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1:SIDE 広内
映研の飲み会の後、四年生の竹島さんのアパートに移動して、二人で飲んでいた。
おれはほどよく酔っぱらっていたものの、ひどく緊張していた。
なぜなら映研の部長の竹島さんといえば、脚本も書くし監督もやるしカメラも回すし自分でも役者をやる、いわゆるパーフェクトな人で、見た目もよくて頭もよくて、部内でも構内でも男からも女からも人気があった。
そんな竹島さんと一年のおれがサシで飲む機会があるなんて、思いもしていなかったからだ。
二次会が終わって三次会へ流れようとしているとき、竹島さんは一人帰ると言ってその場を後にした。他の一年もみんな帰るというので、おれも帰ることにした。
みんなと別れて一人になったところに、どこからか竹島さんが現れて、おれに声をかけたのだ。
「広内、ちょっと飲まないか」
もちろん、おれが断るはずはない。
四年生の誘いを断れるはずはないし、そもそも竹島さんの誘いを断るやつなんていない。
だいたい、竹島さんから誘われるなんて、奇跡のような出来事だ。
あの竹島さんに、なんの役にもたたないただの一年の、おれが。
竹島さんはいつも人に囲まれていて、部室でも飲み会の席でも、おれが近くに寄るような機会はそうそうなかった。
それが、初めて訪れた竹島さんのアパートで、小さな折りたたみ式のローテーブルを挟んで、こんな至近距離でいるなんて。緊張しないわけがない。
竹島さんはさっきから、コンビニで買ってきた缶ビールを飲みながら、二次会で先輩たちと盛り上がっていた映画論の続きのようなことを話していた。あいにくおれには難しくてさっぱりだったけれど、竹島さんがおれ一人に向かって話してくれている、というこの状況に、すっかり舞い上がってしまっている。
最近の竹島さんは、機嫌の悪いときが多かった。悪いといっても竹島さんの場合、別に周囲に当たり散らしたりなんかしない。
ただ普段のような快活な表情を見せることが減り、少しだけ口調がぞんざいになる。
そういった気配に、おれは少々びびっていた。
だからこんなふうに、竹島さんが誘ってくれたのは嬉しかった。
おれなんかで、竹島さんの話し相手が務まるのなら。
おれはおれで、竹島さんをこんな間近で見られるのなら。
なんて幸福な時間だ、と思う。
それでおれも、けっこう酔っていたのかもしれなかった。
緊張と興奮で少し、頭でぼうっとしていた。
だからなのか、新しい缶ビールを取って戻ってきた竹島さんの、思いもよらない行動に、反応が遅れた。
というよりも、頭が真っ白になった。
おれの背中はいつのまにか、畳の表面についている。そしておれの上には、竹島さんが覆いかぶさっている。
なんだ、これ。
頭が真っ白で、しばらく何もできずにいた。
何もできないでいるうちに、竹島さんの手はどんどん動いた。
ようやく思考が働いて、あわてて抵抗する。
「た、竹島さん? 何してんですか?」
竹島さんの手が、服の中に入ってくる。頭の中は混乱しっぱなしだ。
反射的に、竹島さんの手をつかむ。つかむけれども、竹島さんの手は一向に止まらない。
悪い冗談だ。竹島さんがこんな冗談をするなんて。意外としかいえない。
「竹島さん、な、何、ふざけて……」
おれの片手を、邪魔だとでも言うように竹島さんが押さえつける。空いたほうの手で押し返そうと試みても、竹島さんはびくともしない。
竹島さんは長身だけれど細身で、一見体格がいいという感じでもない。なのにこんなふうに、容易におれを押さえつけることができるなんて。
おれの鼓動が、どんどん早くなる。
竹島さんの唇が、おれの首筋を這う。
肌がざわつくのを、止められない。
いったい。
いったい何が、どうなって。
「竹島さん、だ、だめです」
竹島さんの唇が鎖骨へ下りてきて、背筋が震えた。
シャツのボタンが器用に外されていく。
自分の息が荒くなって、体温が上昇するのがわかる。
これ以上触れられたら、いけない。
頭の中で警報が鳴り響く。
これ以上触れられたら。
――後に、ひけなくなる。
「竹島さん、だめ、だめです。なんで、こんな」
抗おうとするおれの力は、ひどく弱い。
それでもなんとか抵抗を続けようとするおれの耳元で、竹島さんがいつもの、身体の芯へ忍び込んでくるような低い声で囁いた。
「だっておまえ」
え。
「おれのこと、好きだろ?」
思考が、どこか暗いところへ真っ逆さまに落ちてゆく。
現実が、ひどく遠くなる。
――ああ。
力が抜けて、おれは目を閉じた。
どうして。
――どうして竹島さんが、知っているんだ。
気づかれていないと、思っていたのに。
竹島さんの唇が重なってきた。
熱い舌先で口内を探られて、めまいがしそうになる。
夢にまで見た、竹島さんとのキスだ。
こんなかたちで叶うなんて、思ってもみなかった。
竹島さんの手や唇のたどるあちこちが、熱く熱を持ち始める。
もうなんだっていい。
こんな好機はきっと、もう二度とない。
おれは完全に思考を停止して、ただ襲い来る快感に身を委ねた。
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