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第1話
最後に誕生日を祝ったのは、小学5年生の時だっただろうか。
テーブルには子どもの好きなものばかりが乗った大きなオードブル、色鮮やかで瑞々しいサラダには、ホクホクしたじゃがいものポテトサラダが付け合わせてある。
キッチンでは母親が、オーブンからグラタンを取り出したところだった。チーズが溶け出したいい匂いがリビングを満たす。
全部俺の好物だ。誕生日は毎年好きなものを作ってくれる。料理上手で優しい母親、この日だけはと早く帰ってきてくれる父親、少し歳が離れているけれど仲のいい姉。
四人で食事を囲む。どれも美味しいが、一番の楽しみは食後の誕生日ケーキだ。普通の子ども同様に、俺も甘いものが大好きだった。
誕生日ケーキって、どうして普段食べるどんなお菓子よりも嬉しくて甘くて美味しいのだろう。ホールケーキが珍しいからか、はたまた自分だけの為に用意されたものだからだろうか。
ローソクを立てて火をつける。部屋の明かりを消して、定番のバースデーソングを歌う。火を吹き消して、それから、切り分けたケーキをみんなで食べる。
一般的でいて、幸せな、そんな誕生日の風景。
小学5年生のあの日までは、確かに普通の子どもだった。
その次の日、些細な変化が起こるまでは。
高校3年生の夏休みが明けた。
本格的に大学受験に取り組まなければならない雰囲気が、教室にどんよりとのしかかっている。
というわけでもなく、俺、荒川凪沙 の通う高校はそこそこ底辺の公立高校で、地方Fラン大学進学か、もしくは適当に就職か、のような考えの生徒が多い。
そんなわけで校風も、良く言えば賑やかで自由だが、悪く言えばお察しの通り、と言ったところだ。
まあでも、教室の雰囲気がいつもよりどんよりしているのは本当で、それは単に夏休みが終わってしまったことと、暑すぎて騒ぐ元気がないだけだ。
窓際の列の真ん中が俺の席で、今は午前中最後の授業中だ。教室のどこかで、誰かの腹の虫が鳴いているのが聞こえる。クスクスと笑う声も。
昼食前の授業は、育ち盛りの高校生にとってとんでもない苦行だ。その気持ちはよくわかる。誰だってお腹が空く時間なのだから仕方がない。
チャイムが鳴って退屈な授業が終わるや、クラスの何人かの男子が一目散に購買へ駆け出していく。教室の至る所でグループを作って、弁当を広げる光景が展開されていく。
さっきまでどんよりしていた雰囲気は、完全にどこかへ消えてしまっている。
そんな賑やかで和気藹々とした雰囲気の中、俺は静かに席を離れた。室内を横切って廊下へ出る。騒がしかった教室が一瞬シーンと静まり返り、背中にいくつかの視線を感じたが、いつものことなので気にせず歩き出す。
昼休みの教室は苦手だ。
そこかしこから食べ物の匂いが漂い、教室に充満する。それだけで気分が悪くなる。
冷凍食品の雑多な香辛料の匂い、冷えた白米の独特の匂い、菓子パンの甘ったるい匂い。
どれもこれも、普通だった頃のことを思い出す。まともに味覚があった子どもの頃のことを。
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