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アス第12話

   前のDJがかけていた曲が終わり、一瞬にして空気が変わる。 ブーンというシンセの野太い音が徐々に大きくなり、その上に被せるように音数が増えて行く。 さまざまな音が入り混じり、自分の身体も音の洪水に巻き込まれていくようだ。 周りが海だからか水の中に居るような気分。 この音の洪水の一音が少し波の音に似ているからかな? 何となく海の方を見たら、ちょうど日の入りで水平線に少しだけ夕陽が見えて・・それがすごく綺麗で感動した。 その後、音と共に夕陽も海に引き摺り込まれたみたいに陽が落ちて、俺も音の洪水に身を任せて水中を漂う。 空を見上げたら綺麗な月。 今日は満月だったっけ? ジュンさんには満月が似合う。 暗いはずの夜に太陽を喰らいそうなほどに光り輝く満月のイメージ。 この曲にもピッタリだな。 ステージを見るとキラキラとさまざまな色の光が交差する照明の中、ジュンさんの真剣な表情が浮かび上がる。 パソコンを見ながら時々シンセのツマミをいじる姿は本当にカッコ良くて・・音とセットで完全なる美を観客に魅せつけていた。 何故か分からないけど、いつものひねくれた感情は形を潜め、幼い頃のような素直な気持ちになる。 ちょっと涙が出そうだ。  隣にいるキョウにそっと頭を撫でられ、頬も撫でられる。 その手が下りて腰にまわされたけど、俺は抵抗する気にもなれずそのまま身体を預ける。 二人で寄り添ったままジュンさんのライブを最後まで見た。  いつの間にかライブは終わっていた。最後の方はちょっと放心状態だったかもしれない。 ちゃんと耳に音は入って来てるんだけど、音に身を任せるのが心地良すぎてトリップしてた感じ。 横でキョウが支えてくれてたから安心して身体の力を抜いていられた。 ジュンさんの音楽は一般受けしないって聞いたけど、どうしてだろう? こんなに凄くて心地良いのに。 「アス、大丈夫?もうライブ終わったし、ちょっとあっちで座らない?」 キョウに連れられ、フロアから離れてた海が見えるベンチに座る。 広い公園だから周りに人気はない。 「飲み物買って来るからちょっと待っててね。」 キョウのいないうちに少し頭を冷やそう。 トリップした意識を少しずつ現実に戻す。  キョウがミネラルウォーターのペットボトルを二つ持って帰って来た。 「はい。冷たいからスッキリすると思うよ。」 「ありがとう。」 キャップを捻って開け、ゴクゴクと半分ほど一気に飲み干す。 「はぁ、水美味いな。あ~やっと喋れた。何か胸がいっぱいで言葉に出来なかったんだよな。やっぱり凄いな。ジュンさんの音楽って。」 「・・・アスにそんな顔をさせるのが親父ってのはムカつくけど、まぁそうだね。あの人の音楽は凄いとオレも思うよ。」 「ははっ・・・・・・・」 しばらく沈黙が続く。 「・・・なぁキョウ、お前本当に俺のこと好きなの?何で?もっとかわいい子も美人なお姉さんもお前の周りにはいっぱいいるじゃん。」 「突然どうしたの?アスがそんなこと言うとは思わなかったよ。オレ、昔からアスしか見てないよ?長年無視してたのは本当に悪かったと思ってるけど・・まだ信じてくれないの?」 「ん~、いや、自分でもよく分かんねぇけど・・・何かジュンさんのライブ見て、俺のちっぽけな虚勢とかプライドとか意味ねぇよなって思ってさ。素直に言葉にしてみただけ。キョウを責めたいわけでも信じてないわけでもない。素朴な疑問?」 「アス、オレは他の女がどれだけかわいくても美人でもどうでもいい。もちろん男も。アスだけが、明日楽だけが好きだ。理由なんか分からない。ただただ明日楽だけを求めてる。それだけだ。」 「俺さ、まだよく分かんねぇけど、無視されてたことはまだ許さねぇけど、キョウのことは多分好きだよ。」 「多分かよ。あ~あ、オレ、アスに絶対好きって言わせようと思ってたけど、それが親父の音楽の力で叶ったってのが腹立つし情けねぇわ。カッコ悪。しかも"多分"だし。」 「ははっ、キョウはカッコいいよ。俺、"多分"だけどやっぱりキョウのことが好きなんだよ。だって他の男とは絶対にこんなことしようと思わないもん。」 そう言って俺はキョウに触れるだけのキスをした。

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