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第1章 キトゥン・ブルー(1)

 デデンは、冬の惑星だった。  一年の半分以上が暴風雪に閉ざされ、人間たちは地下にコロニーを築いて住んでいる。  だがラドラムたちが到着したのは、貴重な春の季節だった。  雪は一年中溶ける事はなかったが、寒さは緩み険しい山肌には澄んだ小川が流れ、動物たちが待ちに待った恋の歌を歌っていた。 「ラドラム。惑星デデンまで、あと三分零秒です」  艦橋にプラチナの落ち着いた声が響いて、ラドラムは寝起きの呻きを上げて思い切り手足を伸ばした。しなやかな筋肉のバネは、野生の猫科獣のようだ。 「ん~……。サンキュ、プラチナ」 「どういたしまして」  ブラックレオパード号は、宇宙港にドッキングした所だった。辺境の小惑星の為、小型船としてはやや大きい部類に入るブラックレオパード号が、ギリギリ着けられる規模だ。  その名の通り、流線型の外装(ボディ)は、闇より深い漆黒に光っていた。  この船は元々、ラドラムの父親、ミハイルのものだった。  ラドラムが物心ついた時からすでにミハイルは便利屋をやっていて、母親はいなかった。  代わりにこの船のA.I.『pt-56001』が、物語を聞かせてくれたり、泣いた時はベッドを揺らしてあやしてくれた。  その為、今も艦橋の片隅には、ベビーベッドや赤ん坊用のおもちゃがそのままになっている。  ミハイルはプラチナの事を『pt(ピーティー)』と呼んでいたが、元素記号の勉強を始めたラドラムが、十二歳の時『プラチナ』と名付けて以来、彼女はラドラムの『母親』から『想い人』になったのだった。  そのミハイルも、ラドラムが十七歳の時に船を出たまま、行方不明だ。  そして、今日もラドラムは言い置く。プラチナに『愛してる』と。  プラチナも同じ言葉を返して、三人は船を後にしたのだった。     *    *    *  春の間だけオープンする、地上に作られた一軒の酒場に、ラドラムたちはやってきた。  辺境でも、酒場に集まるのは、腕自慢の用心棒(バウンサー)賞金稼ぎ(ハンター)、余所者の荒くれが多いのは変わらぬ事で、むっとする人いきれと煙草の匂いが出迎える。  依頼人とは、この酒場で落ち合う約束だった。 「……で? どんな依頼なんだ」  カウンターで並んで、ロディがブランデーを()りながら隣のラドラムを横目で見やる。  マリリンは、久しぶりの酒場で、男たちにちやほやされる事を謳歌していた。自称は二十四歳だが、そんな小娘では醸し出せない色気を振りまいている。 「守って欲しいものがある、って電文だったな」  ラドラムは、ラム酒を含みながら言う。 「守るのは、人か、ものか」 「さあな。だけど、金が良いんだ」  その言葉に、ロディが僅かにむせた。 「何だそりゃ。人だったらバウンサーに頼む筈だし、盗品とか、ヤバいブツなんじゃねぇのか」  だがラドラムは、片頬を上げて不敵に笑った。 「これくらいでビビッてんのか、ロディ? 二か月分の給料が入るんだぜ。多少のリスクには目を潰れ」  ロディは渋々といったていで、口をへの字に曲げた。 「ったく……一発逆転の仕事が多過ぎるんだよ、お前さんは。こつこつ地道に働いて欲しいもんだぜ」  その時、二人の背に両手をかけ、マリリンが肩を抱いてきた。 「ラド、ロディ、聞いた? 酒場の裏手に、巨大犬(ビッグドッグ)がいるらしいワヨ。見に行かない?」  ビッグドッグとは、大きいものは体高三メートルにもなる、品種改良された文字通りの大型犬だった。希少種だが、『番犬』にはうってつけの為、ブルジョア層やこういった店で見かける事が多い。 「男たちと仲良く見に行って、親交を深めりゃ良いだろ」  興味もなさそうにロディが言ったが、マリリンは悔しそうに、おもむろにポケットからハンカチを出して噛みしめた。 「それが、ハンターの中に、超能力者(エスパー)が一人居たの!」 「はは、それで男だってバレたか」 「笑い事じゃないワヨ、ラド! アタシは女の子ヨ! たまたま身体が男の子に生まれついただけ!」  ワンピースの下の赤いハイヒールを踏みならして、地団駄を踏む。 「じゃあ今時、サクッと性転換すりゃ良いだろ」 「違いねぇ」 「親から貰った大事な身体に、メスなんて入れたくないのヨ!」  ラドラムとロディが、いつもいつものマリリンの愚痴をさらりと聞き流し、軽くグラスを触れ合わせる。意見が合った時の、二人の儀式のようなものだった。 「ねぇ、一緒に行きマショ?」  それでもしつこくマリリンは言い募る。 「マリリン、そのお化け屋敷(ホラーハウス)体質、いい加減やめてくれないか? 見たければ一人で行けば良いだろ。恐いなら、見に行くな」 「そうそう」  再び、グラスが触れ合った。 「もうっ! レディに対して、何て冷たいのカシラ。分かったワヨ、一人寂しく見に行くワヨ。食べられちゃって、後で泣いても知らないんだから!」 「葬式は立派にあげてやるよ」  ラドラムが背中越しにひらひらと手を振った。  マリリンは、その背に思い切り舌を突き出してから、酒場の外へ出て行った。  しばしあって、ロディが呟いた。 「……泣いて帰ってくる方に、五ドル」 「じゃあ俺は、食われる方に十ドル」 「ひでぇな」  ラドラムの言葉に、ロディがくつくつと肩を揺らした。  だが、その時。ビッグドッグと思われる吠え声と、高い悲鳴が上がった。マリリンの声だ。 「……まさか、本当に食われた訳じゃねぇだろうな」  立ち上がったラドラムを仰ぎ見て、ロディが心配を滲ませる。  再び、悲鳴が上がった時には、ラドラムは酒場の出口に駆け出していた。ロディも一歩遅れて続く。  外は、先ほどまでの陽気とはうって変わって、春の嵐になっていた。  横殴りの雪が視界をホワイトアウトさせ、目が慣れるまでに、一秒かかった。  たかが一秒、されど一秒。もしも命のやりとりをする場面なら、文字通り命取りになっただろう。 「マリリン!」  目が慣れると、酒場の裏手から雪の白をバックに、赤毛のマリリンがこけつまろびつして走ってくるのが見えた。  姿を見て安堵したのか、二人の元に辿り着く前に、十メートルほど先で腰を抜かしてへたりこむ。 「ラド、ロディ……!」 「どうした、マリリン」  酒場の裏手を指差して言葉にならないほど怯えているマリリンに、ラドラムが駆け寄って手を貸した。  ロディは、無言でレーザー銃を抜く。船長の背中を守るのは、暗黙の了解だった。 「ひ、ひ、人が……」 「落ち着け、マリリン」  蒼ざめてガタガタと震えるマリリンの上腕をしっかり握って軽く揺さぶると、ようやくマリリンは髪の色とは正反対な、ラピスラズリの瞳をラドラムと合わせて、ごくりとひと息飲み込んだ。 「人が、どうしたんだ」 「裏手に行こうとしたら、角で女の人と鉢合わせて……アタシ、ごめんなさいって言おうとしたの。そうしたら、白い服を着た連中が来て……レーザー銃で、その人を撃ったの! アタシも殺されると思って悲鳴あげたら、あっという間に逃げて行ったワ。あの動き……プロの軍隊か暗殺者ヨ!」  再び、裏手で獣が激しく吠える。  ラドラムとロディは、素早く目と目を見交わした。 「マリリン、お前は酒場に戻ってろ。ロディ、裏に行くぞ」 「ああ」  ラドラムもレーザー銃を抜いて構える。建物の角にぴたりと着いて耳を澄ますと、さっと銃口を突き出して裏手に出た。  そこには体高二メートルほどの白いビッグドッグが、何かに興奮して激しく吠え立てていた。  人の気配はない。雪面には、おびただしい鮮血のあと。  ラドラムとロディの鋭い視線が、目まぐるしく敵の姿を探して交錯する。  だが、もうそこには誰も居なかった。遺体でさえも。  ロディが警戒する中、ラドラムは膝を折ってそっと雪面に触れた。指に血液がついてきて、間違いなくたった今流されたものだと知る。  確かに、ここまで少ない痕跡で引き上げられるのは、プロの犯行に違いなかった。おそらく、二度目にビッグドッグが吠えた時、戻ってきて遺体を回収したのだろう。  もし目撃者がなく血痕だけならば、すぐに雪に埋もれて事件にはならなかった筈だ。  ラドラムは立ち上がって、銃をおさめた。 「タイミングが気に食わない……」 「まさか、依頼人か?」 「かもしれない。今回の依頼人は、短い電文だけで依頼してきた。『仔細は会ってから』とな。簡単な綴りを間違えていたから、よほど慌てていたか、子供かと思っていたんだが……」 「子供!?」  思わず、ロディが声を裏返らせた。 「おいラド、悪戯の可能性は考えなかったのか」 「金が良かったんだ」  ガックリと、肩を落としてロディが独りごちる。 「そうだな。お前さんは、(かね)とプラチナには、滅法弱かったんだ……」  その間も、太い鎖で繋がれたビッグドッグは吠えていて、酒場の野次馬たちが何事かと集まり始めていた。 「マズイな。ラド」 「何とかなるだろ。幾ら辺境でも、取調べくらいはするだろう」  そして指に付着した血液を、手首に着けたプラチナ直結のウェアラブル端末にも触れさせて、囁いた。 「プラチナ。この血液の人物像を分析してくれ」  プラチナの声がすぐさま返る。 『はい。ラドラム、戦闘をしましたか? 怪我は?』  緊急事態など、プラチナが必要と判断した時は、そのウェアラブル端末からラドラムの身体情報や位置、状況まで、全て知る事が出来たが、プライベートモードではラドラムが命じた事だけをこなす健気なプラチナだった。 「大丈夫だ。ただ、拘置所(ブタバコ)に入るかもしれない。その時は援護頼んだぞ、プラチナ」 『分かりました。どうか気を付けて、ラドラム』 「ああ、愛してるぜ」 『私も愛しています、ラドラム』 「じゃあな」  通信は切れた。  誰かが大量の血を見て通報したのだろう、レスキューと保安官(シェリフ)が着いていた。  マリリンが、大声で説明しているのが聞こえてくる。 「違うの! アタシ、殺されそうになったのヨ! あの二人は助けに来てくれただけ! 血は、女の人が撃たれたの。とにかく、アタシたちは被害者なんだったら!!」  しかし振り返った二人の目に飛び込んできたのは、レーザー銃を構えるシェリフたちの姿だった。 「手を挙げろ!!」 「もう! 聞いて頂戴!!」  二人は顔を見合わせて、もう幾度目になるか、危ない仕事には付きものの降参ポーズを取ったのだった。

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