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初対面、箱の中➁
「……なーんて、ね」
「っ!?」
握り返した手をぐっと強く引かれた。加害性について記載はなかったはず――と考えたのも束の間。
「ん!?」
唇が重なった。強い力で押さえつけられて、動揺してる間に舌が入り込んでくる。
まさか見透かした上でこんな行動に及んできたのかと、絶対にバレない自信があったのに。
何かを確かめるように口内を探られて、もう隠すことは出来ないと即時に判断した。
「がっ……うげっ、ァ、ゴホッ……!」
咳き込んだのはリュカの方だった。僕を突き放してゲホゲホと床に倒れるようにして咳き込んだ。
「すごいな、見破られたのは初めてだ」
人型に進化した今では舌先で匂いや気配を感知する必要は無いし、コレは邪魔な部分でしかなかったが。
「どこで気がついた?」
「やっぱりそうだった。蛇? すごいね、その舌」
「どうもありがとう」
細く二股に分かれた長い舌。僕が蛇の獣人である証拠。普段、人前に晒すことは無い。これで人の喉を突いたのは初めてだ。
「直接口内を確かめるほどの確信があったんだろう。 どこだ、どこで気がついた」
普段の生活で獣人だと思われることは少ない。表面上に目立った特徴がないから。それに獣人差別は人々の意識にまだ残っているし、人間として生活する方が都合が良いこともある。
だから余程のことがない限り、僕は人間として生活しているのだが。
「あは、別人じゃん。あんたの本性はそっち?」
「…………そうだな、仕事中に取り乱して悪いとは思っているが」
「んーん、別に」
「わからないだろう。僕が、蛇の血を引いていることは」
生き物としての蛇の印象はあまり良いものでは無い。この仕事をする上では尚更。
「んー、まぁ。でも」
「でも?」
「カメレオンの獣人のコ、昔すっごい好きでさ。そのコの癖とか仕草とか、体の特徴とか……気配とか匂いとか。隅々まで調べた。あんた、よく似てたから。もしかしてカメレオンなのかもって」
「そんなことが分かるのか?」
「俺、好きなコのことは隅々まで知りたいタイプだから。気配がよく似てたし、喋り方の癖……舌が長いから喋り方に特徴があるんだ。みんなは、気が付かないけど。俺、耳いいから」
そう言うとリュカは垂れ下がった長い耳を少し揺らして見せた。
喋り方や気配、それらの特徴には僕も詳しい方だと自負していた。仕草や癖も。仕事をする上でそれは重要な情報になる。しかしこの男は僕の察知できない、知りえない情報まで瞬時に見抜くことが出来るというのか。
「爬虫類って、みんなそんな感じなんだ。あのコと舌の感じが違って驚いたけど」
「過去の知識と照らし合わせた偶然、と言ったところか」
少なくとも、この男は僕を蛇の獣人だと見抜いた訳ではなかった。たまたまカメレオンの獣人に詳しかった。そしてその情報に僕が当てはまった。カメレオンと蛇は同じ爬虫類でも大きく異なるが、人の血が混じっている以上どうしても似通ってしまうのか。
化しているのはそこだけ?」
「いや……僕の話はいい。そろそろ仕事に戻らせてくれ」
保護対象者とコミュニケーションを図るために来たのではあるけど、すっかり素を晒してしまった。
素の自分では仕事をする上で誤解を招きやすい。獣人専門のソーシャルワーカーとしてそれなりの知名度と地位を築いて来たが、それが台無しになってしまう。
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