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番外編 旦那様を元気づけたい・前
この国では、秋の収穫祭のときに恋人や家族に贈り物をする風習がある。お互いに身につけるものを贈るんだけれど、男娼だった僕はやったことがなかった。
故郷にも、そういう風習があったのかもしれない。でも五歳だった僕は覚えていなくて、当然娼館でも贈り物をあげたことはなかった。
だから、本当にすっかり忘れていたんだ。
収穫祭当日は、夕方までお仕事だった少将と外で待ち合わせをして、賑やかな街を並んで歩いた。二人でいろんな屋台を見て回って、大好きなチョコレートも買ってホクホク顔で帰宅した僕に、少将が小さな箱を差し出してきた。
「ツバキ」
「これは?」
「収穫祭の贈り物だ」
「……あ!」
言われて初めて思い出した。目の前のきれいな箱を見てから、そっと少将の顔を見上げる。
「あの……、僕、何も用意してなくて、」
「かまわない。これは俺が贈りたかったんだ」
「でも……」
「収穫祭は来年もあるだろう?」
そうだ、来年も僕は少将と一緒にいられる。だから来年、贈り物をあげることができる。そう思ったら嬉しくなって、口がもにょっとしてしまった。
「開けてもいいですか?」
少将が頷いたのを見て、白いレースのリボンを解く。リボンも箱の模様もきれいだなぁと思いながら蓋を開けたら、艶々で赤みがかった紫色の小さな布が入っていた。
「これは……?」
布だけじゃなくて、よく見たら同じ色のレースも見える。
(なんだろう?)
チラッと少将を見ると、椅子に座って僕を見ている。……もしかしなくても、手に取って見てみろってことだろうか。
「……ほぇ?」
箱から布を取り出してみたら、細い紐がスルンと滑り落ちた。
テーブルに箱を置いてから、両手で紐を持つ。真ん中はきれいな紫色の小さな布で、三角っぽい形をしている。縁にレースが付いていて、その小さな布の尖った二カ所からは細い紐が、一カ所からは紫色のレースが伸びていた。
うーん、なんだろう? どこかで見たような気もするけれど、どこで見たのかなぁ……。
「……あ!」
娼館の姐 さんたちが持っていた下着に似ている。それも、商売用の下着のほうだ。
「少将、これって……」
「紐の下着だな」
「紐の下着……」
やっぱり。でも、どうしてこれを僕に?
「毛を剃ったツルツルのツバキに、似合うと思ってな」
「……あ」
そうだ。剣技大会のあといろいろあって、僕はお仕置きで下生えを剃られた。あのとき「この股間に似合う下着を用意しよう」と言われた気がする。……まさか、あのとき言っていた下着って、これのことだったんだろうか。
「少将、これって……」
「黒と迷ったんだが、この色を見たときにツバキの話を思い出したんだ」
「話?」
「ツバキの故郷では、紫詰草がたくさん咲くんだろう?」
「はい、どこの畑にもたくさん咲いてました」
「だから、紫がかったあの花の色に似ているこっちにしたんだ」
紫詰草のことは、少し前にたまたま本の挿し絵に載っていたから出た話だ。ほんの少し話しただけで、そのあとはすぐに別の話になった。たったそれだけだったのに、少将は覚えていてくれたんだ。
そのことは嬉しいけれど、でも、その話からこの紐の下着の色を選んだというのはどうなんだろう。少将って、やっぱり僕より変態かもしれない。
「これから寒くなる。暖かくなってから穿いてくれると嬉しい」
「ええと、はい」
もう一度、小さな布を見た。たぶん、この小さな三角の布が前だろう。こんな小さな布でちゃんと隠れるのか心配だ。
それに、こういう下着はそういうときに穿くものだろうから、ますます隠せなくなるような気がする。だって、そういうときは僕のもそれなりの大きさになるわけで、そうなると絶対にはみ出る。少なくとも、先っぽは出ちゃうんじゃないかな。
そんなことを思いながら、下着を入れている引き出しの奥に大事にしまっておくことにした。
年が明けて、王都に何度か雪が積もった冬が終わるくらいから、少将はとても忙しくなった。
もちろん少将は偉い軍人さんだから忙しいのは当たり前なんだけれど、それにしても忙しすぎるような気がする。だって、お屋敷に帰れない日が何日も続くなんて、ちょっと普通じゃないと思う。あまりに忙しいからか、お屋敷に帰ってきたときも疲れたような顔をしているのがすごく気になった。
「あんなに体力がある少将が疲れるって、相当忙しいんだよね……」
太い眉が少し寄るくらいだから、少将が疲れていることに周りの人たちは気づいていないかもしれない。でも僕には、少将がとても疲れているように見えた。
それに、執事のおじいちゃんが「お城で少し厄介なことが起きているようですね」と話していた。どういう厄介なことかはわからないけれど、少将が疲れるくらい大変なことが起きているに違いない。
「何か、僕でもできることはないかな」
疲れている少将のお手伝いをしたい。でも、元男娼の僕にできることなんて、まずない。もし僕が貴族出身なら、家族にお願いして手伝えることもあるんだろうけれど……。
「……やっぱり、元男娼が妻なんてダメだなぁ」
だって、こういうときに何の役にも立てない。旦那様が大変なときこそ妻ががんばるときだと思うのに、僕には何もできない。
「それでも、少将の役に立ちたい。だって少将は、僕の大事な旦那様だから」
軍人さんや貴族、お城のことでは何も手伝えない。じゃあ、別のことで何かできないだろうか。
少将の疲れを癒せて、少将に喜んでもらえること。少しでも少将が元気になれること。僕でも、できること……。
「……あ!」
あった! あれなら、僕でもできる。というより、元男娼の僕にピッタリだ。
「少将に喜んでもらえるかな」
そうして、少しでも元気になってもらえるかな。いいや、僕が元気にするんだ。だって、僕にはそれくらいしかできないから。
「うん、僕にできることで、元気づけよう」
僕は急いで部屋に行って、下着をしまってある引き出しの奥にあるはずのものをゴソゴソ探した。
もうすぐ少将が帰って来る。朝一番でお城から届いた手紙には、明日からの三日間、休みをもぎ取ったと書いてあった。でも今日も帰りが遅くなるから、先に寝ているようにとも書いてあった。
いつもなら少将に言われたとおりに寝るところだけれど、今夜は違う。ちゃんと起きて待つと決めた。そうして僕ができることで少将を元気にしようと考えていた。
「……これであってるよね」
鏡の前で下着姿の自分を見る。ちなみに、全身が映るほど大きなこの姿見も少将が下着と一緒に買ってきたものだ。暖かくなったらベッド脇に置こうと言っていたけれど、いまはまだ扉の近くに置いてある。
(ってうか、こんな大きな鏡を置いたら邪魔になるんじゃないかな)
そんなことを思いながら、もう一度下着を見た。少将にもらった紐の下着は、思っていた以上に小さな布だった。たぶん穿き方は合っているはずだけれど、どうしても双玉がはみ出てしまう。どう頑張っても小さな布に収まりきらなくて、鏡で見ても両方とも少しはみ出てしまっていた。
「……後ろから見ても、はみ出てるし」
くるりと振り返って、お尻側を見る。いつもの下着なら尻たぶが隠れているのに、目の前には生白い尻たぶが見えたままだ。真ん中には紫色のきれいなレースが一本あって、それがかろうじてお尻の割れ目を隠している。そんなふうだから、少し前屈みになるだけで……。
「うーん、やっぱり見えちゃうよね」
小さい布でも隠しきれない二つの玉が、レースの脇からポロンとこぼれ落ちてしまった。これじゃ隠れていないのと同じだ。
「まぁ女の人には双玉なんてないし、仕方ないか」
それに、下生えがないだけマシかもしれない。もし下生えが生えたままだったら、絶対にみっともないことになっていた。でもツルツルなら小さな布も肌にピッタリくっついていて、それなりにいい感じに見える。
それもこれも、下生えが少し生えただけで少将がきれいに剃っているからだ。そのせいか、いまではあまり生えなくなってきて常にツルツル状態だ。僕は元男娼だけれど、そんな自分の股間を見るたびに少し恥ずかしくなる。
「若くて可愛い男娼だったら、ツルツルでもおかしくないんだろうけど」
僕みたいな大柄で可愛くもなんともない男がツルツルなんて、普通なら笑われるに違いない。それなのに少将は、僕のツルツルの股間を見るたびに満足そうな顔をする。
「まぁ、少将が喜んでくれるなら、ツルツルでもいいか」
うん、ツルツルくらいで喜んでくれるなら安いものだ。それに、ツルツルだからこの小さな下着もどうにかなっているわけで、これで疲れた少将が元気になってくれるなら万々歳だ。
腰の両側で蝶々結びにした紫色の細い紐のせいで、ゴツゴツした男の腰つきがよけいにはっきりする。でも、遠目で見たら案外悪くないかもしれない。少し離れて見てもらって、近づいたらすぐに脱げばいい。それなら骨張った腰も気にならないはず。
「うん、きっと大丈夫!」
もう一度鏡に映ったお尻を見ながら右手で拳を握ったところで、急に扉が開いてビックリした。
「ツバキ、まだ起きて……」
ガチャリと音を立てて開いた扉の向こうには、少将がいた。真っ黒な軍服姿の少将はとてもかっこよくて、少し疲れた顔でもドキドキしてしまう。
そんなことを思いながら少将を見ていたんだけど、……どうして目を見開いているんだろう?
「……ひえぇ!」
(そうだった! 僕はいま、紐の下着しか穿いていなかった!)
しかも鏡の前に立ったままで、お尻側を見ていたから前側は少将に丸見えだ。僕は慌てて股間を両手で隠しながらしゃがみ込んだ。そうしてそっと少将を見上げたけれど、まだ見開いたまま僕を見ている。
「……見ました?」
僕が声をかけたら、ようやく少将が部屋に入って来た。
「見た」
「ですよね……」
うぅ、恥ずかしい。さすがの僕でも、この格好は恥ずかしすぎる。
本当ならガウンを着て、ベッドの上で待っているはずだった。それなのに、鏡の前で確認しているところを見られるなんて、恥ずかしすぎて全身真っ赤だ。
「あまりの光景に、俺の中の獣が目覚めるところだった」
「へ……?」
獣ってなんだろう? そう思って顔を上げたら、目の前に少将が立っていた。というより、キッチリした軍服のズボンが目の前にあって、その股間のところがグンと膨らんでいるのが目に入った。
「さっきまで疲労困ぱいだったのが嘘のようだ」
「へ?」
疲労困ぱいって、やっぱり疲れていたんだ。股間の逞しさには涎が出そうだけれど、疲れている少将に無理はさせられない。
「あの、疲れてるなら、今夜は寝たほうが……」
「頭は疲れているが、体は元気だ。むしろ元気になった」
「へ?」
「ツバキのおかげだな。下着一枚でこうまで元気になれるとは」
「ひゃっ!?」
しゃがんだまま両手をつかまれたと思ったら、ヒョイッと抱え上げられてしまった。
「ぅわっ、少将、」
「さすが我が妻、俺が喜ぶことをよくわかっている」
「ええと、喜んでくれたのは嬉しいんですけど、でも、疲れてるなら、ひゃあ!」
今度はベッドに転がされてビックリした。
「大丈夫だ。それに疲れているときこそ下半身が元気になると言うだろう?」
「え? そうなんですか?」
「少なくとも、いまの俺はそうだな」
よくわからないけれど、少将が元気になってくれたならよかった。
「それに十日間だ。十日間もツバキを抱けなかった。古狸たちの化かし合いのために、十日間もだぞ」
「ええと、」
「せっかくツバキが穿いて待っていてくれたんだ。十日分、たっぷり楽しもう」
少将の言葉にギョッとした。もしかしなくても、これから十日分をシようということだろうか。
「いまなら抜かずの五発も余裕だぞ?」
「ひええぇぇぇぇ……」
少将が元気になったのは嬉しいけれど、さすがに少将相手に十日分は無理だ。可能なら思う存分相手をしたいと思っているけれど、どう考えても十日分は体が持たない。これまでの経験から「しょ、少将待って!」と声をかけたけれど、すっかりその気になっている少将はあっという間に軍服を脱いで僕にのし掛かってきた。
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