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第34話

砂漠の夜はとても冷えこむ。 一家を乗せて街を去ったトレーラーハウスは、前時代の遺物と化したサービスエリアに停泊する。 戦争が終わって一世紀と少し、人口が激減し用済みとなった道路や廃墟は各地に数多く存在する。核兵器の濫発や原発の事故で放射能に汚染され、立ち入り禁止となった区域もある。 今もまだ放射能の濃度が高く、人間の健康を害すると判断されて州ごと切り捨てられた土地では、野生に返った家畜が大繁殖しているとか。 野良牛・野良馬・野良羊・野良豚が道路で太平楽に寝そべる光景はもはや日常だ。そんな牛や馬を捕まえ調教し直し、車よりずっと安価な乗り物として卸すカウボーイも増えた。 歳月の経過に従って朽ちるがまま忘れ去られた沿道の廃墟は、時として集団で放浪するジプシーの砦となり、時には逃亡犯の格好の隠れ家となる。 ピジョンたち一家もまた砂漠のど真ん中に敷かれた道路に沿って点在するガソリンスタンドやサービスエリアなどの廃墟にトレーラーハウスを停め、最寄りの街と行き来していた。 アンテナを立てたラジオから砂嵐の雑音にまじって歌が流れている。スワローが名前を知らない歌だ。 下半身がずきずき痛んで寝返りも打てない。早く寝ちまいたいのに目がギンギンに冴えきっている。ふてくされ、毛布を被って壁と向き合う。ピジョンが一面に貼りまくった家族写真が目にとびこんで苛立ち、やつあたりに壁を蹴る。 写真の中には今より幼いピジョンとスワローがいる。真ん中の母に肩を抱かれ、無邪気にピースをする兄とは対照的に、スワローはぶすむくれてそっぽをむいてる。可愛くねェガキ。自分でもそう思う。なんでお前はいつも怒ってるのとピジョンが不思議がる。そんなのこっちが聞きたい。なんで俺はいつもいらついてなにもかもぶち壊しちまうんだ? いつまでもガキのまんまじゃいられねぇ。 わかってるよそんなこと。 兄貴みてぇに卑屈に媚びて世の中にへらへら愛想をふりまくのはごめんだ、嫌いなヤツにまで頭をさげるのは死んでもいやだ。たとえそれで貧乏くじを引いて痛い目見ても、行いを改める気はちっともおきない。 「……スワロー、起きてる?」 ごくささやかな衣擦れの音。母と何事か深刻に話し込んでたピジョンが帰ってくる。スワローは背中を向けて答えない。シカトされるのに慣れたピジョンは何も言わず、床に直接寝そべる。てっきりベッドにのぼってくると思っていたスワローは肩透かしをくい、頬杖を崩して顔半分だけ振り向く。 「何の真似だよ」 「お前に譲る」 「気ぃ遣ってんの?怪我人だから?」 「ひとりで使っていいよ」 「ありがたいこって」 「今日だけ特別にね」 兄弟共有のベッドをひとりじめしていいお許しを得るも釈然としない。ピジョンは床でせっせと寝る準備を始める。コイツは巣作りが得意だ。お気に入りのモッズコートを毛布替わりに羽織って、ピジョンと背中合わせに横たわる。 電気は消えている。車内は暗い。母はもう寝たのだろうか。狭苦しい暗闇の中、互いの衣擦れと息遣いがやけに生々しく響いて距離感がおかしくなる。 寝付けないのは同じと見えて、ベッドの下か遠慮がちに問う声がする。 「……体はどう?」 「ぼちぼち」 「痛くない?」 「痛ェに決まってる。でもガマンできる程度の痛さだ」 「タフだなあ」 「ケツはまだずきずきする。寝返りも打てやしねェ。アイツ殺しときゃよかった」 「そーゆーこと言うもんじゃないよ」 「はっまだ庇うのかよ、お優しいなピジョンおにーたまは。相手は大陸中歩き回ってガキを犯り殺した強姦魔だぜ?それともまだお零れのやさしさに縋ってんのか、オトモダチとかカユイ台詞言われてくっくるぽー舞い上がっちゃったのか」 ご丁寧に鳩の鳴きまねをしてやる。モッズコートを口元まで掛けたピジョンがもぞつく。 「……生まれて初めて人を刺した」 「ご感想は?」 「なんか……気持ち悪い。ぶにょってした。お前は平気?」 「あんなの母さん手伝って牛肉ぶった切んのと一緒だろ」 「牛じゃないよ人だよ」 「殺らなきゃこっちが殺られてた。テメェみてえにぐだぐだいらねーこと考えてる暇なんかねえよ」 「スリングショットで人を撃ったのも初めてだ」 「はじめから右足狙ったのか」 「ベッドの下からじゃ一番狙いやすい」 「なんで十字架にとっかえたんだ?」 「狭い部屋での立ち回りにスリングショットは向かない、飛距離も稼げないし……できるだけ早く、あの人に致命的な一撃をくれたかった。ちまちま撃ってたんじゃ間に合わない」 「数より質ってわけか。足りない頭でちゃんと考えてんだな」 「なんだろう、褒められてる気が全然しない」 「馬鹿にしてっからな」 「それだけじゃなくて……」 ピジョンが言いにくそうに口ごもるも、一呼吸おいてきっぱり断言する。 「うまくいえないけど、あそこじゃああするのが正しい気がしたんだ」 「犠牲者のかわりに敵討ち?きれいごとだな、そいつのツラも名前もしらねーくせに」 「お前だって犠牲者のナイフで刺したじゃんか」 「アレが一番手っ取り早かったんだよ」 「あのナイフどうしたの?」 「ぱくってきた」 「え?」 ピジョンがコートを剥いで跳ね起きる。面食らった兄の視線を顎をしゃくって誘導、ベッドの足元に無造作に転がったナイフを見せる。 「~~どうしてそう手癖が悪いんだよお前……!持ってきちゃっていいの?証拠物件じゃないのコレ?自警団の人が血眼になってさがしてるんじゃ」 「返しに行くならとめねーぜ」 「いまさら行けるわけないじゃないか……」 「懸賞金をまるごとくれてやるんだ、ナイフの一本二本ケチケチせずよこせってんだ」 ちょうどほしかったしと小声で付け加える。 兄には絶対内緒だが、実の所スワローは自分だけの武器に憧れていたのだ。街で売ってるナイフはそれなりに高額で、ピジョンの小遣いでは手が届かない。母にねだっても買ってもらえない。だからといってピジョンのような子供だましの手作りおもちゃで満足する気は毛頭ない。せっかく手に入った俺だけの武器、だれにも渡すもんか。 もっと言ってしまえば、兄の関心を長いこと独り占めするスリングショットが妬ましかった。弟の自分より、あんなちゃちなおもちゃを眺めている時間のほうが長いという事実がたまらなく気に食わない。 こっそり盗んで壊すか捨てるか企んだ事もあるが、弟の魂胆を察した兄が肌身離さず持ち歩いてるのでその隙がないのが腹立たしい。 ピジョンが闇の中残念そうに声量をしぼる。 「……お金もらえなくて残念だったね」 「いらねーよ、たった40万ヘルぽっち」 頭の後ろで手を組み、わざと強がって傲然と言い切る。床のピジョンが食い下がる。 「でもさ、賞金が手に入ればトレーラーも改装できたかも。もっと広くしてベッドもう一つおけるかも」 「そんなに俺とおなじベッドで寝起きすんのいやかよ」 「だって寝相悪いし、しょっちゅう蹴落とされるし……その、するし」 「なにを?」 「ナニを」 「もっと大きな声で。リピートアフタミー」 「~~いろいろ!いろいろしてくるじゃないか、母さんが寝てると思って……!俺がじっとしてたら調子にのって、ズボンの中まで手を入れてさ!表も裏もべたべたと」 「皮剥かれてまんざらでもなかったくせに」 一生の恥ともいえる痛恨事を持ち出せば、案の定ピジョンは本格的にへそを曲げ、完全に背中を向ける。 スワローは腕枕に顎をのっけて、腹を立てた兄へ意地悪い笑みを塗した揶揄を投げる。 「包茎チンポで恥かく前に大人にしてやったんだから感謝しろよ」 「すごく痛くて……は、恥ずかしかった。顔から火が出た。なんでお前は平気なの?」 ピジョンが思い出しくずる。こうなると面倒くさい。スワローは低い天井を眺めて話題を変える。 「レイヴン・ノーネームは小物だ。初仕事ならどーんとでっかいの狙いてェ」 「俺とお前と、ふたりがかりでやっと倒せたんじゃないか。自警団がきてくれなかったら死んでた」 「連中がきたから挑発したんだ」 「……わかってる。お前といると心臓がいくつあってもたりない」 沈黙の帳が落ちる。コヨーテかハイエナか、窓の外で得体の知れぬ獣の遠吠えが響いて闇が一層深まる。 ピジョンが唾を呑んで唇を湿し、緊張の声色で探りを入れる。 「あの部屋で言ったよね、お前」 「あん?」 「これが俺達の初仕事だって」 「それがどうした」 「俺たち賞金稼ぎになるの?」 神妙に低めた声音には、そうなりたいという野心とそうなりたくないという抵抗が不均衡にせめぎあっている。ピジョンはもう一度念を押す。 「俺とお前、ふたりでなるの?」 長く飛ぶ鳩と早く飛ぶ燕の兄弟がコンビを組んで、大陸中に散らばった賞金首を狩る。 「いやなのかよ」 「お前みたいな無茶しいが相棒じゃ体がもたない、心配のしすぎて死んじゃうって。振り回されるこっちの身になれ」 「いつまで母さんの脛かじってんだよ」 「いつかはここを出てく。大人になったら……」 「テメェはもう大人だろ。俺が大人にしてやった」 スワローに冷たくあしらわれ、ピジョンが泣きそうな顔になる。コートにくるまったまま膝を抱えて丸まり、からっぽの手のひらを見詰めてレイヴンを刺した感触を反芻する。 人を刺したのは生まれて初めてだ。銃口を口にねじこまれ、失禁せんばかりに恐怖した。正直少し漏らしてしまった。 弟を救いたい一心、取り返したい一念で無我夢中で飛び込んだが、そもそもが意気地なしで臆病でなにをやらせてもスワローに劣る自分に賞金稼ぎが務まるとは思えない。二階の窓から飛び降りるレイヴンを引き止める事すらできなかった。このちっぽけな手のひらはあまりに無力で、掴めるものはとても少ない。弟に靴紐の結び方を教えてやるのがせいぜいだ。 だけど。 でも。 それでも。 「俺にできるかな……」 馬鹿で無鉄砲で大胆不敵がタンクトップを着て歩いてるような弟を止められるのは世界広しといえどきっと俺だけで、俺がストッパーを果たさなきゃいつかコイツは無茶のやりすぎで本当に死んでしまって、そしたら俺はきっと死ぬほど後悔する。後追いしたくなるほど悔やんで悔やんで、きっと死ぬまで後悔する。 スワローがこれからも無茶をやらかすなら、俺が止めなきゃ。兄さんとしてすぐそばで見張ってなきゃ。 コイツと一緒なら、なんでもできる。そんな根拠がまるでないくせに途方もなく大きい自信が、体の奥底から滾々と湧いてくる。 弟の肯定を期待して、でも半ば諦めて独り言ちるピジョンの耳にとびきり優しい囁きがふれる。 「兄貴ならできるさ」 驚愕し、弾かれたようにベッドの上を注視。いつのまにかこちらに向き直ったスワローが、年相応にあどけない顔に無邪気な微笑みを湛えている。 窓から斜にさす清冽な月光に磨かれて、長い睫毛が神秘的に透けている。そうして微笑んでると本当に天使のようだ。 「スワロー……」 感動に打たれたピジョンが涙ぐんで…… 「なんていうと思ったかばぁーか!!」 ビブラートを利かせた罵倒が右耳から左耳を一直線に串刺しにする。耳を押さえて尻餅つくジョンの視線の先、毛布を払いつつ起き直り豪快に中指立てるスワロー。 「ここで俺が『兄貴だってがんばりゃできるさ無駄な努力も無駄じゃねぇさ』とでも言ってやりゃァいい話で幕切れだがよ、生憎と俺ァ世辞も気休めも大ッ嫌ぇでね。テメェが賞金稼ぎになれるどうかなんて知るか!テメェの問題だろ!」 「だ、だってお前が言ったんじゃないか賞金稼ぎになるって……えっなんで俺怒られてんの逆ギレするのここで?」 弟の剣幕に気圧されてあとじさるピジョンの胸に人さし指をくりかえし突き付け、悪魔の本性全開で恫喝する。 「泣くな!喚くな!テメェが賞金稼ぎになれるかどうかはテメェの問題だ、テメェになる気があるかどうかだ、才能ねェならお得意の無駄な努力で死ぬ気で悪あがけ、自信がねェなら高笑いでハッタリかませ、俺が賞金稼ぎになれっかどうかは俺の問題だがテメェがまだうだうだ言うなら俺は俺の問題に容赦なくテメェをまきこむぜ!」 ピジョンの言動の何かが逆鱗にふれたらしく、まだ本調子じゃない体に鞭打って胸ぐらを掴み揺すり立てる。額を頭突き血走った眼光を抉りこみ、呆然とするピジョンの顔面に情け容赦なく唾とばす。 ああもうコイツは本当に鈍い、俺の気持ちなんてちっともわかりゃしねェ。 スワローはじれて振り絞るように痛切に叫ぶ、片手を大仰に振り抜いて狭苦しい生活空間を、壁一面に貼られた家族仲睦まじい写真の群れを示す。 ずっと一緒にいた。これからもずっと一緒にいる。俺達が組めば無敵だ、ふたり一緒なら最強だ、どうしてそんな簡単なことがわからねえ?カラスをぶっ倒したのもう忘れちまったのか。 あの時俺を助けに来たお前はどこいった。 ここにいるテメェじゃねぇのか。 「できる?できない?だからどうした?できなきゃ諦めんのか、すっぱり切ってそれでおしまいめでたしか、一生そうやって人の顔色窺ってやりたいこと我慢してびくびく生きていくのかよ、テメェが求めるフツウなんてくだらねえ、心底反吐が出る!俺の尻拭いすんのが兄貴の生き甲斐だろ、振り回されて本望だろ、だったらぐだぐだ言わずついてこい、周りのアホどもが笑ったって俺ンことだけ追っかけてりゃいい!」 しまいには息が切れ、兄の胸に倒れ込むように前傾する。浅く弾む息遣いに衣擦れが重なり合う。 「痛ッぐ……」 「大丈夫?」 「気安くさわんな!犯すぞ!」 下半身の傷が開いた。ベッドに這いずって戻る弟をスワローが助け起こす、その手を邪険に振り払い自力でよじのぼる。 乱暴に毛布をひっかぶる。先刻とは比較にならない重苦しい沈黙が周囲を包み、息の仕方すら忘れそうになる。床に片膝つき、ベッドの縁に片手をかけたピジョンが俯きがちに呟く。 「……母さんがお前についててやれって言った」 「そりゃどーも。一人で大丈夫だから消えな」 「行くとこない」 「死ねば?」 「……寝るまでそばにいる」 辛辣に突き放すが、ピジョンは頑としてスワローの枕元から動こうとしない。もはや意地の張り合いだ。ベッドの側面に背中をもたせ、ちょこんと膝を畳む体育座りにもどったピジョンが暗闇に視線を投じる。 「靴紐の結び方教えてあげるって約束破っちゃった」 「だれにだよ」 「ジニーとジミー……ジョニーだっけ?ジャニーだったかも」 「増えてんじゃねえか。早口言葉五兄弟かよ」 「あの子たちに意地悪したろ。小さい子を泣かせちゃだめじゃないか、大人げない」 「テメェがラジオを選ぶのが悪ィ」 「壊れたら大変じゃないか。もう音楽もニュースも聞けなくなるぞ、直そうにも部品は入手困難だ」 「全部テメェが悪ィ。あの女とヤリっぱぐれたのも変態に気色悪ィのめちゃくちゃ突っこまれて最悪のバックバージン喪失したのも40万ヘルとりっぱぐれたのも足腰立たねェのも、全部全部テメェがグズでカスでノロマなハトのせいだ」 「いいよもう俺が悪者で」 重量級のため息一つ、ピジョンがコートのポケットをさぐって鎖を手繰り寄せる。 虚空にたれた華奢な鎖の先端、ピジョンの手にぶらさげられた金属片の片割れが、玲瓏たる月光に洗われて儚くきらめく。 「忘れないうちに返しとく」 昼間スワローが投げ捨てたドッグタグの片方だ。 「…………」 ポケットに突っ込んだまま返しそびれたそれを弟の目の前にたらすも無視をきめこまれ、お芝居か現実か判じかねるまどろみを妨げぬよう、うねる鎖を静かに枕元におく。 「ずっと持ってたんだな、これ」 「…………」 ピジョンがベッドに腕枕し、その上に顎をのっけて弟の頭の後ろで渦巻く鎖を、さらに遡ってシルバーの薄片をつつく。 「お前への誕生日プレゼント」 「…………」 「ナイフが欲しいって無茶言って暴れたの覚えてる?母さんを困らせてさ……俺が見かねて、板にイニシャル彫ってやったんだ。ほら」 タグの右端に不器用に歪んで彫られた「S」の頭文字をさす。 「なのにお前ってば性懲りなく俺のも欲しがってさ。こっちはPだから違うのに……」 『兄貴がいい!兄貴のがいい!兄貴と一緒じゃなきゃやだ!』 「ついでに作ったからまあいいけど、元値はただみたいなもんだし。しまいには力ずくで奪おうとぐいぐい鎖を引っ張って首絞めてくるからまいっちゃった、母さんが止めに入らなかったらホント死んでた」 結んだ手のひらをほどいてもう片方の鎖をたらす。月光を反射してシルバーのタグが綺麗に光る。 元々ドッグタグはペアだった。頭文字違いでおそろいだった。 母さんのお客の彫金職人にコツを習って、彫刻刀で頭文字を彫った幼い日々を懐かしく思い返し、数年ぶりに自分の手元に戻ってきたタグを見詰め直す。 「持ってていい?これ」 「…………勝手にしやがれ」 「うん。する」 ピジョンは洗練された手付きで鎖を首にくぐらせ、ドッグタグをシャツの内側に隠す。シルバーの薄片が裸の胸板にひやりと接し、くすぐったさに僅か震える。 再びベッドに背中を凭せ、彼曰く一番落ち着くポーズである体育座りにもどる。弟が眠りに落ちるまで寝ずの番を務めるのだ。大丈夫、手製のドリームキャッチャーが悪夢を追っ払ってくれるはずだ。裸の胸とふれあうタグの存在を意識、心臓がもう一つ増えたみたいな不思議な安心感が心地よい眠りを誘う。 後頭部を衝撃が見舞う。 「いでっ!?」 振り返る。スワローは相変わらず背中を向けている。勘違いか。うたた寝から覚醒したピジョンは首を傾げつつ前を向く。膝を抱いて見張りに徹すればもう何度目か睡魔が襲い、瞼が半ばたれて目がしょぼつきはじめる。不安定に上下動する頭と首、うっかり意識を手放しかけたその時…… 「いたっ?」 まただ。今度は肩を蹴られる。ピジョンがまどろむつど頭や肩や背中に蹴りやパンチが入る、急いで振り向いてもスワローは毛布をかぶって寝ている、こちらにまるきり背中を向けて芝居くさい大鼾をたてている。 いやがらせかいたずらか、堂々巡りの不毛な応酬に業を煮やしたピジョンは縁に片膝乗り上げ、むんずと弟の肩を掴む。 「手と足を出す前に口で言えよ!!なんだよもう、お前のために見張ってやってるんじゃないか。そんなにそばについてられるのがいやなのか?背中を向けるたんびちょっかいかけてきて……」 「……いつそばにいてほしいって頼んだよ」 肩を掴んだ手に手が重なる。 捕まったのはピジョンの方だ。まんまと罠にはまった。はだけたタンクトップから痩せた腹筋を覗かせ、生傷だらけの白皙の肌を艶めかしく月光にさらしたスワローが、乱れ舞う金髪の奥、笑う流し目で淫らに挑発してくる。 「本気で慰めてェなら本気を出せよ」 「たとえば」 「俺がしたがってること」 「…………」 「されたがってること」 「…………」 ピジョンの指の股に胸を跨ぐスワローの指が食い込み、絶対逃がさない執念を伝えてくる。やけに冷たく固いと思ったら、スワローがいつのまにかドッグタグを掴み、波打つ指に鎖を絡めている。 スワローの指に巻き付く鎖の余りが火照った素肌に触れて、自分の首から垂れたタグがスワローの鼻先の虚空を掠めて、取り返しがつかなくなるまで追いつめられたピジョンは言う。 「いいよ」

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