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第1話

上住(うえずみ) 蒼太(そうた)、二十四歳。 性別、オメガ。 そう記入欄に書いていると、後ろから覗き込んだ恋人の橋本(はしもと) 洋哉(ひろや)が「綺麗な字、書くよね。」と話しかけてきた。 「そう?」 「うん。書は心画なりって言うけど、確かにそうかも。蒼太は性格も良い」 「……褒めても何も出ませんが」 「何か欲しくて言ったんじゃないよ。ところでそれ、何?」 記入用紙を訝しげに見た彼に、「ああ」と声を零しそれを手渡す。 「明日久々に病院に行くから、問診票を先に書いておこうと思って。」 「病院!?聞いてないけど!?」 「あ、病気や体調不良じゃないよ。毎年、年に一回は検診を受けるようにしてて、その検診日が明日なんだ。任意なんだけど、オメガ性の人にはそういうのがあって。」 「……そうなんだ。その検診でオメガ特有の体調の変化を見たりするの?」 「うん。例えば……抑制剤が合ってるか、とかかな。」 「へぇ……。オメガの検診自体、あるのを知らなかったよ。」 問診票を見た洋哉──ヒロ君が、「ここは?書かないの?」と指を指す。 その顔はニヨニヨしていた。 彼の指先を追うと『番がいますか』と質問事項が書いていた。その隣には『はい・いいえ』。 「書くよ。まだ記入途中だから」 「番の名前は書かなくていいの?」 「書かなくていいの。ていうかそもそも、まだ番じゃないでしょ。もう、ベッタリしないであっち行ってて。」 そう言っても離れない彼。 彼の気にしている質問の『いいえ』に丸をしようとして、彼が「何で!?」と驚いて僕のペンを持つ手に手を重ねてペンを持ち、『はい』に丸をつけた。 「ちょっと!まだ番じゃないってば!」 「『運命の番』は立派な番じゃん!」 「……僕の項見る?何の跡もないよ」 「ねえねえ、俺の名前書いていい?ここにちっちゃく」 「話聞かないし……。だめだよ。書かないで」 「えぇ……」 「そんな顔してもだめ」 手を離してもらい、他の質問事項にも答えてペンを置いた。 番と質問欄については、後で『運命の』ということを伝えればいい。 アルファは独占欲が強いので、ここで下手に訂正にて『いいえ』に丸をつけるのも少し怖い。 「明日仕事でしょ。何時に行くの?」 「終わってから、十八時くらいかな。」 「俺はついて行ってもいいの?」 「別にいいけど……普通ついてこないよ。」 「じゃあ終わりに迎えに行くだけにしようかな。」 「うん。ちょっと時間がかかる時もあるし、その方が僕もありがたい。」 「わかったよ」 頬にチュッとキスをされ、ヒロ君が離れる。僕に背を向けてソファーに座った彼をじっと見る。 頬にキスした。何で頬なんだ。 どうせなら口にしてよ。 と、そんなことを思いながら。 「めちゃくちゃ視線感じる」 「……見てるからね」 「俺のこと好きだね」 「ヒロ君がでしょ。何でちゃんとしてくれないの」 「何を?」 わかってるくせに。 ムッとして彼を無視し、問診票を手に取ってファイルに仕舞う。 忘れないようにバッグに入れておこうと立ち上がると、いつの間にか隣に立っていた彼に抱きしめられて驚いた。 「怒らないでよ。キスさせて?」 「……いらないもん」 「俺が欲しいの」 そう言われ、唇が重なる。 休日の昼間、いつもの日常だった。

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