれていて、どこを見ればいいのかわからなくなっていた。それに、あちこちで「思った以上だぞ」だとか「きょとん顔最高だな」だとか「たまらん」だとか、さっぱりわからない囁き声も聞こえる。 「あ、あの」  困惑しながら声を出したとき、軍人さんの輪の向こうから「皆さん、部屋に戻ってください」というサツキさんの声が聞こえてきた。 「間もなく少将閣下が戻られますよ。地獄の訓練を受けたくなかったら、すぐに部屋を出て行くように」  サツキさんの声とともに、軍人さんたちがサァッと消えていった。 (な、なんだったんだろう……)  やっぱりよくわからなくて、ぽかんとしてしまった。そんな僕にサツキさんが「皆ツバキさんに興味津々なんです」と苦笑している。 「あんなむさ苦しい軍人に囲まれて、驚かれたでしょう?」 「いえ……ちょっとはビックリしましたけど……。もしかして、僕が何かしたからですか?」  僕の言葉に、サツキさんがクスクスと笑った。 「違いますよ。前に閣下を尋ねて軍部にいらっしゃったでしょう? そのときの様子を見かけた人たちが、『少将閣下の奥方はひどく可愛らしい方だ』と吹聴して回ったようなんです。なんともお恥ずかしい限りです」 「か、わいらしく、は、ないと思います、けど」  まさか軍人さんたちに「可愛らしい」なんて噂されていたなんて知らなかった。ビックリして、否定する言葉がちゃんと出てこない。 「いえいえ、ツバキさんはわたしから見ても大変可愛らしいと思いますよ。背はわたしと変わらないくらいなのに、不思議ですね」  ニコッと笑うサツキさんこそ、きれいだと思う。僕なんて、ただヒョロッと背が高いだけの平凡な男だ。それが、どうして可愛いなんてことになるのかよくわからない。 「ツバキ」 「あ、少将」  ようやく少将が戻って来た。ホッとして思わず笑顔になった僕とは違い、少将の顔は何だか困っているように見える。 「少将、どうかしたんですか?」 「あぁ、いや……少しな」  困り顔のまま、少将の大きな手が僕の肩をポンと撫でた。 「俺の出番が終わってからなんだが、第一王子殿下にお会いすることになった」 「…………へ?」 「ツバキが来ているという噂を聞きつけたらしい。妃殿下もお会いしたいそうだ」  第一王子殿下というのは、一番目の王子様のことで王太子のことだ。 (それに、妃殿下って……)  少将の上司である大将のお嬢様で、少将の買い物に付き合っていたあの女の人のことで……つまり、僕の乳首に付いている金色の輪っかを知っている人、ということだ。 「ひょええぇぇぇ!?」  あまりに驚きすぎて、思わず大声を上げてしまった。僕の声に驚いたサツキさんは動きを止めて、少将は片耳を塞いでいる。扉の向こう側で何か大きな音がしたような気もしたけれど、それどころじゃない。  第一王子様と妃殿下に会うことだけでも大変なことなのに、乳首の輪っかのことを知っている人に会うなんて……。 (は、恥ずかしすぎる……!)  僕はあまりの恥ずかしさに、少将の出番が来るまで部屋の中でずっと顔を覆っていた。だから、いつ少将が部屋を出て行ったのか気づかなかった。 「ツバキさん、間もなく少将の出番ですよ」  そう声をかけられて、ようやく顔を上げることができた。  サツキさんに連れられて向かったのは、軍人さんたち用に準備された観覧席だった。すでに剣技大会自体は終わっていて、あとは少将が登場する特別剣技だけだ。  ドキドキしながら円形闘技場を見ていると、いつもと違う茶色っぽい軍服を着た少将が現れた。手には見たことがないくらい大きな剣を持っている。そうして向かい側に現れたのは……真っ白な髪をした軍人さんだ。 「……あの、もしかして相手はヒイラギ中将ですか?」  小さな声で尋ねると、サツキさんが「はい」と頷いた。 「軍部で少将閣下と対等に剣を交えることができるのは、ほんの数人ほどしかいません。それで四年前には大会に出ないと決意されたんです。今回は第二王子殿下たってのご希望で、ヒイラギ中将閣下が相手をされるそうです」 「ヒイラギ中将は、強いんですか?」 「そうですね、我が国でも突出した剣士だと言われています」  そうなんだ。あんなにきれいな人だけれど、すごく強いんだ。そんな人が相手をするくらい、少将も強いということだ。 「形式的な剣技式ですから、危険はありません。安心してご覧になってください」  サツキさんの言葉に頷きながらも、僕の目はすでに少将から離せなくなっていた。  アララギ少将の剣は力強くて、とてもしなやかに動いた。剣なんてまったく知らない僕でも強いんだろうなぁということが、なんとなくわかった。  ヒイラギ中将は少将と違って、とてもきれいだった。まるで踊っているみたいに見えて不思議な感じがした。 (……そうだ、二人はまるで踊っているみたいなんだ)  少将は力強くて、ヒイラギ中将は軽やかだ。全然違っている二人なのに、剣を使って踊っているように見える。僕は、ただただ二人を見つめた。きれいでかっこよくて、僕は見に来てよかったと心の底から思った。 「はあぁぁ……」  剣技大会が終わってからも夢見心地な感じが続いている。 (あんなにすごい人が、僕の旦那様なんだ……)  まるで夢みたいだ。いつもは可愛く見えるのに、今日の少将はとにかくかっこいい。かっこよすぎて、ドキドキした胸が少し苦しい。 「ツバキ、大丈夫か?」 「はい……。少将、すごく、かっこよかったです……」  こうして隣に少将がいるのが不思議だった。かっこよくて可愛くて、そんな少将の隣に僕がいるなんて、やっぱり不思議な感じがする。 「かっこよくて、かっこよすぎて、僕、どうにかなっちゃいそうです……」  ドキドキが一向に収まらない。少将の腕が少し触れるだけで体が熱くなる。本当は顔を見ながら「かっこよかったです!」と言いたかったのに、顔を見るのが照れくさくてそれもできなかった。 「はぁ……僕、ますます少将のことが好きになりました……」  思わずそんなことまで告白していた。言ってからチラッと隣を見上げると、少将の目元が少し赤くなっているように見える。 「そう思ってくれるのはありがたいんだが……。あぁ、なんというか、辛抱するのがこれほど苦痛だとはな」 「へ……?」 「このまますぐにでも帰って思う存分抱きしめたいところなんだが……。さすがに第一王子殿下の呼び出しを無視するわけにはいかないか」 「そ、れは……絶対に、ダメだと思います」  ダメだと言いながら、僕もいますぐ抱きしめてほしいなぁなんて思ってしまった。そのくらい体が熱くなって、あちこちがムズムズしている。そんなことを思っている自分が恥ずかしくて、そっと俯いた。 「……帰ったら、思う存分可愛がってやろう」 「ひゃっ!?」  俯いた僕の耳のすぐそばから少将の声が聞こえてきてビックリした。気のせいでなければ、耳の縁をペロッと舐められたような気もする。  僕は耳を手で押さえながら、「しょしょしょ少将……!?」と裏返った声を出していた。 「さて、さっさと謁見を終わらせるとするか」  なぜかご機嫌になった少将に手を取られ、指を絡めるように握りしめられてしまった。本当ならお城でこんなことをするのはダメなはずなのに、それを指摘することもできない。僕は少し砕けてしまった足腰のまま、ただ必死に少将に連れられて立派な廊下を歩くことしかできなかった。

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