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プロローグ

「プラ……チナっ。次の、惑星まで……あと何分だ?」 「あと一時間二分十二秒です、ラドラム」  薄暗く照明を落とした室内に、ラドラムの浅く速い息遣いと、粘液のかき混ぜられる音だけがやけにハッキリと響く。 「あっ……プラ、チナっ……も……駄目っ」 「ラドラム。愛しています」  ラドラムの指が、枕の縁をキツく掴む。  全裸で四つん這いになって、頭を支えていた肘は砕けてとうに折れ、枕に突っ伏して尻だけを高く掲げている。  その尻を着衣のまま後ろからゆっくりと注挿して犯しながら、プラチナはもう何度目になるか、囁いた。 「愛しています」 「は・ぁんっ……んんっ、ン……プラチ、ナ、ホントにもうっ……許しっ」  行為が始まってから一時間、まだラドラムは一度も吐精を許されていなかった。 「ラドラムは? 教えてください」  気も狂わんばかりの欲に身を焦がしながらも、プラチナが定期的に問いかけてくる為、意識を飛ばす事さえ出来ない。  枕を唾液と涙で濡らしながら、ラドラムは息も絶え絶えに返した。 「愛し、てるっ、から……だから、もう、イかせ……っ」 「次の惑星まで、あと五十九分四十三秒あります、ラドラム。まだ大丈夫です」  一度強く突かれて、ラドラムが大きくしゃくり上げた。 「ヒャンッ! 駄目、だ、おかしく……なるっ。頼む、プラチナ、お願い……っだからっ」 「分かりました。ヘッドボードに頭をぶつけないよう、注意してください」  そう言うとプラチナは、ラドラムの素肌の背中に黒ずくめの胸板を着け、シーツに糸を引くほど透明な液体を零し続けているラドラムの熟れた花芯に革手袋をかけた。  革目のひとつひとつが、鮮明に分かる。それほど敏感になっていた。 「ンぁっ」  期待だけで、元よりカチカチだった硬度が、更に増す。  プラチナは薄い唇をしならせて微笑むと、後ろから低く囁きながら、前の手と後ろの腰を激しく使った。 「愛しています……ラドラム」    ラドラムは、プラチナの精悍な低い声が好きだった。それが耳元で情熱的に囁かれる事にもひどく感じる。 「は・あっあ・ア! アァンッ……イ、くっ……!!」  ぎゅうとリング上の繊細な筋肉が締まり上がる。  それに合わせて、プラチナも三度、強く腰を叩き付けた。 「あっ! はぁ! ンァッ!」  プラチナの動きに合わせて、きっかり三度、嬌声が上がる。  革手袋の中に、脈打つようにして愛液が放たれた。 「はぁ……はぁ……う……」  プラチナには、ラドラムと愛し合いたいという願望はあるが、性欲はない。一度もイかずに、だが涼しい顔をして、ジッパーを上げてしまうとラドラムに毛布をかけてベッドを下りた。     *    *    * 「……ラム。ラドラム」 「ん……あ? もう着いたか?」 「いいえ。ですがうなされていたので、起こしました。すみません」 「そっか。そう言えば何だか、夢見が悪いな。サンキュ」  いつもの定位置、キャプテンシートに座ってオッドマンのようにタッチパネルに足をかけ、眠っていたラドラムは自分の二の腕を抱きしめるような仕草で、ぶるりとひとつ震えた。  宇宙歴三百八十二年。  人類は、枯渇した地球を捨て、スペースコロニーや惑星に移り住んでいた。  地球時代に危惧されていた、宇宙戦争や大きな天変地異もなく、今日も平和に時は過ぎる。  むしろ、地球という限られた重力に縛られていた時より、太陽系の外にまで自由に羽ばたいた現在の方が、争いは少なくなっているといっても過言ではなかった。  そんな中をのんびり航行中の宇宙船『黒豹(ブラックレオパード)』号も、船長以下二名、今日も元気に労働闘争が始まるのだった。 「ちょおっと、ラドォ。いい加減給料、払いなさいヨ」  何処か間延びした舌足らずな声を上げたのは、通信士兼船医の、マリリン・ボガードだ。  ファーストネームは、大昔地球でセックスシンボルとされた女性の名前を取ったものらしい。もっとも、彼女はブロンドだったが、マリリンは緩く巻いた赤毛を白衣の背中になびかせていた。 「先月の給料もまだだぜ。女も口説けやしねぇ」  マリリンに続いて不平を上げたのは、操縦士のロディ・マスだった。  グレーの髪をオールバックに整えた、苦み走った逞しい色男だったが、『色』男とはよく言ったもので、気が多過ぎて最終的には女性の方からフラれるのがお決まりのコースだ。  だがそんな訴えは何処吹く風で、ラドこと、若き船長ラドラム・シャーは、目の前のスクリーンに広がる星の海を眺めながら、うっとりと言ってもいい口調で『彼女』に話しかけた。 「プラチナ。惑星デデンまで、あと何分だ?」 「はい、ラドラム。通常航行で、あと三十六分五十二秒です」  ラドラムが愛していると公言する『彼女』の声は、艦橋の頭上から聞こえていた。自動航行を可能にしている、この船のA.I.だった。 「聞いてんの、ラドォ?」  マリリンが、羨望してやまない、ラドラムの癖毛のブロンドを引く。不精で肩より下まで伸ばされた髪は、後ろでひとつに束ねられていた。 「聞いてる。けど、俺は今、眠い。デデンに着く三分前に起こしてくれ、プラチナ」  そう言って、二十二という年齢にしてはやや童顔な印象のある、大きなフォレストグリーンの目をしばたたかせる。やがて長いゴールドの睫毛が落ちてきて、瞑られた。 「愛してるぜ、プラチナ」 「私も愛しています、ラドラム。……おやすみなさい」  毎度繰り返されるその応酬に、ロディが苦虫を噛み潰したように顔を顰める。 「変態。生身の女より、A.I.が良いってか」 「ああ。プラチナは嘘を吐かないし、余計なお喋りもしないしな……」  後の方は、寝息まじりに溶けていた。  マリリンとロディは、顔を見合わせて吐息する。  宇宙船ブラックレオパード号は、便利屋を営んでいた。  いつも、「次の惑星でデカい仕事が入るから、給料が払える」とほだされラドラムに着いて行くのだが、その約束が果たされるのは、五分五分といった所だ。  寝息を立て始めるラドラムにマリリンとロディは諦めて、自分たちもラドラムを挟んで艦橋の定位置に戻って、デデンで待っているという『デカい仕事』に備えて、惑星の情報収集を始めるのだった。

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