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第12話

泣くのにも飽きた。 モッズコートの袖口は涙と洟水を大量に吸ってしけっている。傍らのラジオを一瞥、うしろめたげに周囲を見回す。 弟はまだ帰ってこない。 ……まただ。俺の悪い癖だ。あんな奴心配してやる義理はない、人を罵っておちょくって……勝手に家出させとけ、もう帰ってくるな。待っててやる義理なんか断じてこれっぽっちもない。 本人がいなくなってからいくら心の中で叫んだところで負け犬の遠吠え、それでも愚痴をこぼさねばやってられない。 ピジョンとて暇ではない、やることはたくさんある。 実際体を動かしていた方が気が紛れる、自分の役割に忠実に立ち働くのはこの場にいない弟を呪うよりずっと生産的で建設的な事柄だ。 頭の中で一つ一つ優先順位を整理し、ため息を吐いて体を起こす。 「よいしょ……いてっ!」 鈍重に上体を起こした拍子にシャツと擦れて生傷が疼く。 前戯を中断され、余熱を持て余し腫れた乳首にまで甘い痺れが響き、反射的にシャツの胸元を掴んでしまい、仕込まれた快感と飼い馴らされた恥辱に頬を染める。 「畜生……これもそれも全部アイツのせいだ、スワローが悪い。アイツのせいでへんなとこまでおかしくなる」 ああ、なんて頭が悪い言い回し。これじゃ俺が馬鹿みたいじゃないか?いや実際そうなのか。そうと言われたら否定できないけど、単語の綴りを一つ覚えるたび二つ忘れるスワローよりちょっとはマシだろ。 スワローにしつこくいじくられるようになるまでは、男の乳首が性感帯だなんて知らなかった。そんな要らない知識だれも教えてくれなかった。 いや、幼い頃から好む好まざるに拘わらず母と客の情事を盗み見ていた手前、最低限免疫はあったが……己の身に降りかかった動揺は凄まじく、着実にスワロー好みに調教されつつある体の変化を受け入れられない。 シャツの胸元に拳をおいて呼吸が整うのを待ち、当面の一家の拠点であるトレーラーハウスに歩を向ける。 トレーラーハウスは中古の年代物だ。 母が常連から譲り受けた愛車だが、物心ついた時には既にコイツで移動していた。ピジョンたち兄弟はこの中で大きくなったようなものだ。 子供ふたりを育てるには些か手狭で、仕切りもろくにないから生活音が筒抜けだ。プライバシーもへったくれもあったもんじゃない。 それでもピジョンはこの空間を愛していた。 手狭で不便で窮屈で、兄弟共有のベッドからはよく蹴落とされるけれども、13年も暮らしていれば自然と愛着が湧く。 この中なら目を閉じていても歩ける、何がどこにあるか隅々まで把握している。 定住する巣を持たないピジョンにとっては、薄汚れてあちこちガタがきたトレーラーハウスこそが移動式のホームスイートホームだった。 老朽化したトレーラーハウスは住宅よりも安価に入手することが可能であるためしばしば貧困層の象徴として扱われる。 ごたぶんに漏れず、ピジョン達一家の家計は苦しい。 倒れかけのバラック小屋にカヤネズミのごとく犇めくスラムの住人よりは多少マシだが、娼婦の母の稼ぎに頼る生活はけっしてらくじゃない。贅沢をする余裕はほぼなく、兄弟が着る服や履く靴は教会の救貧箱やバザーで入手した他人のお古が大半を占める。たまに母の客がプレゼントをよこすこともあるが、そんなラッキーはめったにない。彼が今羽織っている明らかに寸法の合ってないモッズコートも、以前立ち寄った街で運よく入手したものだ。ちょっとぶかぶかすぎるよと余らせた袖を持ち上げ嘆くピジョンを、大丈夫そのうち大きくなるわよと母が慰めてくれたっけ。仕方ないので二回ほど袖を折り返して使っている。 『ねえ知ってる?フリーマーケットのフリーは自由じゃなくて蚤からきてるんだ、蚤が沸くようなお古を売ってたのが語源なんだって』 『だから?すごいやオニイチャン物知りだねって褒めてやりゃ満足か、チンケなプライドに蚤が沸くぜ』 先日ピジョンが得意げに披露した|一行雑学《トリビア》は、つまらなそうに頬杖ついたスワローに鼻で一蹴された。 自慢したかったわけじゃない。いや、嘘だ。見直してほしい下心がほんの少しはあった。たまたま読んでいた本でかいつまんだ豆知識を教えて、日頃腰抜けだのドジだのと自分をさんざんに馬鹿にする弟の尊敬を勝ち取りたかった打算がまったくないといえば嘘になる。ピジョンはただ少しは兄らしい博学を見せて、兄の威厳を取り戻したかっただけなのだ。 アイツは俺が一つなにか言うたびに十言い返す、そしてプライドをぎたぎたのけちょんけちょんにする。 そんなに俺が嫌いなのだろうか。 俺のやることなすこと目障り耳障りで、揶揄と侮蔑の対象でしかないのだろうか。 世界にたった一人の弟ともう少し仲良くしたいというのは、贅沢で欲張りな望みだろうか。 「……ッ、……」 無意識に唇を噛み、歩行に合わせて増しゆくじれったい疼きを堪える。 皮膚を直接擦るシャツのこそばゆさに反応し、先端にどんどん熱が集まっていく。 「肌をサンドペーパーで擦られてるみたいだ……」 シャツと擦れ合う乳首に微熱を孕んだ甘い痺れが生じ、右と左、交互に足を出すだけで自然と体が火照っていく。 俺がフツウじゃなくなったらアイツが責任とってくれるのか? 嗤って放り出すんじゃないか? スワローならやりそうだ。アイツは俺を困らせて楽しんでるんだ。 「はあ、はあ、はぁ……」 だんだん息が荒くなる。意地だけで保たせていた気力が入り口に辿り着いた安堵でくじけ、横に片手をつき、前かがみで休む。何かに掴まってないと膝から崩れ落ちそうだ。 視線をさげる。 汗ばんだシャツにピンクの突起が透ける情景がたまらなくいかがわしい。 『相変わらず感じやすいカラダだな?息吹きかけられただけでイッちまうんじゃねえか』 馬鹿な。そんなはずない。 首の後ろに手をやって乱暴にうなじをこする。こすってもこすっても違和感がとれない。 アイツがいなくなっても体に残った感触がなかなか消えてくれない、肌に伝った火照りがなかなか冷めてくれない。 横に手を付いて体を支え、階段を乗り越えて車内へ。後方が兄弟の生活空間だ。 散らかった床を歩いて壁に固定された折り畳み式ベッドへ行く。口の悪いスワローは「囚人用だな」というが、独房備え付けの寝台兼用長椅子になるほどく似ている。 もっと小さい頃はハンモックを吊って寝ていたが、スワローに蹴落とされて額を割る大怪我をしてから、床に近い位置のベッドに替わったのだ。 『ママね、ハンモックで川の字で寝るのが夢だったのよ』 ごめんね母さん。俺がもっと石頭だったら夢を壊さずにすんだ、床と服を血で汚さずにすんだ。 額に絆創膏を貼ってしょげかえるピジョンを力強く抱き寄せ、母はにっこりと断言する。 『馬鹿な子ねピジョン、私の夢はもう叶ったもの!』 母さんの夢ってなんだ? 金持ちのイケメンと結婚してセレブになる? トレーラーハウスでの貧乏暮らしを卒業して、毎日客をとらなくても食べてけるようになって……母さんがいくら美人だって、コブ付きの娼婦に世間は厳しい。母さんの幸せに俺たちは邪魔だ。俺たちが母さんの邪魔をしている?玉の輿の階段を駆け上がりたい母さんの足を引っ張ってる? 頭の中で悶々と疑問が渦巻き、暗澹と気分が沈む。母が何人もの客からプロポーズを申し込まれ、毎回それを断ってきた事実はいやでも知るところだ。たとえ子供に内緒にしていても漏れてしまうのだ。 ピジョンだっていずれはここを出て自立しなければいけない、いつまでも母の脛を齧っちゃいけない。 喉仏がもう少し膨らんで、背が伸びて、男の証がハッキリしたら……一人前の男になった暁には、ここを巣立ち一人で生きていく。 そうだ、絆創膏だ。 脳裏に名案が閃く。 ベッドの前にしゃがみこみ、下の隙間に片手をさしこんで床をまさぐる。 「あった……ちがう、煙草か。スワローのヤツまた俺に黙ってこんなもの、どっからくすねてきたんだ」 手に掴んだ煙草の箱を壁になげつける。 喫煙は健康に悪い、体に有毒だ。成長期は特にまずい。 「背が伸びなくなるぞ」 まあ、それもいいか。それでいいか。 背丈までアイツに越されたら誇れるものがなにもなくなる、本当にただ先に生まれただけの役立たずになってしまう。アイツの健康を心配してやる義理なんてないし、好きにすればいい。 煙草なんて煙たいだけで良さがまったくわからない、だから子どもなのだろうか。ベッドの隙間に目的の品を発見、片手で引き寄せる。 救急箱だ。蓋を開けて中身を確認。仕切りごとに整頓された消毒液の瓶や包帯、海綿や綿棒やピンセットにまざり大小中サイズの絆創膏が常備されている。 ちょこんと体育座りし、一番小さいサイズの絆創膏をぺりっと剥がす。裏面のテープを捲り、シャツをはだけ、裾を顎で挟んで上半身をさらす。 生白く貧相な体は筋肉に乏しく腹筋も目立たない。 なんだか哀しくなる。気を取り直し、乳首に絆創膏を貼る。 「……うッ……、」 変な、感じだ。 胸の突起を絆創膏で覆い隠し、腫れをごまかす。 こうすれば透けないし、万一母さんに見られても怪しまれない。アイツにからかわれずにすむ。 粘着面が乳首に吸い付く違和感にぞくぞくする。 謎の羞恥と戦いながら両方の突起に処置を施し、救急箱を奥へ突っ返す。 これでよし。カンペキ。 勢いよくベッドに飛び乗ってスプリングを弾ませる。そのままトランポリンのように数回ジャンプ、右に左に寝転がって大の字に仰向け、悠々と手足を伸ばし独占する。 弟がいないだけでひどく広々と快適に感じる。ベッドの片側の壁一面には原色で|誇張《デフォルメ》されたアメコミポスターやステッカーが貼られ、家族写真が何枚も留められている。ベッドボードには色鮮やかなドリームキャッチャーが吊ってある、悪夢を吸い込んでくれる伝統のお守りだとインディアンの老婆に教わった。 壁を埋め尽くす写真に一つ一つ目をやる。 澄んだ青空と乾いた荒野を背景に幼いピジョンとスワローの肩を抱き真ん中で笑う母、トレーラーハウスの荷台に仲良く腰かけアイスキャンデーをしゃぶる兄弟……母親の事情を知る手前口には出さねど根を張らぬ旅暮らしに孤独を感じていたピジョンは、行先で撮った写真を壁に貼り家族の歩みをパッチワークしている。スワローは鳩の巣作りかよと笑うけども…… 「むかしはよかったな」 母が撮ったのだろう、まだ洟をたれてよちよち歩きしていた頃のスワローに靴紐の結び方を教える自分の写真を一瞥、遠い目をして呟く。 スワローは真面目くさった顔で紐がこんがらがったスニーカーと睨めっこし、ピジョンがそれを結び直してやってる。過ぎ去りし歳月を巻き戻し幸福の余韻を反芻、まだ弟と険悪になる前、仲良くじゃれあっていた幼少時代の写真へ手をのばす…… ピジョンがまだ、ちゃんと「お兄ちゃん」できていた頃に。 「うわっ」 突如として視界が暗転、枕元に積み上げた雑誌が崩落。 顔面を覆う雑誌をどけ、跳ね起きたピジョン。 「もう、片付けろって口を酸っぱくして言ったのに……寝てる時に圧死か窒息したらどうするのさ」 不意打ちのトラップ。ピジョンが片付けたぶんスワローが散らかすから意味がない、堂々巡りのいたちごっこだ。ピジョンは几帳面で綺麗好きだが、スワローはガサツで大雑把な性格だ。なんでも勘頼みでこなす天才肌はとにかくやることが大味なのだ、したがって苦労性のピジョンに後始末が回ってくる。 ぶつくさ文句をたれつつ甲斐甲斐しく雑誌を片付けていく。 途中で手が止まる。 表紙を飾っているのは只今人気絶頂、ノリにノっている賞金稼ぎの若手。 同期の中では出世頭で、何人も賞金首を検挙している。 オールバックに撫でつけた茶髪、白い歯が光る爽やかな笑顔と甘いマスク、親指を立てた姿がさまになる……いかにも女性にモテそうだ。 「月刊バウンティ・ハンターの最新号か……」 月刊バウンティ・ハンターは賞金稼ぎはじめ、一般大衆にも愛読者が多い業界最大手の情報誌だ。その内容は現在注目株の賞金稼ぎの特集から逃亡中の賞金首の目撃情報やデータまで、質と量を幅広く取り揃えている。なんと美人賞金稼ぎの月替わりグラビアまで付いた豪華仕様だ。 反射的に顔を覆う。華やかな美貌の若い女が、露出度が高く過激な扮装で拳銃を構えている。 コスプレをした女賞金稼ぎというより、カウガールの扮装をした痴女の方が感覚的に近い。 強調された胸の谷間に弾丸が挟んである。好戦的にぎらつく笑みを剥いた女は、銃口にくちびるをつけて挑発してくる。 『ぶちこまれるのは女の役割とだれが決めた?アタイの太くて固い45口径でイッちまいな』 『弾が尽きたら|キンタマ《bollock》を撃ちゃいいのさ!』 「ダサい見出し……」 軽く赤面、顔を覆った指の隙間から気忙しくチラ見、のち雑誌を掲げ、座り寝転がり様々に体勢を変えてガン見。 Fカップはある。 ごくりと生唾を呑み、両手で持った雑誌を食い入るように凝視。人さし指でおそるおそる、はちきれそうな乳房の輪郭をなぞってみる。 「ピンクパンサー・スタンは偽乳だって聞いたけど、ホントかな。それにしちゃリアルだ……噂どおり豊胸手術受けたのかな?パットじゃこの量感は出せないだろうし。どう思うスワロ」 ……いつもの癖でつい同意を求めてしまった。 別にアイツがいなくても全然ちっとも問題ないし、寂しくなんか絶対ない。子供の頃からスワローしか話し相手がいない環境だっただけだ。 激しく首を振ってから向き直りページをめくる。 紙面を彩るのは大陸中に散った個性豊かな賞金稼ぎたちの華々しい活躍。誰がどこで何人捕まえたか、どんな素晴らしい機転を利かせ絶体絶命の窮地を脱し起死回生一発逆転の大手柄を立てたか、胸躍る冒険活劇に仕立てられた武勇伝が掲載されている。 そして賞金稼ぎと人気を二分する賞金首の動向も。 現在逃亡・潜伏しているとおぼしき地域や、彼らが成した酸鼻な犯行の詳細が暴かれて充実の読みごたえだ。 新たに開いたページには壮年の女性のアップ写真。 艶やかな光沢帯びた黒髪を巻き上げて、黒い隈取りを施した切れ長の目は神秘的な紫。口紅は漆黒。 不健康に青白い肌を引き立てる喪服のドレスとレースの長手袋の装いは上流階級の未亡人を思わせる。 胸元で輝く大粒の真珠のネックレスが唯一の華やぎだろうか。痩せぎすの長身は肉感的な魅力にこそ乏しいが、貞淑な気品に退廃的な色香を潜ませす。 「ブラックウィドウ・マリー、103件の結婚詐欺と82件の強姦・強盗殺人の容疑で指名手配中。現役娼婦にしてセックス中毒の快楽殺人者、性行為中に相手を酷くなぶるのを好む真性のサディスト。被害者の性器及び肛門にはバールのようなもの、ドリル、スパナ、バーナーなど玩具の他にも多数の異物挿入の痕跡あり。死因は内臓破裂による失血死と大量の薬物を打たれたことによる中毒死オーバードース。ヴィクテムは通り名の由来とトレードマークを兼ねる、背中の『黒後家蜘蛛の刺青』。賞金額560万ヘル……うへぇ」 玩具や道具を好むのか。嵩張りそうだな。トランクに入れて移動してるのかな。母さんもお客の要望次第でいろいろと玩具を使うけども……俺はやだな、セックスには愛がなきゃ。玩具に頼らなきゃ相手を気持ちよくできないなんて思われたらやだし。 ページをめくる。 次に登場したのは赤毛のベリーショート、頬骨の高い神経質そうな容貌に眼鏡をかけた中年男。右上腕に尾を逆立てたサソリの刺青を入れている。猜疑心を宿し落ち窪んだ目、引き結んだ唇がいかにも酷薄そうな気配を漂わせる。幼い頃からろくな目にあってこなかったのだろうと勘が働くのは、ピジョンも同類だからだろうか。 「スコルピオ・ジョージ、212件の殺人の容疑で指名手配中。元凄腕の殺し屋で最凶の毒針使い。自分の雇い主だったマフィアのボスを毒殺後その細君と駆け落ち、行方をくらます。古今東西あらゆる毒物のスペシャリスト、当人も脅威だが飼育するサソリを自在に操りターゲットを仕留める陰険な手口で悪名を広めている。賞金額800万ヘル、ヴィクテムは『オリジナル強壮剤の特許』」 毒のエキスパートか、手強そう。影の実力者ぽくてちょっとかっこいい。サソリをペットにしてるのか……名前はつけてるのかな?俺にはどれも同じに見えるけど、見分けはつくのだろうか。気になる。それにしてもオリジナル強壮剤の特許がヴィクテムって…… 「……そんなに効くのかな?サソリの毒から精製したんだよね。最中に心臓止まっちゃわない?」 止まってもいいから気持ちよくなりたいのかな。大人の考えることはよくわからない。 ベッドにうつ伏せてページをめくる。 三番目は愛くるしい幼女。黄色と黒の縦縞に長い髪を染めている。異名にちなみ蜂を模したツートンカラーか。 度肝を抜く幼さもさることながらなにより印象的なのはその表情、そして目。 吸い込まれそうな虚無が穿たれた琥珀の瞳が、ブラックホールさながら底なしの絶望の引力を放っている。 簡素な薄青の入院着を纏っているせいか、お人形の如く端正な面立ちに浮かぶ生硬な表情のせいか、全体的に病んだ雰囲気が漂う。 「ネイキッド・クインビー、現在個体確認されている中で最年少7歳の指名手配犯。特異な能力で他者を洗脳し傀儡と化す、今世紀最大最悪の集団ヒステリー事件の黒幕。彼女の精神汚染で暴徒化した観衆が要人のパレードを襲撃、千単位に及ぶ死傷者をだした。賞金額は2800万ヘル、ヴィクテムは子宮、または卵子。ただし健康な状態でのみ有効……何に使うのさ」 絶句。 殺人鬼の体の部品や器官を欲しがる人々の存在は知っていたが、こんな小さい子の子宮をねらうだなんて……想像しただけで胸が悪くなる。コレクション以外にも目的があるのだろうか?7歳で千単位の人を殺した前科もすごいけど…… 7歳といえば、スワローに靴紐の結び方を教えてやってた頃じゃないか。 あの頃はよかった。アイツもかわいげあったし、俺によく懐いてくれた。ちょこちょこ俺のあとをついて回って、それはもうかわいかった。 ページを行きつ戻りつ、賞金首の特集を眺めつつだらけきった頬杖をつく。 「……賞金稼ぎかあ」 寝返りを打ち、胸に雑誌をのっけて大の字に仰向ける。 「……なれるかな、俺にも」 スワローがいないと悠々と手足を伸ばせて快適だ。実に快適だ。あちこちポスターを貼った低い天井と散らかった車内が視界に迫る。 しばらく待ってみる。答えはない。返事はない。あたりまえだ、この状況で返事があったら幽霊の仕業だ。ぶっちゃけ怖い。 頭ではそうわかっていてもひとり語りは虚しい。誰も応えてくれない、俺を肯定してくれない。劣等感と承認欲求がせめぎあって膨れ上がる。賞金稼ぎは業界の花形、憧れの職業だ。男の子ならだれしも一度はめざす。特殊な技能や知識もいらない、学がないピジョンだってツキに恵まれたら手柄を上げられるかもしれない。自分が雑誌に載ってるところを想像し、自然とにやけてしまう。 「……なんてね。しょせん妄想だよ」 もう一度寝返りを打ち、腕枕に顔を埋める。 息苦しい闇に包まれて、腕に口を押しあてこもらせた声で呟く。 「俺だって……いつかきっと……」 寝転がった体勢から気だるくページをめくる。 見覚えある地名がとびこみ、咄嗟に跳ね起きる。偶然開かれたページには、黒髪の賞金首の写真と共に、ピジョンたちが駐留している廃墟の最寄りの街が載っていた。兄弟がよく買いだしにいく、そしてスワローが憂さ晴らしにいった例の街。 いやな胸騒ぎが襲う。 雑誌にかぶりつき、切羽詰まって文章を読み上げていく。 「レイヴン・ノーネーム、懸賞金額40万ヘル犠牲者数32人。大陸全土を渡り歩いて数多くの未成年者を略取・監禁・強姦した前科持ち。標的は10~15歳、金髪で細身の白色人種の少年に絞られる。その消息は不吉を運ぶワタリガラスの如く神出鬼没、だがしかし3か月前カクタスタウンにて有力な目撃証言あり、今もって現地に潜伏中の可能性高し。レイヴンの犯行の特徴として、犠牲者が身につける金属品を持ち帰る収集癖が挙げられる。彼の性交は極めて暴力的かつ倒錯的でたびたび死傷者をだす。犠牲者数は現在進行形で更新を続けている……」 サッと全身の血が引く。 こんな危険なヤツがうろついてるのか?へたしたらどっかですれ違っていたかもしれない。 ワタリガラスを擬人化したような黒髪黒瞳、月のない夜の暗黒から染み出たような黒い肌。 おまけに黒いレインコートを羽織った黒ずくめの男に得体の知れない脅威を感じる。 ただの写真だ。 なのに服の下まで透視されるような気がして鳥肌が広がる。 「!スワロー……」 弟は今あの街にいる。 凶悪な強姦魔と同じ街に。 雑誌のページをむしりとり、写真を一枚剥ぎ取ってベッドを飛び降りる。 そのまま車内を突っ切って表へ出、こけつまろびつ駆けていく。 「うわっ!」 途中でなにか柔く固いものにぶつかりはねとぶ。 無防備に尻餅つくピジョンの上に底抜けに明るく能天気な声が降り注ぐ。 眼前に立つのは陽光に燦然ときらめく金髪の若い女性。年齢は二十代後半か、デニムのサロペットに身を包み麦わら帽子を被っている。どこかあどけない少女の面影を残す、生気にあふれた美貌の持ち主だが、右手に黒光りするゴツい猟銃、左手に巨大なトカゲをさげているのが異様だ。 「ただいまー」 「おかえり母さん、遅かったね!」 「見て見てこの砂漠トカゲ。すごいでしょ、久しぶりに大物ゲットよ。穴からひょっこり顔を出したトコをズドン!粘った甲斐があったわ」 「また現地調達に行ってたんだ……」 「シリアルと缶詰ばっかじゃ飽きるでしょ、新鮮なタンパク源が欲しいわ」 「俺は別にそれでも……」 「丸々太っておいしそうでしょ?固太りで身が詰まってるわ。焼く?煮る?それとも生で?今夜はごちそうよ」 「俺はいらないからスワローにあげて!」 「えーがんばったのにぃ。どこいくの、そんなに慌てて」 「スワローをむかえにいく!」 「相変わらず仲良しさんね、いいことだわ」 トカゲのしっぽを掴んでぶらさげた母が不満そうに口を尖らし、かとおもえばドタバタ駆けていく息子を笑顔で見送る。 背中を追いかけてきた余計な一言にピジョンの中で何かがブチ切れ、振り返りざま目を吊り上げ大声で怒鳴る。 「母さんのばか!!節穴!!仲良しさんなんかじゃ全然ない!!」

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