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第2章 ハイリスク・ハイリターン(5)

「あとは、奥の三人だな。ここからが本番だ。気を抜くな」  その頃、奥の主寝室では、目を覆いたくなるような破廉恥な行為が行われていた。  キングサイズの天蓋付きベッドには、男が一人、女が二人。どれも全裸だった。  女たちは貰った金の分の仕事を、男は支払った金に見合う対価を受け取るのに大忙しで、容易く一行の侵入を許している事に気が付きもしなかった。 「動くな」  アーダムと二人の女は、ギョッとして動きを止める。  眉間を、ラドラムのパラライズ銃が狙っていた。  咄嗟にベッド脇のエマージェンシーボタンを押そうと動くが、樽のようにせり出した腹と、女たちが邪魔をして届かない。  その指先を掠めて、ラドラムが撃った。 「ヒ、ヒィッ!」  女たちも金きり声を上げる。 「動くなと言っている。脅しじゃない。本気だ。最大出力にして急所に当たれば、永遠にそうやってベッドにいる事も出来るだろうな?」  再び、ラドラムは眉間に狙いを定めた。 「プラチナ。この有様を記録しろ。ただし、俺たちの音声は入れなくていい」 「了解しました」 「な……何者だ!!」 「大きな声を出しても無駄だ。バウンサーは全員、倒したぜ」 「なっ……」  その時、マリリンの腹の中身がぐるると動いた。 「そうネ。キトゥン、アンタのお母さんの(かたき)だものネ。顔見せてやんなさい」  マリリンがマタニティウェアの前を開くと、キトゥンが鋭く鳴いた。初めて見せた、敵意だった。 「そ、それは……イエティの……」 「キトゥンはものじゃないのヨ! 『それ』なんて言わないで! サイッテー!!」 「か、金か。幾ら欲しい、幾らでもやる」  それまで仰向けに寝転んでいたアーダムは、女たちを押し退けて膝をつくと、這いつくばって猫撫で声を出した。 「そうだな。金も必要だが、まず船が必要だ。小型船を用意して、宇宙港から安全に出発できるように整えろ」 「ラドラム。セクスレスタイプでお願いできますか」 「ああ、お前がいるもんな、プラチナ。そういう事だ、手配しろ」  アーダムはベッドから転がり落ちると、床に脱ぎ散らかされた服を探って、ウェアラブル端末を見つけ出した。  通信回路を開く寸前、ロディが、アーダムの喉笛をやんわり掴んで凄んで見せた。 「助けなんぞ呼んだら、この映像とお前の罪を連邦警察に通報するぜ。お前の首が折れる方が先かもしれねぇけどな?」 「わ……わ、分かった」 「声が震えてるな。これじゃ駄目だ。お前が話せ、プラチナ。……通信回線を開け」  アーダムは首にかかった掌に圧を感じて、震え上がって言葉通りにした。 『こんばんは。こちら、デデン宇宙港です。如何しました、大統領』  ロディが放ったウェアラブル端末を受け取り、プラチナがアーダムの声音で言った。 「ああ、悪いが小型船を用意してくれないかね? セクスレスタイプで、出来ればブラックのボディが良いんだが」 『大統領専用機ではないんですか?』 「ああ、友人たちが船を必要としてるんだ。早急に港を出られるよう、手配して欲しい」 『分かりました。……すみません、すぐに出られるのとなると、ブラックはありませんね。シルバーなら』 「ああ、そうか……それで構わん。素早く安全に航行出来るよう、くれぐれも篤くもてなしてやってくれ」 『了解致しました、大統領閣下』  通信は切れた。  ラドラムは眉間への狙いは逸らさぬまま、何処か楽しげに言葉を紡ぐ。 「次は、金だ。パーソナルATMから、現金で十億連邦ドル引き出せ」 「十億……! ま、待ってくれ。それではまともに暮していけん」 「オンナに金をつぎ込まないで、この成金趣味をやめれば、充分質素に暮していけるさ。ロディ」  一瞬、ロディの手に力が入り、アーダムは踏み潰されたひき蛙のような声音を出した。 「グエッ。わ、分かった、から……ゲホッゲホッ」  アーダムは顔を真っ赤にして咳き込んで、這ってこれも古めかしい鏡台の前まで行くと、装飾の一部の獅子の頭を押し込んだ。ガコン、と微かな音がして、鏡が中央から真っぷたつに割れる。  そこに、パーソナルATMのキーボードが並んでいた。  奮える手でそれを操作し、長い長い暗証番号を打ち終えると、アーダムはみっともなく嗚咽しながら十億連邦ドルを引き出した。何よりも、我が子との別れよりも辛い十億ドルだった。  流石のラドラムも、札束の圧巻に思わず問う。 「プラチナ。持てるか?」 「はい、ラドラム。圧縮すれば、運ぶ事が可能です」  その返事を聞いた瞬間、彼の瞳は、爛々と輝き出した。 「よし、頼む」  そして、アーダムに銃口を向けたまま、言い放った。 「俺たちの事を話したり、助けを呼んだりしたら、銀河中にお前の悪事を垂れ流してやるからな。努々(ゆめゆめ)、俺たちを捕まえようなんて思うなよ」 「ラドラム、圧縮完了しました」  極限まで力任せに潰された札束は、大き目の段ボール程度になって、それが十億連邦ドルだなんて夢にも思わぬサイズになった。 「引き上げるぞ。ロディ」 「ああ」  ロディが両の拳を握り合わせてアーダムの背中を強く打つと、彼は無言の内に昏倒した。     *    *    *  宇宙港のスタッフは、実に丁寧にラドラムたちを送り出してくれた。  この惑星では一番に尊敬される人物、大統領閣下の友人だ。至れり尽くせりで、思わず気分が良くなるほどだった。  衛星軌道上まで送ると言うのを何とか笑顔で辞退して、宇宙空間に出た途端、一番近くのワームホールに飛び込んだのだった。 「しかし、ひでぇな。十億ドルふんだくっておいて、連邦警察にも通報したんだろ?」 「ああ。乱交映像と、秘書の音声をな。上手くいけば、懲役三十年は食らうだろ」 「いい気味ヨ。あんな、女の敵!」  変装を解いてキャプテンシートに沈み、やはりタッチパネルに足を乗せて、ラドラムはラム酒をボトルごと飲りながら満足そうに呟く。 「プラチナ。これだけ金があれば、この船のボディを、前みたいに綺麗なブラックに塗ってやれる」 「嬉しいです、ラドラム。……そうしたら、また愛してくれますか?」  ラドラムは、難しい顔をして腕を組んだ。  今この船を操縦しているのは、プラチナのA.I.だった。 「……と言うかお前、何で人型(ヒューマンタイプ)のままなんだ?」  プラチナは、嬉しそうに人工眼球を細めて微笑んだ。 「初めてヒューマンタイプになって、分かった事が幾つもあります。帰りを待つだけじゃなくラドラムを助けられる事、私にしか出来ない事がある事、抱き締めると心が暖かくなる事……」  口に含もうとしたラム酒を、ラドラムが盛大に噴いた。  堪らず、ロディとマリリンも噴き出し、『それ以上笑ったら殺す』という視線に射ぬかれて、明後日の方を向いた。  マリリンの腕の中のキトゥンでさえ、ククルルと鳴いて、それはまるで笑っているように聞こえた。 「私は、このまま貴方を助けたい。良いですか? ラドラム」  しばし沈黙が落ち、ロディとマリリンが、そろーりとラドラムを窺った。キトゥンは元々、ご機嫌に声を上げながら、二人を見ている。 「……勝手にしろ!」  吐き捨てて、ラドラムは、やけくそ気味にラム酒を煽った。 「はい、ラドラム!」  初恋を知った少女のように精悍な頬を綻ばせて、プラチナはそれに大きく答えたのだった。

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