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第2章 ハイリスク・ハイリターン(4)

    *    *    *  惑星デデンの地下コロニー内、雑多な歓楽街にプラチナは身を置いていた。  デデンの住民データをハッキングして、アーダムの秘書を割り出すのは簡単だった。  彼女が若い男を夜な夜な物色して歩いている事は、秘書の自宅の電子日記から割り出せた。  あとは歓楽街の入り口で、サングラスをかけて娼婦・娼夫たちの列に加わり、彼女を待つだけで良い。  混血が進んだ社会で漆黒の髪に白い肌は珍しく、秘書は札束をちらつかせながら、早速プラチナに声をかけてきた。 「幾ら欲しいの? お金はあるのよ。今夜は、貴方と過ごしたいわ」 「ああ。夜は長ぇ。まずは、酒でも飲まねぇか」  その薄い唇から漏れるのは、ロディの声だった。  秘書は身悶えて、胸の前で丸々と太った蚕のような指を揉み合わせる。 「まあ、顔に似合わずワイルドなのね。いいわ。飲みましょ」  プラチナは秘書の手を握ってぐいと引き寄せると、肩を抱いて耳元で囁いた。 「いい夜になりそうだ。あんたの事、いろいろ聞かせてくれよ」 「ま、まあ」  秘書は年甲斐もなく頬を赤らめて、プラチナと寄り添って一軒のいかがわしい酒場へと入っていった。二階が休憩スペースになっている、いわゆる連れ込み宿だ。  席に着くと、プラチナの顔をしたロディはしきりに秘書に酒を勧め、肩を抱いては囁くように色々な質問をした。 「あんたみてぇに素敵な女性(ひと)が、横暴なボスにこき使われてるなんて、理不尽だな。今夜は、忘れさせてやるよ」  正体もなくすほど酔った秘書は、プラチナに促されるまま、饒舌に仕事の愚痴を語り出した。 「そうなのよ。我がままですぐ違法な事に手を出すくせに野心家で、あたしたちは尻拭いばかり!」 「へぇ? 違法ってぇのは、どんな事なんだ?」 「汚職とか、改ざんとか……飲む・打つ・買うは当たり前だし、とにかく、違法のデパートなのよ。スピーチの上手さだけで、仕事が勤まってるようなもんだわ」 「大変だな。そこまで汚ねぇ事をやってる奴なら、家のセキュリティもさぞ、厳重なんだろ」 「それがあいつ、成金趣味で、身の周りは十九世紀地球様式で統一してるのよ。セキュリティ連動の合鍵は、あたししか持ってないわ。基本的に他人を信用してないのよ。……ねぇ……それより……上に行きましょ?」  とろんと濁った目で、秘書はプラチナの頬に触れる。 「ああ。そうだな。最後にもう一杯だけ乾杯して、上に行こう」 「もう……焦らすのが好きなのね」  秘書は、プラチナの黒づくめの胸板を人差し指で辿って、甘える。  バーテンからグラスを受け取って秘書に手渡すと、二人は小さく乾杯した。早くコトに及びたいのか、秘書はほぼ一気にグラスを煽る。 「いい飲みっぷりだ。寝かせねぇから、覚悟してな」 「まあ……うふ……ふふ」  立ち上がっても足元の覚束ない秘書を、プラチナが抱き上げて二階の一室に運んだ。  最後のグラスに入れた即効性の睡眠薬が効いて、いびきをかいて眠る秘書をベッドにおろすと、プラチナは本来の声に戻って呟いた。 「アーダムの違法行為の証言、録音に成功しました。それと……家の鍵を入手しました」  下の酒場で成り行きを覗き見ていたラドラムとロディは、ニヤリと目を見交わした。 「良くやった、プラチナ。俺たちは先に出て、二ブロック先の路地裏で待ってる。お前は五分待ってから、おりてこい」 『了解しました』  ロディはウェアラブル端末をした手首をもう片方の手で握って撫で、ラドラムはラム酒を干して酒場を出ていった。    ラドラムの立てた作戦は、こうだった。  まず、面がわれていなく寒さ食料に心配のないプラチナが下山し、変装キットと下山の為の食料と足を用意して、迎えに来られる所まで山を登る。  ラドラムたちはイエティの助けを借りてプラチナと合流し、一気に山を下る。  あとは、保険として秘書から話を聞き出し、アーダム邸に忍び込んで、なるべく速やかにデデンを脱出するというものだった。  変装した三人とプラチナは、路地裏に集結した。  キトゥンには少々窮屈だが、憧れのブロンドをなびかせたマリリンの、マタニティウェアの腹の中におさまって貰った。声は出さないようにと言い聞かせてある。 「武器を確かめろ」  三人は円陣を組み、それぞれの武器を真ん中に突き出した。  ラドラムはパラライズ銃、ロディは反重力フィンガーグローブとブーツ、マリリンは二丁のスタンガンだった。  プラチナは、元々備わった怪力がある。戦闘用ではなかったが、その身体は強力な盾となるだろう。  コンタクトでとりどりに色を変えた瞳を見交わし、三人は不敵に笑うと、アーダム邸に向かってホバーバイクに跨った。     *    *    *  ――カチャリ。  十九世紀地球様式の大きくて長い鍵を、黒革手袋で包まれたプラチナの手が鍵穴に差し込んで回すと、微かにヴゥン……とメカニックな音が響いた。  足元には黒服のバウンサーが二人、ロディの不意打ちを食らって倒れている。  プラチナの冷静な声が囁いた。 「セキュリティがダウンしました。……ですが、あとふたつ起動しているシステムがあります」 「何だ」 「ひとつは、声紋認証のようです」 『誰だ』  アーダムの声が誰何した。  だがそれが合成音声だとは、プラチナだけが気付いた事だった。電子回路の頭の中で、目まぐるしく計算が施される。 「……わたくしです。大統領」  プラチナが、先の秘書の声音で慇懃に答えると、返事が返ってきた。 『入れ』 「もう一つは?」 「指紋認証です。先ほど、彼女の手を握った際に記録しました。左利きの筈です」  プラチナが左手袋を外すと、人間の目には見えない遺伝子情報がその指に配列され、指紋が形成された。  間違っていれば、忍び込むという目的は果たされなくなる。  万が一声紋認証をくぐり抜けても、『入れ』という言葉にうっかりドアノブを握ると警報が鳴り響くという、巧妙な人間心理をついたセキュリティだった。  しかしプラチナが左手でゆっくりとドアノブを回しても、警報は鳴らなかった。軋みまでこだわって、ギイ、と古めかしい音を立て、ドアは開いた。  ラドラムがさっとパラライズ銃を構えたが、長い廊下が続くばかりで、人影は見られない。万全のセキュリティに胡坐をかいた、典型的な抜け穴だった。 「プラチナ、生命反応は?」 「手前の一室に五人、一番奥の一室に三人、生命反応があります」 「三人? 家族の寝室か?」 「いえ。秘書の話では、アーダムは体裁を取り繕う為に三十二歳で結婚しましたが、すぐに別居しています」  ラドラムは、酒場でロディと秘書が交わした会話を思い出した。 「ああ、そうだった。子供も居ないんだったな」 「女子供が居ないってこたぁ、やりやすいぜ」 「でも家の外には、うじゃうじゃ隠し子が居そう」  後ろでは、ドアが自動的に閉まって、再びヴゥン……とセキュリティの入る音がした。 「行くぞ。油断するな」  それぞれの武器を構え、四人と半分はすり足で歩む。内装もゴテゴテの成金趣味だったが、毛足の長い絨毯は彼らの足音を吸って、事の運びを順調に進ませた。  入ってひとつ目の部屋はドアが閉まりきっておらず、中から煙草の匂いと話し声が漏れてくる。  男たちの声だった。僅かに聞き取れる会話から、電子チェスをしているらしい。    ――しくしく。しくしく。  玄関内の警備やモニターの監視をサボり、電子チェスに興じていたバウンサーたちの耳に、女がすすり泣く声が聞こえてきた。 「な……何だ?」  ついせんだって、イエティの女を殺したばかりの男たちは、思わずぞっとして動揺する。 「部屋のすぐ外だ」 「まさか……」  おっかなびっくりドアを開けると、広い廊下の奥の方に、長いブロンドの女が跪いて泣いていた。 「お、おい。どうした」 「お前、新入りの情婦(オンナ)か?」 「赤ちゃんが……」  女は、か細くしゃくり上げた。見ると確かに、女の腹ははちきれそうに膨れていた。 「わっ。お前、どうすんだその腹!」 「認知して貰いに来たの……うっ……痛い。う、生まれる、生まれちゃう……」  女の息遣いが早くなって、男たちは慌てた。 「馬鹿、そんな所で生むな!」 「取り合えず部屋に入れ!」  どよどよと男たちが部屋から出てきた。  俯いていた女が、不意に顔を上げて不敵に笑った。 「馬鹿はどっちカシラ!」  運ぼうと両脇に屈み込んだ二人の男を、マリリンが両手に持ったスタンガンで失神させた。  ドアの両脇に控えていたラドラムとロディが、それぞれパラライズ銃と拳で二人を倒す。  最後に残った一人は、頭の回転が速かった。形勢不利と見るなり、戦う愚を犯さずに反転して部屋に戻る。  だがエマージェンシーボタンを押す一歩手前で、重い手刀が項に決まり、床に音を立てて転がった。 「ナーイス。プラチナ」 「これで良かったでしょうか、ラドラム」 「ああ。大丈夫だ、力加減さえ間違えなければ、死ぬ事はない。安心しろ」  人間に危害を加えた事への違和感に、しきりに手をさするプラチナを、ラドラムが保証する。  罪悪感に歪んでいた顔が、ほっと安堵の息を吐いた。

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