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 大学の食堂の、大きなガラス窓から眺めていた中庭に、竹島さんを見つけた。  まっすぐな長い髪の女性と一緒だった。  口紅の赤い人だった。大きな鞄を肩に提げている。芸術学部の生徒なのかもしれない。  こないだ見たのとは違う女性だ。 「なあ、広内はどう思う? やっぱりさあ、ⅡよりⅠのほうが絶対にいいよなあ」  鈴村と青木が隣で、最近流行っている映画の話題に興じていた。ああ、うん、と、おれは曖昧にうなずいて返したが、話に夢中の彼らはおれの返事などまるで聞いていない。  あの翌日、眠っている竹島さんを残しておれは、アパートを出た。  とてもじゃないが、目覚めた竹島さんとまともに顔を合わせるなんてできなかった。  おれの酔ったうえでの妄想や記憶違いでなければ、おれはあの夜、竹島さんに、というか、竹島さんが、おれに。  実際のところ、酔っていたしパニクっていたしで、記憶ははっきりしなかった。   だから、夢じゃなかったか、と何度も思った。  今考えてみたって、ちょっと信じられない。  あの竹島さんが、おれに。  でもふとした瞬間に、断片が蘇ることがある。  竹島さんの息づかいや、指づかい。  俺の名を呼ぶ、低い声。  わずかな痛みと、背筋を這い上がってきたあの――火花が散ったような。 「あ、竹島さん、また違う女連れてら」  友人の声に、はっとして頭を振った。思い出してはいけない。こんなとこで。  火照りそうな顔を、頬杖をついて隠す。 「あれ、去年のミス南大だぜ」 「さすがだなあ、竹島さん」  窓の外に目をやりながら、鈴村と青木が感心したように言う。二人はおれと同じ映研部所属だ。今年の新入部員六人のうち、半数が映画撮影に興味を持っていたり経験者だったりで、残りのただの映画好きのど素人がおれたち三人だった。  彼らの言うとおり、竹島さんが複数の、というよりも常に違う女性を連れ歩いているのは周知の事実だった。連れ歩かれる女性のほうだってそれを承知の上のようで、これといった揉め事も聞かない。  おれだってそんなこと知ってはいたけれど、まさかその竹島さんが、男もいけるとは思わなかった。  女相手だと人目をはばかることもないだろうけど、男なら話は別だ。皆が知らないだけで、おれの他にもいるのかもしれない。いや、きっといるんだろう。  あの翌日、大学の構内や映研の部室で会っても、竹島さんはいつもどおりだった。いたって普通だった。というより、秋の学祭に向けての映画撮影で忙しく、竹島さんがおれなんかと話すヒマどころか、面と向かって相対する瞬間さえなかった。  竹島さんのそばには、いつも誰かがいる。  おこがましくて、おれはとても近づけない。  でも。  ――また、誘ってもらえないだろうか。  叶うならば。  気が向いたときだけでかまわない。  また、触れてくれないだろうか。  あの夜のように。  赤い口紅の彼女の腕が、隣り合って歩く竹島さんの腕に絡みつく。歩きにくそうにした竹島さんが、やんわりとその腕をほどく。彼女はなおも腕を絡めてしなだれかかる。  友人の一人が、いいなあとつぶやいている。  いいなあ、とおれも、胸の内でつぶやいている。

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