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第2話

 これは今から半年前の寧人(よしと)に起きた出来事である。  寧人は大学卒業後からずっとベクトルユーに勤めるシステムエンジニア。  実直真面目、いくつかヒットしたアプリやシステムに関わってきたが社員同士のコミュニケーションが苦手、自分から意見をなかなか言えずようやく言い出した頃には他のものが提案してしまい流れてしまうというほど消極的、指示待ち人間でもあり頼まれたら断れない残念なところがある。  そしてなおかつオフィスに出勤をしないし、休みの日でさえも人の少ない時に散歩に行くくらいであとは通販やネットスーパーで買い物を済ましてしまう出不精。  身なりもそこまで気にせず、月に一度の理容店で同じ髪型に切りそろえるだけ。服も同じ服を何枚か揃えてローテーションで着ている。  リモートワークで割り振られた仕事を淡々とこなし、作業する。しかし苦手なのは週に数回あるビデオチャットである。うまく意思疎通ができず寧人は悩む。 「何でみんなわかってくれないんだろう」  彼は与えられた仕事は丁寧にしっかりとこなせるのだが予定外のことに対応はできない、応用できない、人に伝えるのもダメなのである。本当にダメな男である。  そのためいつのまにか簡易的な作業を会社から彼に大量に振り分けられるのであった。寧人にとってはそれの方がいい、その方が気が楽だと続けていたら昇進もせず同期のSEに追い越されて未だに底辺SEなのだ。給料もほぼ据え置き。  しかし特に彼は浪費する方ではないしお金に執着していないのであまり気にしていないようだ。向上心も全くない。  そしてそれどころか仕事部屋……彼の周りはゴミの山、洗濯物は脱ぎっぱなしそんな部屋でも構いなしに仕事をこなす。全く気にならないのも不思議である。  もちろん料理なんてしない。ほぼ宅配や外食である。今や便利なのでほとんどを頼んでしまっているのだ。  寧人は作業を止めてスマホを見る。 「今日は麻婆丼でいいか」  彼が見ているのはフードデリバリーのアプリである。その「フードジャンゴ」のトップ画面の一番上に出た麻婆丼をポチ、と押す。     一日三食、いや忘れてると一日一食の時もあるのだが、特に何も決めていない。外食も先にメニューを決めてから来店するためサッと食べに行き、すぐ食べ終わって帰るだけ。人間とは極力関わっていないのだ。  注文終えて再びデスクに向かう、ひたすら作業。彼はあごに手をやる。ヒゲは生やしっぱなし。その髭の剃り跡を触るのも自分の中では落ち着くのだ。  髪の毛もいつ洗ったのか。一応風呂は入っているようだが、頭の上からお湯をかぶるだけ。シャンプーはいつしたのか。彼はそれもお構いなしだ。 ピンポーン  と、そこに呼び鈴がなる。何度も呼び鈴が鳴るが、寧人はデスクに張り付いたまま。アプリで部屋の前に置くよう設定したので玄関の前に置かれるはずである。 どさっと乾いた音。配達人によって起き方も違う。音でわかるのだ。雑な人間とそうでない人間と。ちゃんとそれを寧人はきいているのだ。  だがすぐにその置かれる音はしない。配達人はまだ置かないのだろうか、と寧人は思いながらも待っていた。 「はぁ、めんどくさい……要望で家まで上がって机の上に置いてもらうっていうオプションつけてくれないかなー、て無いよなーははっ」  一人で笑っていた。その時である。 「持ってきましたよ」 「そうそう、ありが……えっ?!」  寧人の部屋にフードデリバリーの宅配員が立っていた。ノリツッコミはしたものの、驚きのあまり声が全く出ない。 「お届けに参りました!」  長身でロン毛のお下げ髪、そんな彼がニコニコと立っていたのだ。

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