14 / 14

おまけ:その後の神様

    アルスが消えてからしばらくが経った。陽が昇りかけて少し明るくなっているが、街は嵐に襲われている。  何度試してもアルスの正確な位置が分からない。ひとまずアルスが汚されないようにと”街で一番大きい”という娼館を壊してはみたが、そこに居たのかも掴めなかった。  やはり体を繋げておくべきだった。そうしておけば、こんなに難航することもなかった。 『神様』  心配そうな声が届く。湖の真ん中の岩に居た神様は、おずおずとやってきた熊に視線を向けた。 『ごめんなさい。アルスを街に案内しちゃって』 「……貴様の責ではない。気にするな」 『それでね、街に暮らしてるカラスに情報をもらったんだ。アルスが、知らない男と居たって』 「男……?」  目の前に神様がやってくると、熊は申し訳なさそうに目を伏せる。 『カラスはアルスのことを知らなかったからあんまり深追いしてなくて、どこに行ったのかまでは分からなかったんだけど……人間臭くない、神様に気配が近い男だって言ってたから、アルスで間違いないと思う』 「その男とはどのあたりに?」 『街の真ん中から少し外れたところに向かってたって言ってたよ』 「そうか」 『……神様。アルスの居場所、分からない?』  他意はないのだろう。熊はアルスと仲が良かったから、寂しくなっているだけである。  それでも神様には核心を突かれたような気がして、苦い気持ちがこみ上げた。  アルスに本気で拒絶されたとき、神様はアルスを追いかけることは出来ないだろう。アルスが誰かを愛しているところを見るのも苦痛だ。だから神様はアルスと体を繋げなかった。  アルスは神様を絶対に好きになる。だって神様としか接していない。恋情を抱くのなら神様以外にありえない。そうやって過信しながら、”もしかしたら”と微かな可能性に怯えた結果がこれである。 (……逃げられたら……)  どうだろうか。逃げられた現実が目の前にあるのかもしれない今、神様はアルスを諦められるのか。  アルスが一緒に居た男と共にこれからも生きていくという未来。それを思いながらこの場で一人、色のない毎日を過ごすというのか。 「……落ち込むな。アルスはまたここに戻る」  神様がそう言うと、熊がパッと顔をあげる。 『本当……?』 「ああ。……アルスは今、少し散歩に出ているだけだ。喧嘩をしたわけでもない」 『そ、そっか、良かった。アルスにまた会えるんだね』 「約束しよう」  ——でもなければ、神様は”神様”の役割を忘れて、人間をすべて殺してしまうかもしれない。  アルスを神様から奪おうとする人間を許せる気がしなかった。アルス一人だけをこの世界に残し、いっそのこと神様を選ぶことしか出来ないようにしてやってもいい。  アルスを”生贄”に出来なかった時点で……いや、アルスに対してだけ弱気になってしまった時点できっと、手放せない未来は決まっていた。  今更、いったい何に怯えていたのか。  ご機嫌に森に戻っていく熊の背中を見送って、神様は空を見上げる。  嵐は続く。神様の気持ちが荒れている証拠だ。アルスも気付いているだろう。神様の心を知り、どこかでアルスも神様を思っているだろうか。 (昼になっても戻らなければ……)  もしかしたらアルスが自ら戻るかもしれないと、そんな可能性を考えて神様は少し留まった。もしもすぐに戻ってくるのなら、神様はまだアルスのことを許せるだろう。  けれどそうでないのなら、あまり寛容は出来ないかもしれない。  ゆっくりと陽が昇っていくのを、神様はただ静かに見上げていた。     「どこに行く」  神様の声が聞こえた。それは、アルスが森に踏み入れるのと同時だった。  小屋の裏から森に入ろうとしただけだった。一度だけ食べた木の実をまた口にしたくなったのだ。神様はいつものように湖の真ん中に居るのだろう。小屋に隠されてアルスの動きは見えないはずなのだが、神様はなんとアルスの行動をしっかりと言い当てた。  アルスが足を止めて振り返ると、ちょうど目の前に神様が舞い降りた。表情は固い。いや、機嫌が悪いのか。 「……少し、木の実を」  アルスが言い終わるより早く、空から何十羽もの小鳥がやってきた。それぞれ木の実をくわえており、アルスの周囲に落としていく。すべてがわっと飛んでいくと、神様がそれを一つ摘み上げた。 「ほかには?」  それはまるで「これでいいんだろ」と言わんばかりの声音だった。 「……ないです」 「では戻れ。一人での行動は許容しない」 「それなら神様も一緒に行けば、」 「私は外には出ない」  軽々とアルスを抱き上げると、神様は裏口から小屋に入る。本当は抱き上げる必要もない。神様なら触れなくともアルスを移動させることはできるのだが、そこは神様の下心あっての行動である。  アルスをそっとベッドに座らせると、神様はそのままアルスの肩に額を押し付けた。どこかに行くと焦ったのかもしれない。以前よりも鮮明に気配が分かってしまうからこそ、敏感に反応してしまうのだろうか。 「……僕はどこにも行きませんよ」  そう言ってみても、神様からは特に反応は返らなかった。  神様が少し体重をかけると、アルスは神様と共にベッドに倒れ込む。体がぴたりとひっついて、少しだけひんやりとした神様の体温がアルスには心地良く感じられた。  ふと、側にある窓から晴天が見えた。今日は気候も穏やかで、空はどこまでも晴れ渡っている。神様の心が落ち着いているのだなと、アルスは神様を抱きしめて静かに微笑んでいた。  

ともだちにシェアしよう!