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第11話

「カード集めてる?よかったら見せてよ」 「交換条件、そっちも手札を明かせよ」 ジェニーのおねだりにスワローはポケットを漁って数枚カードを取り出し、鮮やかな手並みで扇状に広げる。 ジェニーもいそいそと懐からカードを出し、掌中で切り雑ぜる。 両者向き合って路地裏に蹲り、互いに目配せして掌中のカードを一枚おく。 「ワーウルフ・パーシー。最終懸賞金額712万ヘル、逮捕時の犠牲者数125人」 「コヨーテ・ニック。最終懸賞金額1200万ヘル、逮捕時の犠牲者数201人」 「ああっ、負けた!」 「弱っちい」 「本番はこれからよ、すぐ巻き返してやるんだから」 大袈裟に天を仰ぐジェニーに笑みかけ、場に投げおかれた二枚を見比べる。 カードの表面に印刷されているのはいずれ劣らぬ凶相の男。 狼男のように毛深く、たてがみに似せて野暮ったいもみあげの男を指さすジェニー。 「パーシーは田舎町の牧場の四男坊で、自分の前世は狼だって信じ込んでたのよね」 「満月の晩は血が騒ぐ、だっけ。テメエを狼男だと思い込んで家畜を襲ったってゆーから大分きてるぜ」 「子供の頃から自分んちで飼ってた牛馬鶏を獣姦して食べてたのよ」 「どっちかってーと狂犬病にかかったみてえな振る舞いだけどな」 「ヴィクテムは尾てい骨だっけ?パーシーのトレードマーク、人体改造手術で骨格を接いでしっぽを移植してたの。ちゃんと神経も繋がってて動かせるのよね」 「徹底して狼になりきろうとした執念だきゃ凄いな」 「きっと見た目から入りこむタイプよ」 「そのまま野生に帰りゃよかったのに」 「落札したのは暇とお金を持て余した大富豪のマッドサイエンティスト。史上最悪の殺人鬼の体の部品を継ぎはぎして、完全なる殺人機械(ナチュラルボーンキラーズ)を作るんだってインタビューで息巻いてたわ」 「素晴らしい趣味ですこと。尊敬するヤツはヴィクター・フランケンシュタインだな、電気を通しゃ灰に返るぜ」 スワローがカードの端を弾いて茶化す。 賞金首が支払ったヴィクテムのうち眼球や四肢、皮膚や臓器などの体の一部は丁重に保管され、民営の刑務所と保険会社が共同出資するオークションにかけられる。 世間を震撼させた殺人鬼の体の部位・器官・愛用品はシリアルキラーコレクター垂涎の的につき、毎回目玉のとびでるような値がつく。 お縄になった賞金首に拒否権はない。 いわんや所有権もない。 ヴィクテムは賞金首の為にあるのではない、被害者や遺族の報復心を、ひいては因果応報を渇望する群集心理を充たす為に成立した社会システムだ。 大きな犠牲を払って一命をとりとめても人権やプライバシーの一切は剥奪され、その多くは残り一生劣悪な監獄で死ぬより辛い余生を送る羽目になる。 懸賞金の出資者がヴィクテムを登録しなければ生殺与奪は彼もしくは彼女を捕らえた賞金稼ぎに委ねられる。 カードの裏面に書かれた来歴に目を通しながらジェニーが呟く。 「目には目を、歯には歯を。筋は通ってるよね。知ってる?この国に警察がいた頃は、どんな最悪の人殺しもきちんと裁判の手続きを踏んで求刑されたんだって。国に選ばれた陪審員や裁判官が話し合って……被害者や遺族の気持ちを、ついでに国民の感情を逆なでする判決が出ることもよくあったって」 「まどろっこしいな、その場で殺っちまえばいいじゃねーか。どのみち生きてたってしょうがねえクズなんだからかっさばいて臓器ばら売りするか新薬の献体にしたほうが世の中に貢献するぜ」 「そんなふうに思う人がたくさんいたからヴィクテムができたのね」 「テメェの手を汚したくねェ偽善者どものかわりに、ご親切にも私刑を成り代わってくれる法律さ」 「オークションに出せばたんまり儲かるし。殺人鬼の愛用品に囲まれたい変人が多いのよ」 服でも靴でも凶行に使用したナイフでも、一旦オークションに流れたらシリアルキラーを愛でる倒錯した物好きに落札されると相場は決まっている。 新聞やラジオはじめメディアで大々的に報じられるせいもあり殺人鬼の追っかけは実に多い。 ありきたりの刺激じゃ満足できなくなった不感症のセレブ連中には、殺人者の所持品や生体標本すら居間を賑やかしてくれる変わり種のハンティングトロフィーに過ぎないのかもしれない。 落札したあとはご自由に、食べるもよし飾るもよし見せびらかすもよし。 オークションで得た莫大な収益の一部は病院や養護施設に寄付されるから、何十何百人を利己的な動機で殺した悪党の命も社会に還元され役立っているのだ。 スワローは斜に構えた感想を抱く。 「生きる価値はなくても生かす需要はある。世の中うまくできてるぜ」 「隙あり!」 ジェニーがカードをすばやく捲りとり、スワローが気色ばむ。 「あっずりぃ!?」 表には凶悪な形状の鋏を構え、清潔な白衣に身を包んだ女理髪師が刷られている。 「ブラッディシープ・バーバーメリー……毛刈りが趣味の未亡人の殺人鬼、職業は床屋。夫の死後一人で店を切り盛りしてたんだけど、その裏じゃ被害者の髪の毛を収集して、セーターやマフラーをどっさり編んでたのよね。真っ白い髪ほど綺麗に染まるから、ねらうのはもっぱらお年寄り」 「人毛マフラーってどうなんだ?あったかいのか」 「どうだろ?カツラにはなりそうだけど。旦那へのクリスマスプレゼントが買えなくて髪の毛を売った人がいたじゃない。編んだ洋服は教会のチャリティバザーで売ったり孤児院に寄付したんですって。凶器は鋏と剃刀、男性には死後髭を剃ってあげるサービス付き」 「散髪後にやれ」 「被害者の血で真っ赤に染めたかったって本人が供述してる」 「髪の毛フェチか……」 「洗ったら色落ちしない?」 「血の汚れは頑固だってゆーし大丈夫じゃねーか」 現在進行形で二人が繰り広げているのは殺人鬼の懸賞金と犠牲者数を強さに見立てた、悪趣味なカード遊びだ。 お菓子のおまけについてくる賞金首ないし賞金稼ぎのトレーディングカードで対決、交換しつつ勝ち負けを競うのだが、殺した数が多く懸賞金が高いほどレアで強力という身も蓋もないルールだ。 どれを引くかは完全にランダム、開封後のお楽しみ。最終的に懸賞金が百万を超えたレアカードはマニアの間で高額取引される。不謹慎のきわみである。 前に並べたカードを人さし指でリズミカルにタップし、スワローは眉を左右非対称にはねあげて疑問を呈す。 「もともとは手軽に配って顔と名前を刷り込む目的だったらしいが、どの程度ご利益あンの?」 「遊んでるうちに自然と覚えるからまったく無駄でもないよ、注意喚起になるかは怪しいけど」 「カードだけ抜いて中身を捨てるガキもいるんだろ?」 「お菓子は弟たちにあげちゃう。喜んで食べるよ」 「どこにでも持ち歩けるコンパクトな悪党名鑑だと思えば実用的だな。どこで一仕事終えた凶悪犯とすれ違うかわかんねーもんな」 それだけ犯罪発生件数が多く賞金首は身近な存在なのだ。 子どもがお小遣いで買える駄菓子に賞金首の顔を刷ったカードを仕込み、出会いがしらの挨拶を兼ねた日常の遊びとして定着させたのだから目論見は大成功といえる。 「どれか欲しいのある?」 「じゃあワーウルフ・パーシーとフライ・マクドネルを」 「却下」 「早ェなオイ」 「狼と蠅じゃ釣り合いとれない。バタフライ・ルイリーならいいけど」 「モス・ボスは?」 「蝶と蛾を一緒にしないで!」 「なんで賞金首の通り名は虫けらなんだ?蠅だの蝶だの蛾だの……俺だったらごめんだ」 「ランクが上がれば動物になるよ。ジラフとかゼブラとか草食のうちは弱いけど」 「連中あっさり食い殺されるもんな」 「沢山殺すほど強さが広まって名前が売れる。通り名も虫から動物、草食から肉食、その上の架空の生き物に出世する。虫にも特殊能力持ちがいるから一概には言えないけどね、なんにでも例外はあるってこと」 「スキルや性質にちなんで後付けするパターンも多いな」 「遊び心よね」 「痛々しい……名付けた奴のセンスを疑うぜ」 賞金首の異名は自称と、その行いにちなんで名付けられるケースの二種に大別される。子どもも一発で覚えやすいようにという間違った方向の配慮だ。 スラム街の路地裏で意気投合しやいのやいの雑談しながら手持ちのカードを交換する少年少女。地べたに並べ置いた手札を次々捲っては「やった!」「また勝ち」と子どもっぽくはしゃぐジェニー、そんな彼女に時折笑みを見せて、自分のターンが回ってくるたび「よっしゃ!」「ちっ、ハズレだ」と喜怒哀楽の起伏に富んだ百面相を演じるスワロー。相手の手の内を読み裏をかく駆け引きを丁々発止と繰り広げる。 異名の話の延長で、集めた手札を切り雑ぜながらスワローがぼやく。 「俺が登録する時ゃぜってーもっとマシなのにする」 「賞金稼ぎになりたいの?」 ジェニーが膝を寄せ訊いてくる。 スワローは一瞬手を止め、彼には珍しく考え深げな目を地面に落とす。 赤錆の瞳に去来する冷めた思慮と倦怠に沈む達観が、あどけない面立ちを大人びて見せる。 「……さあな。どうなるかなんてわかんねーよ、考えるだけ時間の無駄だ」 韜晦の表情で黙り込み、やり場のない苛立ちをごまかすよう高速シャッフルを再開する。 スワローとて今の時間がずっと続くとは思ってない。 早くて数年後には確実に変化が訪れる、人生の岐路で不可避の選択を迫られる。 いずれはトレーラーハウスを巣立ち一人で生きてかねばならない。 その時ピジョンは? あの何をやらせてもダメダメなクソ兄貴はどうする? 物心ついた時からずっと兄がそばにいた。 母と別れる将来は想像できても兄と離れる未来は考えられない。 別れ際にべそかくピジョンの顔がちらついて胸がやけにざわつく。 さっきは少しやりすぎただろうか。 いや、そんなことはない。 俺は悪くねえ、断じて悪くねえ。あいつがいつまでもめそめそ萎えることぬかすから悪いんだ。挙句にドラム缶から落ちたラジオに真っ先に駆け寄りやがって、ンな暇あんなら俺の足の心配しろ。結構痛かったんだ、骨にヒビいってたらどうする?どこの馬の骨ともわからねぇ画家といちゃいちゃしてんのも気に入らねぇ、使い走りで媚び売りやがって。 ピジョンが自分をさしおいてラジオを抱き起こしたのにむしゃくしゃする。 脳内で再生された、説教臭い大昔の流行歌にもイライラする。 ジェニーは構わず、ひとり妄想に酔ったようにご機嫌な調子でまくしたてる。 「一攫千金の近道だもんね。大物ひとり捕まえたらがっぽり稼げるし、スターダムにのし上がって取材が殺到するし。トップランカーになったら行く先々で握手やサイン求められて大変よ、あなた位キレイな顔してたら熱狂的な追っかけが沢山できそうね」 賞金稼ぎは憧れの職業だ。 この国の子どもたちは賞金稼ぎの[[rb > ]] 売女の息子《サノヴァビッチ》。俺の街に淫売くせェドブマンコの匂い撒くなって伝言回ってねーみてえだな?」 極大の侮蔑と嫌悪を含んだ恫喝が鼓膜を打つ。 路地の入口を突如として大柄な影が塞ぐ。 影は複数の取り巻きを従えていた。ジェニーの顔色が豹変する。 逆光を背に立ち塞がったのは、耳朶や鼻、唇に無数のピアスを開けた筋骨逞しいスキンヘッドの青年。年の頃は二十前後か。タンクトップから剥き出しの隆々たる上腕と鞣革を張ったような光沢ある頭皮にどぎついトライバルタトゥーを入れている。 スワローはあっけにとられて、リーダー格のピアス男を指さす。 「何この空気読まずに沸いた蛮族。彼氏?」 「冗談!このあたりで有名なろくでなしのボスよ、群れてやりたい放題暴れてる不良たち」 「よかった、修羅場かとあせったぜ」 火遊びがバレて痴話喧嘩にまきこまれるのはごめんこうむりたい。 ボディピアスは沸々と怒りを燃やし、残忍そうに濡れ光る眼を細めて前に出る。 「よそ者の分際で人の女に手ェ出しやがって」 「こう申してますが」 「妄想癖があるのよ。13歳以上30歳以下のこの街の女はみんな抱いたと思ってる」 「可哀想に、非モテが僻みをこじらせたか」 ジェニーが深呼吸し、気迫で負けじと青年を睨み据える。 「一回寝た位で調子のらないで、だれがアンタの女よ、大ボラ吹かして回るの迷惑してンの!」 「一回は寝たのかよ。悪趣味がすぎる」 カードを片付けて呆れかえるスワローにジェニーが顔を歪め、そっぽを向いて吐き捨てる。 「……そうしなきゃ母さんやジニーたちを痛めつけるっていうから……」 脅されて嫌々か。 ボディピアスが唇を捻じ曲げて嘲笑い、手柄を誇るように横柄な口調で堂々言ってのける。 「お前だって気分出してたじゃねーか。俺の下でひんひん腰振ってマンコぐちょ濡れにしてよ」 「そーゆー下品なトコ大っ嫌い。二度と近付かないで」 「上の口でぺちゃくちゃ唾とばして下の口はゆるがば涎たらしまくって、どっちもびしょぬれだなア?どーせツッコんじまえばあんあん喘いで腰振るんだろ、テメェのお袋そっくりの糞ビッチだ。まだそこのダイナーでウェイトレスやりながら客とってんのかよ、このへんの野郎はみんな穴兄弟だって親父が言ってたぜ」 精一杯虚勢を張ってリーダー格と対峙するジェニーの足が細かく震えている。 今にも失禁しそうな恐怖と暴露の恥辱とで涙ぐみながらも、下卑た哄笑でトップに追従する不良集団に気丈に挑む。 ボディピアスは唇を噛んで打ち震えるジェニーに大股に詰め寄るや、彼女のまだ薄く膨らみに乏しい胸を鷲掴み、わざと痛みを与えるよう捏ね回す。 相手を気持ちよくさせることなど微塵も考えない、したがって前戯ですらない。 ただただ仲間に見せつけ場を盛り上げるためだけの、自分の所有物を主張するためだけの猥褻かつ下劣な行為を、力ずくで押さえこまれた少女はヒステリックに拒絶する。 「ッ……やめてよ!」 「お前んち全員種違いなんだろ?弟どもの親父もだれかわかんねーときた。なァ、実は兄妹だったらどうする?ずっと前からあそこでサービスしてんだろ?カワイイ妹がちゃんとオンナになったか、身体検査してやんのも兄貴の務めで特権だよな?」 「近寄らないでよ反吐がでる、いくら母さんだってアンタの父親のような醜男しゃぶるほどおちぶれてない!」 「チップ欲しさに何でもするって聞いたぜ?テーブルの上で大股開いてアソコにポテト何本ツッコめるか挑戦したんだろ?」 「ーっ!!」 「貧乏アパートで母子四人暮らしじゃ何かと物入りだもんな、客に媚びなきゃ食ってけねーか」 分厚い手が乳房を掴み、無防備なキャミソールの上から乱暴に揉み立てる。 「いや、離して!!」悲鳴じみて甲高い抗議、激しく抗うジェニーを壁際に追い詰めのしかかる姿は完全にさかったけだものだ。 半泣きで嫌がるジェニーの様子がサディスティックな興奮を煽ったか、仰け反る首筋を貪って膝を割り開く。 「やれ、やっちまえ!」 「ビッチがお高くとまってんじゃねえ、とっくに処女膜破けてんだろ、テメェも下の口で熱々ポテト食えよ」 「糞ビッチの中古穴にデケェの突っ込んで塞いじまえ!」 「クリにお揃いのピアス嵌めておでかけだ、今度はひとりじめせず俺達に回してくれよ、正気がなくなるまで可愛がってやっからさ」 衆人環視の中で辱められる哀れな生贄となった少女。 身も世もなく泣き叫び助けを求める声は隣り合ったアパート含め近隣一帯に響いてるはずなのに、悪評ふりまく愚連隊との関わり合いを恐れてか、保身を優先する隣人たちは誰ひとり現れない。皆被害者に落ちる位なら傍観者でいたいと良心に蓋をして無関心に徹する。 路地を包囲した取り巻き連中が口笛を吹き囃し立てる。[[rb:生贄の羊 > スケープゴート]]を中心に祭り上げ狂乱に乗じた暴力がもたらす高揚は瞬く間に伝染していく。 空き瓶を振り抜いて壁を殴打、鋭く尖った断面をぶん回し奇声を発する少年たちが暴徒化し無秩序の渦へなだれこんでいく中で、スワローは右の耳朶に指をあてがいおもむろに安全ピンを抜き取る。 「!っ、」 耳朶に疼痛が走り、抜いた針先に一滴血の玉が結ぶ。 ジェニーが半狂乱で泣きじゃくり、おこぼれを期待して野卑ににやけた子分どもに両側から押さえ付けられ下着を剥ぎ取られていく。 両脚を掲げられ、大きく股を開かされた痴態にボディピアスが舌なめずりし子分をけしかける。 「コイツ右の乳首が敏感なんだ、噛むといい声で啼……」 ねばっこい嘲弄が途切れ、ジェニーの胸を揉みしだく手が止まる。リーダーの異変に不審が拡散、路地裏に屯う少年たちがざわつきはじめる。 困惑顔のジェニーにズボンの前を寛げ押し被さった姿勢のまま、すっかり竦みきったボディピアスのうなじを生ぬるい吐息がなでる。 「乳様突起って知ってっか?耳の後ろにあるんだけどさ」 まさにそこ、耳の後ろの突起をピンポイントで刺し貫かれて。 「このしこりを突くと運動機能が麻痺するんだと。おベンキョーになったろ」 それは声変わりを迎える前の、清廉に澄んだ少年の声だった。 こんな状況でなければ恍惚と聞き惚れてしまうソプラノの美声だ。 さざなみだつ戦慄が背筋を駆け抜け、全身の毛穴が開いて大量の脂汗が噴き出す。 全身が痺れて身動きできず、眼球だけ動かして背後を確認したボディピアスは、そこに限りなく淡く微笑む金髪の少年を認める。 手入れの悪いモップのように跳ねた寝癖、無造作に伸ばした前髪の奥、長い睫毛に縁取られた完璧なアーモンド型の眸がしてやったりとほくそえんでいる。 まるで悪戯が成功した子ども。 だがその悪戯はあまりに物騒すぎる。 スワローは無邪気に声を弾ませ、少年の耳を貫いた針をぐりぐり捩じる。 肉と神経を巻き添えに、容赦なくねじこむ。 「あ、あがっ、テメ何」 「母さんのトコに通ってた医者に教えてもらってさ、いちど試してみたかったんだ、人体の急所ってヤツ。あのヤブもたまにゃホントのこと言うんだな、見直したぜ」 新たに穿たれた穴から点々と血を垂れ流す少年の背に寄り添い、淫靡に囁く。 「ポテトぶらさげられる位かっぽじってやろうか?斬新で流行るんじゃねーか、腹が減りゃ摘まんで食えるし一石二鳥だ」 先程ジェニーに放った台詞を無邪気な悪意にくるんで突っ返し、じくじくと血が滲みだす穴を拡張していく。 実をいうと痺れが襲ったのは一瞬だけ、時間にしてほんの十数秒にすぎない。 運動機能が回復してもなお慄然と棒立ちを余儀なくされたのは、眼球を緩慢に滑らせてスワローの笑顔に衝突したから。 掃き溜めに舞い降りた天使と錯覚するような、それはもうとびきりにあいくるしい笑顔で、とんでもなく汚い罵倒を唄うように述べ立てる。 突然視界がブレる。 ボディピアスのこめかみに全体重を乗せた強烈な回し蹴りが炸裂、大股開いて吹っ飛んでいく青年を傲然と見下し、スワローはスニーカーの爪先で地面を蹴りつける。 路地に群がる愚連隊の構成員も目を疑う俊敏さ。 一人たりとも彼がリーダーの背後に回り込み、安全ピンを突き刺す瞬間を肉眼で目視できなかった。 体重が軽く、どうしても威力が落ちがちな蹴りとパンチを補って余りあるのは音速に迫る飛燕の如き電光石火の立ち回り。 生まれ持った瞬発力と鍛え抜かれた反射神経、さらには筋肉の柔軟さを備えたスワローだからこそ可能とする、速度と小回りを重視したストリートファイトスタイル。 たった今リーダーを回し蹴りで薙ぎ倒した少年を、雑魚の特徴として数だけは無闇やたらと多い愚連隊が殺気立って包囲する。 壁に背中を預け、強姦未遂のショックで虚脱しきったジェニーから、雑魚の注意を完全にひきつけ顎をしゃくる。 「うせろ」 「で、でも……」 「うち帰って靴紐の結び方でも教えてな」 「一人でなんて無茶だよ、死んじゃう。こいつら割と強いよ」 「そいつはよかった。俺様はものすごく強え」 「アンタばか?」 「さっき確信したが、テメェは胸がねえ。もうホント全然ねえ。おかげで萎えた。すげー萎えた。ヤる気もキレイさっぱりうせたから貫通済みの中古は消えちまえ」 「アンタってほんとばか」 マシンガントークの憎まれ口を叩き返され、滑稽な泣き笑いに本気の怒りと一匙の感謝を加え、下着をずりあげて逃げ去るジェニー。こけつまろびつ路地を背にする赤毛を一瞥、邪魔者が視界から消えた解放感に留飲をさげる。これで思う存分戦える。 左右に壁が切り立った路地の空気が敵愾心を孕んで膨らむ。 コケにされた怒りも露わに、憤怒の相で迫りくる愚連隊の視線を真っ向から受け止め跳ね返し、スワローはピジョンの裸身を回想する。 無数の痣と生傷と。 激痛と恥辱と。 『よそ者の分際で人の女に手ェ出しやがって』 『俺の街に淫売くせえドブマンコの匂い撒くなって伝言回ってねーみてえだな』 そうか、コイツか。 コイツが俺のモノに手を出したのか。 兄貴に手を上げた張本人か。 こみ上げる何かを辛うじて堪え、頑固に俯く兄の顔が瞼の裏にぶり返し、こめかみの血管が熱く脈打つ。 「人の兄貴をキズモノにしやがって。犠牲(ツケ)を払う覚悟はできてるよな、糞蠅ども」

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