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初対面、箱の中①
獣人と人間が共生していく上で欠かせないものはなんだろうか。
無論、規律をしっかり守ること。身体能力の高い獣人"側"が従わなくては、我々無力な人間"側"は叶わない。獣人と人間が共生する先進国として、規律は大切なものだ。
「それで、問題の獣人は?」
「個室で大人しくしています。常連なんですよ、彼。いやはやこんな片田舎の施設にまですみませんね」
「いえいえ、それが僕の仕事ですから」
獣人専門のソーシャルワーカー。カウンセラー的役割から獣人が今後の日常生活を送れるように、この共生社会で生きていけるようにサポートする役割を担っている。
僕が担当するのは人格障害や精神疾患を抱えている獣人が多い。とりわけ、周囲に迷惑をかけて保護施設に入所させられる獣人の担当になることが多い。
「こちらです」
鍵のかかった鉄の扉。いくらなんでも厳重すぎやしないだろうか。
「鉄製ですか?」
「ええ。脱走や暴れる心配はないんですけど、何せ耳が良い種族なので……」
「なるほど。わかりました、ありがとうございます」
見たところこの施設はあまり新しくない。防音設備のある部屋がない代わりに、頑丈で分厚い鉄の扉のある部屋で対象者を保護しているようだ。
「それから事前資料にも記載してありますが、中に入ったら対象者に近づく前に鎖で自分を繋いでください」
「はい、わかりました。ここまで案内してくださってありがとうございます」
鍵を受け取って、重い鉄の扉をあける。
その先、さらにもう1枚の扉。そこには鉄格子の窓が嵌められていてドア越しに中の様子を確認できる。鎖を繋ぐ、というのは腰に巻いたベルトに鎖を引っ掛けてこの鉄格子の窓と繋いでおけということか。
中に入る前に、保護対象者のデータを思い返す。
氏名はリュカ。男。ウサギの獣人。ウサギの獣人の脅威レベルは10段階中1。聴覚が優れている程度で加害性はないに等しい。
問題行動アリ、ストーカー行為の繰り返しで何度も保護されている。人格障害と精神疾患についてはナシ。
正直なところ、データだけではそれほど深刻な状態にあるようには思えない。ストーカー行為を繰り返しているが人格障害はなし……というあたりが引っかかる。
ともかく、本人と話してみるほかない。
「リュカ。はじめまして、ソーシャルワーカーのフィンだ。そっちに行きたいんだけど、入ってもいいかな?」
まずはこちらが心を開くこと。好意的に、味方である姿勢を見せる。人に対してもそうだが、警戒心の強い獣人に対してはよりそう務める必要がある。
「入って。ちょうど暇してたんだ」
「ありがとう。お邪魔するよ」
声は落ち着いている。保護施設に保護されている獣人は怒りから暴れたり、反対に悲しみから塞ぎ込んでいることもあるが職員は彼を「常連」と言っていたあたり慣れているのだろう。
扉をあける。職員には鎖を繋ぐように、と言われていたが必要ないだろう。それじゃあ初めから相手を警戒していると示しているようなものだし、そもそも兎の獣人の脅威レベルは低いのだから必要ないだろう。
古い施設だ、どの保護対象者に対しても鎖を繋いで身を守るようにとマニュアルでもあるのだろう。
「何もないところだけどゆっくりしていってよ」
顔の横に垂れた長い耳。それから丸い尻尾。それ以外は人間と変わらない。牙があるわけでも、鋭い爪があるわけでもない。
ストーカー行為を繰り返している、とあるが第1印象では容姿にコンプレックスがあるだとか自分に自信のないタイプには見えない。むしろその逆で、容姿は細身で背が高く端正な顔立ちであるし、表情も柔らかい。ストーカー行為に及ぶほど、コミュニケーションに問題があるようには思えない。
「確かにシンプルな部屋だ。あぁ、いいよそのまま。ベッドに座ったままで」
人用ベッドがひとつ。それから小さな仕切りで区切られたトイレ。そして獣人の精神安定のためのセーフティボックス。元は自然界で洞穴や巣に住んでいた獣人の習性をふまえて体が収まるサイズの狭い箱が用意されている。
「ここのセーフティボックス、古いんだよねぇ。中は簡易的なマットレスがついてるだけだし」
「確かにそうだね。最近のセーフティボックスは体にフィットする特殊マットレスが内蔵されていたり」
「そ。俺も入ったことあるけどアレ落ち着くんだよね」
会話をする気はあるようだ。友好的だし、雰囲気も落ち着いている。
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